ハードコア

劇場公開日

  • 予告編を見る
  • AmazonVideoで今すぐ見る
ハードコア
ハードコア
15%
44%
26%
11%
4%
採点

採点する

採点するにはログインが必要です。

新規会員登録

Check-inCheck-in機能とは?

Check-in機能を使うにはログインが必要です。

新規会員登録

0/120文字

(連携設定はこちら

解説

サイボーグ化された男性が愛する妻を救うべく壮絶な戦いに身を投じる姿を、主人公の一人称視点のみで描いた新感覚アクション。ロシア出身の新人監督イリヤ・ナイシュラーが制作したプロモーション映像がネット上で大きな反響を呼び、クラウドファウンディングによって長編映画化が実現。2015年トロント国際映画祭のミッドナイト・マッドネス部門でプレミア上映され、ピープルズチョイス・ミッドナイトマッドネス賞を受賞した。見知らぬ研究施設で目を覚ましたヘンリー。彼の身体は事故によって激しく損傷しており、妻と名乗る女性エステルによって機械の腕と脚が取り付けられる。さらに声帯を取り戻す手術に取り掛かろうとした時、施設を謎の組織が襲撃。脱出を試みたもののエステルをさらわれてしまったヘンリーは、超人的な身体能力を駆使して救出に向かう。「第9地区」のシャルト・コプリー、「イコライザー」のヘイリー・ベネット、「レザボア・ドッグス」のティム・ロスらが出演。

2016年製作/96分/R15+/ロシア・アメリカ合作
原題:Hardcore Henry
配給:クロックワークス

オフィシャルサイト

スタッフ・キャスト

全てのスタッフ・キャストを見る

Amazonプライムビデオで関連作を見る

Amazonプライムビデオ

30日間無料トライアル 月額500円で映画見放題

Powered by Amazon

関連ニュース

関連ニュースをもっと読む

映画評論

フォトギャラリー

  • 画像1
  • 画像2
  • 画像3
  • 画像4
  • 画像5
  • 画像6
  • 画像7

(C)2016 STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

映画レビュー

3.0Explosive and Extreme

2020年5月27日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

楽しい

単純

Hardcore Henry opens with extreme shots of slow motion close-range slaughter. It insults the viewer, who will be continually assaulted with non-stop POV action sequences and stupid plot. Still, Henry is not ashamed of itself, and it succeeds in delivering imaginatively destructive set pieces. The Marvel bad guy is a little unfortunate, but the film doesn't bother to have an ending, which is nice.

コメントする (コメント数 0 件)
共感した! (共感した人 0 件)
Dan Knighton

4.0スーパーヒーロー映画の方向性を変えるかも知れない!?

2017年4月5日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

楽しい

興奮

飛行機から脱出ポッドで落下→落下地点のハイウェイで銃撃戦→カーチェイスしながら並走するバンにマシンガン乱射→高い橋のアーチ部分を伝って逃げる相手に肉薄→ヘリコプターからロープでぶら下がり飛行、高層ビルから地上めがけてジャンプ、等々、この映画用に開発されたゴープロカメラをヘルメットに装着して究極のPOV映像をゲットしたのは、監督と撮影スタッフ、そして、時々スタントマン。そりゃそうだろう。グルーヴ感溢れるビジュアルの中には下手すると命を落としかねない際どいシーンも幾つか、否、たくさんあるのだから。おかげで、観客は主人公の視点に自分の視点をダブらせ、ゲーマー感覚で全編を全うすることができてしまう。結果、見終わって誰もが気づくはずた。一人称視点に下手なスターはいらないと。これはある意味、スーパーヒーロー映画の方向性を変えうる出来事かも知れない。

コメントする (コメント数 0 件)
共感した! (共感した人 5 件)
清藤秀人

3.5生々しさと臨場感に満ちた激走アクション

2017年3月26日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

楽しい

怖い

興奮

英語とロシア語が入り乱れ、一体これがどこの国籍を持った映画なのか、そして主人公が置かれた状況すら分からないまま物語はスタートする。映し出されるのは全て主観映像。観客の目線はどうやらこの、腕と足を機械化された男の目線と同化したまま、最後の瞬間まで共にひた走る運命にあるらしい。

