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きかんしゃトーマスの長編第7作目にあたる本作は、過去に他の蒸気機関車が輸送船から海に転落した事故で自らが犯人であると自責し、トーマス達が暮らす「ソドー島」にあるブルーマウンテン採石場に身を潜めることで長年島外追放を免れてきた機関車ルークが採石場に仕事にやってきたトーマスに存在を発見されてしまうことで状況が変容し、最終的に事実から目を背けることの無益さが説かれる物語です。
本作で登場する高山鉄道のキャラクターは、「きかんしゃトーマス」の原作者ウィルバート・オードリー牧師がボランティアとして活動していた歴史もあるウェールズの「タリスリン鉄道」を走る機関車をモデルにしており、舞台であるブルーマウンテン採石場も北ウェールズに存在する「ディノウィク採石場」(Dinorwic Quarry)や「ペンリン採石場」(Penrhyn Quarry)等の採石場をモデルにしていると考えられています。実際に、本作の製作を手掛けたカナダのCG制作会社「ニトロゲン・スタジオ」の製作チームは本作の制作にあたりタリスリン鉄道等をロケハンしており、実際にウェールズの狭軌鉄道で使用されていた貨車等が本編で登場しています。高山鉄道の機関車達は原作絵本と過去のモデル制作TVシリーズではビジュアルデザインが少し異なりますが、この「ニトロゲン・スタジオ」は高山鉄道の機関車のCGモデルのビジュアルに原作絵本で登場する高山鉄道の機関車のデザインを採用しており製作スタッフの原作絵本に対する敬意が伺えます。また、本作中盤でディーゼル整備工場にメルクリン蒸気機関車BR80のスクラップが廃棄されているのが確認できますが、このBR80機関車はTVシリーズ第1シリーズの製作当時にカメラフレームに殆ど写らないエキストラ用として使用されていたモデルとして往年からのファンには有名な車輌です。本作でのBR80の登場は、「ニトロゲン・スタジオ」から往年ファンへのサービスなのかもしれません。
残念ながら、「劇場版 きかんしゃトーマス 伝説の英雄(ヒロ)」からフルCGのきかんしゃトーマスを手掛けてきたニトロゲン・スタジオは、本作「ブルーマウンテンの謎」を以って「きかんしゃトーマス」の制作から降りますが、シリーズの徹底した考証によりファンを楽しませてくれた同スタジオにはとても感謝しています。
本編では、ルークら高山鉄道の機関車が走る「狭軌」の線路とトーマス達が走る「標準軌」の線路という線路幅のギャップが事故の真相を探るトーマスにとっての大きな障害として機能しており、ルークが走る狭軌路線を走れないトーマスの真相追究に限界が生まれることで物語が展開します。線路幅の対比の他に、本作では山の“上”に逃げるルークと海に“落下”したビクターで対比になっており、舞台が山の採石場である必要がここにあるようにも思います。冒頭で陸橋の崩落事故により車体に損傷を負ったレニアスは後に塗装の塗り替えを訴えますが、これは後に塗装が塗り替えられたビクターの件の伏線であり、幼児を含む鑑賞者への推測の余地を与えています。同じく冒頭の陸橋の崩壊という表現は英国で古来から伝わるマザーグース「ロンドン橋落ちた」を元ネタとするものであり、長編第一作「きかんしゃトーマス 魔法の線路」以降長編のジンクスともなっています。パーシーが第3シリーズ「パーシーのマフラー」を回想するシーンやヘンリーが第1シリーズ「でてこいヘンリー」を回想するシーンが過去シリーズ作へのオマージュとして登場しますが、「ニトロゲン・スタジオ」社長であり本作の監督グレッグ・ティアナン氏が過去の海外ファンサイトのインタビューにおいて意地悪ディーゼルが機関車ダックを機関庫から追放するモデル製作時代(第2シリーズ)のエピソード「ディーゼルのわるだくみ」をCGで再現したいと話していることを踏まえると、ダックと同様に緑色の機関車ルークを島から追放することに奮闘する本作のディーゼルの様相も「ディーゼルのわるだくみ」へのセルフオマージュと見ても楽しめるかもしれません。
日本語版の演出については、冒頭で登場する高橋英樹氏演じるストーリーテラー、タカボウシ・ヒデキ卿は作品のPR目的以外では必要性がないようにも感じましたが、物語の前に実写のキャストがストーリーについて触れる演出は近年英米の「きかんしゃトーマス」のDVDでは定番化しているもので、ヒデキ卿のパートはその演出を日本版に移植したものだと考えるとファンとしては嬉しく、また、丁度10年前にTV番組「ポンキッキーズ21」で「きかんしゃトーマス」がコーナーとして放映されていた際、今回のヒデキ卿同様に当時の番組出演者がトーマスの本編前に物語について触れるパートがあったことを思い返すと、ヒデキ卿の冒頭パートは従来からのトーマスファンとしては懐かしさを感じます。その辺りを踏まえると、ヒデキ卿のパートは従来ファンにとっては意味のあるものだと思います。吹き替え版の演出については、故郷のスペインからやって来たばかりのビクターがスペイン語を話すシーンは本国版の音声を流用せず、きちんと声優の坂口候一氏がスペイン語を話しています。また、ビクターが自ら海に転落した事故についてトーマスに話す場面の回想で、本国(英語)版ではビクターを船に固定する乗務員はスペイン語を話し、視聴者は何を話しているか分らない演出になっていますが、日本語版ではビクター視点の演出に換えている為、乗務員は鑑賞者も聞き取れる日本語を話しています。その他については、「あなにおちたトーマス」の回想シーンで登場する看板の日本語テロップが余りにも質素だった点、英語音声の挿入歌シーンで日本語歌詞字幕が表示されなかった点が少し残念に思います。
本作は、「ニトロゲン・スタジオ」がフルCG作として初めて手掛けた「きかんしゃトーマス 伝説の英雄」のエンディングと同様、機関車(トーマス)の煽りで映像が終了します。従来からトーマスを見続けたファンも、これからトーマスファンになる子供達も充分に楽しめる作品だと思います。