注目したいのは繰り出されるアクション映像の凄まじさ。そしてワンシーンの息の長さ。VFXの恩恵も借りながら繁華街や高速道路を縦横無尽に爆走して、建物をよじのぼり、飛び降り、ようやく車内で一息ついたかと思うとまたピンチに見舞われ・・・。地獄の果てまで追いかけてくる敵を殲滅しながら、主人公は、いや観客もまた、息も絶え絶えになりながら逃亡劇を続けることになる。映像は多少の手ブレがあるものの、それ以上に臨場感と「どうやって撮ってるの?」という興味関心が先行し、一向に飽きさせない。好き嫌いは分かれるだろうが、ゲーム映像とも違う、生々しい肉感を持ったアクションと言えそう。

コメントする
共感した! (共感した人 3 件)
牛津厚信

3.0FPS

津次郎さん
2020年10月27日
PCから投稿

Hardcore Henry(2015)を見たとき、その評釈でFPSということばを覚えた。
First Person Shooterは一人称視点のゲームを指す。

きょうび、インターネットでは、多数の書き手が、英語の頭文字をつかった略号を「完全に周知の略号」という体裁で、書いている。

が、個人的には、それらの略号を知っていたことが、あまりない。いや、ほとんどない。
これはなかなか凄いことだ。と思う。

読み飛ばしながら、あるいは前後の文脈から、なんとなくそれ(略号)がなにを指しているのか想像しながら、読んでいる。のである。

個人的には、この現象(略号の意味が分からないこと)が、じぶんが無知だから、なだけ、とは思っていない。

インターネットには、専門的用語や、海外文化に詳しいことが、書き手を博雅に見せる──と考えている書き手がいる、と思う。

なぜ、そう思うかというと、じぶんがそういう文を書いていたからだ。むしろ、人様の知り得ないことを「完全に周知のこと」として書いてみる──ことは、なんとなく気分が良かった。

わたしはお百姓の息子だが、そういう中央のライター的気配を醸し出すのが、かっこいい、と考えていた。わけである。

とりわけ、ゲームやIT関連のこと──など「完全に解っている人に向かって話しているんですよ」という体裁の文だらけ、だと思う。いいのかわるいのかは知らない。が、読み手もわかっていないが、書き手もわかっている、とは感じない。

わたし自身、映画レビューにおいて、完全にポピュラーとは言えない監督の映画を、誰某の○○──と、あたかも完全に周知のことのように書いたりする。

ゲームにおけるRPGやFPSなど、ポピュラリティある語は、知らないほうが少数派──かもしれないが、方面に疎かったり、高齢であったり、素人がなにかを検索しているばあい、専門用語だらけの文には、なにか邪気のようなものを感じる──のは、おそらくわたしだけではない、と思う。

話を戻すが、FPSゲームでは、モニターの端からにょきと手が出て、うねうね動いている。
その手が、銃や剣など武器を持って戦う。わたしは下手なのですぐにやられるし、それ以前に、はげしく動く画面に数分たらずで気分が悪くなる。

個人的にはFPSの「どうだい、じっさいじぶんが戦っている感じがするだろ?」と言っているみたいな画面構成は好きではない。戦っている気にはならないし、分身となるキャラクターは俯瞰できたほうがいい。

それはともかく。映画のPOVが発明されたとき、それがいずれFPSゲームの疑似をすることは、想像ができた、と思う。
韓国映画のTHE VILLAINESS「悪女」(2017)も、FPS風の格闘から、映画がはじまる。

POVは「Point of View Shot」で主観ショットを用いた映画の通称である。Hardcore HenryもPOV亜種だった。

POVはブレアウィッチプロジェクト(1999)から一挙に広まった。
手法の最大の利点はお金がかからないこと。
ブレアウィッチは600万円の制作費ながら全世界で240億円の興行収入をあげた。
誰もが柳の下のどじょうを狙った。
雨後の筍のごとくPOVがつくられた。

『~中略、おまえはユーモアの本質について議論したいんだろう。冗談には二つの種類があるんだ。ひとつは永久に面白いまま続くんだ。もう一種類のは一度だけ面白い。二度目はつまらないんだ。こんどの冗談は二番目の種類だよ。一度使うとき、おまえは面白いやつだ。二度使えば、おまえは薄のろだな』
(ロバートAハインライン作:矢野徹訳:『月は無慈悲な夜の女王』より)

ひとつのアイデアが、二回目三回目・・・と続くばあい、それにたいする感興は、完全に減退したり、薄まったり──するものだ。

POV映画のスタンダードは、登場人物がカメラを持って他の登場人物を追っている──というスタイルである。大成功したスペイン映画REC(2007)もこのスタイルで撮られている。そしてほとんどのPOVがこのスタイルで撮られている。

このとき、もっとも重要になるのが、登場人物がカメラを回してることの必然性と自然さであろう、と思う。
設定や会話にわざとらしさがあれば興ざめする。ちょっとのわざとらしさも視聴者は感じとれる。
POVの宿命だが、なかなかそれを克服できない。言うまでもないが、ああこれはPOVスタイルの映画ですね──ということを、すでに観衆がわかっている、からだ。

そこで、自然さを出そうとして、わざと手持ちカメラをブレさせたりする。
すると、こんどは映画が、見づらくなる。

たとえば登場人物がカメラを回しながら廃墟を探索している──という設定はじゅうぶん理解できたとしても、その臨場感を伝えるための暗さや撮影の不安定さが、リアリティを押しのけて見づらくなる、のである。

おそらく観衆は「POVはわかったから、そんなに揺らさなくてもいいよ」と言いたくなってしまう、だろう。

ただ元来、予算のとれないクリエイターが使う手法だが、メジャー資本がPOVを取り入れると、やはり一枚うわてな映画になる。Hardcore Henryしかり。クローバーフィールド(2008)やデイヴィッドエアーのエンドオブウォッチ(2012)。シャラマンのヴィジット(2015)も面白かった。

クローバーフィールドでパーティー中、送別用のビデオレターを撮るというPOV常套手段が出てくる。ひとりづつカメラに向かってスピーチを寄せるのだが、お金のかかっている映画なので不自然さはない。だがもはや「ビデオレターを撮る」は使えない。つまりPOVをつくればつくるほど「なぜ登場人物が撮っているのか」の設定を生み出すことが困難になってくる──のである。

すでに飽和しているのだが、なおもPOVがつくられるのはお金のないクリエイターにとって代替できない手法だからだ。
短期間で撮れる。少人数で撮れる。一般人の撮影を想定するのでとくべつな舞台が要らない。手持ちカメラで、日常性や一般人の様態を見せたい──わけだから、むしろ有名な俳優でないほうがいい。──予算的には、いいことづくめ、である。

POVは変形を模索しはじめた。

カメラを監視モニターに置き換えたパラノーマルアクティビティ(2007)がヒットすると、POVが「主観ショット」という解釈から「映画を撮っているカメラではないカメラが捉えた世界」という解釈に変わった。
が、いずれにしても低予算だからそうするという動機から抜け出しているわけではなかった。

技法に関することだけならすぐに飽きがくる。
Hardcore Henryは、よくできた楽しい映画だったが、POVをFPSゲーム画面風にしたこと自体は、驚きの革命ではなかった、と思う。

言うなれば、それは、よくカレーをつくる人が、こんどは○○を入れてみました、と言っているようなものであって、それがヨーグルトであってもバナナであっても、チョコレートでも、納豆でも、絶対の革命的要素にはなりえない。

どんなに斬新でも、見始めて数分経てば技法そのものへの興味は薄れてしまう。
POVは『一度だけ面白い冗談』なのである。

ところが、観衆のそういったPOVにたいする一種の諦観を、完全に粉砕してみせたのがSearching(2018)だった。やるひとはいるし、やるひとはやるもんだ。

わかりきったことだが、point of view shot=主観の視点が、疑似や演出であることを知らないひとはいない。
一方、FPSの「手」がじぶんの手だと認識できないひとはいない。
が、GUIとして、かならずしも3D画面が最適とはかぎらない。むしろ見づらい。

技法とはそれだけのことだ。Searchingもカメ止めも、技法は使いつつも、最終的に家族の話に昇華させたことが長じたゆえんだった。

すぐれた映画が、人間の話にしようとするところは、GUI=人が使い易い、視認性の高い画面構成にしようとする理念に、とても似ている。

Hardcore Henryを見ながら、そんなことを思った──のだった。

コメントする
共感した! (共感した人 0 件)
津次郎
すべての映画レビューを見る(全130件)
関連DVD・ブルーレイ情報をもっと見る