八日目の蝉のレビュー・感想・評価
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臨終の蝉よ世の美しさを唄え
観よう観ようと思ってたのに何故か毎週都合が合わず、
公開から随分経ってようやく鑑賞。
さて本作、
現在と過去とが巧みにリンクする後半の畳み掛けは見事だが、
中盤やや冗長だったかな。
あと映画の雰囲気から浮いてる場面や人物がいる気がする。
特に“天使の家”のエピソードはちょっと異様な気がしたなあ。
(余貴美子が映画『サイレントヒル』のアリス・クリーグに見えた。怖い……)
けれど主人公の希和子と薫(この呼び名で統一させていただく)の
奇妙な絆には、心を強く強く揺さぶられた。
希和子のあの行為が正しいとはとても言えまい。
同情の余地はあれど、やはり身勝手極まりないと僕は思う。
だが彼女が娘に与えた愛情は、真っ直ぐで綺麗な本物だった。
人間てのは厄介だね。
薫の実父母もそうだったが、
単純に善か悪かで括る事ができない。
満天の星、夕焼け、広い海、暗闇の中の灯火、または歌、詩、絵画、
僕らはどうしてそれらに触れた時に“美しい”と感じるのか。
どうしてそこに、生きる事の価値を感じ取るのか。
理由は知らないし、知る必要があるとも大して思わない。だが、
世界には確かに“空っぽのがらんどう”な人生を
価値あるものだと信じさせてくれる美しいものがある。
そして誰もが、それを大切な人に伝えたいと考える。
この世はこんなに美しいもので溢れてる、と。
だから、
この美しいもので溢れた世界に生を受けたあなたは
決して無価値な存在なんかじゃないんだ、
空っぽのがらんどうなんかじゃないんだ、と。
僕は最初、『八日目の蝉』とは“特殊な境遇”に
置かれた薫の事を指していると考えていた。
しかし“蝉”とは希和子の事ではと考えた時に、
ようやくこのタイトルと物語がカチリと噛み合ったように思えた。
いつ果てるとも知れぬ娘との絆を必死に繋ぎ、娘にありったけの
“美しいもの”を伝えようとする彼女の姿は、
とっくに臨終の時を迎えた蝉が、
それでも死にもの狂いで生命を繋ごうと啼くイメージとダブるのだ。
どんなに辛い境遇に置かれた人間でも、
人生を価値あるのに換える美しい感情を
知ること・伝えることはできる。
愛し方が分からないと泣いた娘にも
それはしっかり引き継がれていた。
監督の前作と比べるとややまとまりが悪い印象を受ける本作だが、
それでもこの映画には、胸の奥底をズドンと揺さぶる感動がある。
良い映画でした。
<2011/5/28鑑賞>
はらはらどきどき
ずっとはらはらしながら観ていました。このままの状態が続けばいいのにという想いで観ていました。別れ際に発した母としての台詞は、とてもリアルでした。
女優さんたちがみんなすばらしいです。カルトのシーンも面白かったです。
七日目でイイ
本意で見に行ったわけではなく(別のが見たかった)、あまり期待をしていなかったのだが、良い意味で大きく裏切られた。
タイトルの「八日目の蝉」というのは、翻って、「他の人とは違う人間」、「他の人とは違う人生」という比喩のようだが、この作品を見ると、改めて自分が「七日目の蝉ど真ん中ストライク」の人生を送ってきたことの幸せを感じさせられる。不意に他人の「苦労話」なんかに憧れてしまうこともある自分を一喝。
作中では“八日目の蝉”の苦労と希望を共に描いてはいるようだが、どうしても「苦労」や「痛々しさ」ばかりが感じられ、“八日目”達全員が哀し過ぎる。
それでもこの作品がわりと清々しく感じられ、暗くなりすぎていないのは、主演二人の好演はもちろん、後半に風吹ジュン、田中泯(毎度あの雰囲気はズルい)あたりが出てきて、物語をギュっと引き締めてくれる点や、途中多少間延びしているように感じられる場面さえも、それが後々しっかりと意味を持ち、バッチリ効いてくるところだろうか。
(近年の四国各地域のフィルムコミッションの頑張りを勝手に感じてしまいました。小豆島是非行ってみたい)
また、全体のバランスも“動”の前半と“静”の後半といった感じでうまく配分されていて単調でない。
何より、スッと気持ちが入り、自然に泣かせてくれる無駄のないラストは秀逸。
そして改めて、改めて改めて痛感する。母強し・・・と。
育ての愛
TVドラマで見て、ぜひ映画で見たい作品でした。TVは誘拐犯の女性に視点をあてていましたが、映画はさらわれた子が中心でした。同じ原作でもこんなに表現方法が違いがあるのかと興味深く見ました。さらわれた子が育ての母を慕い
実母に疎まれた事は、事情があり、叔母に預けられ家に帰り、実母に疎まれた私の母の姿がダブリ涙を禁じ得ませんでした。全体にスローに流れ、音楽も良く美しい景色を見せたいとか育ての母の愛が十分にあふれ叙情的な作品でした。お星様の歌も実母にはわかり得なかった。色んな細工のある作品で泣かせる映画でした。
ガラス細工のような映画
物悲しい静かな映画です。
抑揚や細かな説明がないので、わかりずらい部分もありますが、その分キャストの表情、感情のひとつひとつが、ガラス細工のように、きれいで、でも壊れそうな映像に仕上がっています。
希和子の出口のない切なさ、恵理菜(井上真央)の心の闇を、ここまで繊細に描ける監督の力量に脱帽。
P.S. 劇団ひとりは、かわいそうだけどミスキャストだったかな。
余韻が残る映画
ここ十数年、映画館で映画をみることがなく、昨年から松竹の株主になったので、新宿ピカデリーで邦画をみだした全くの俄か素人ファンの感想です。
いろいろ見方はあるでしょうが、私は単純に泣けた映画です。2時間強の上映時間も退屈しませんでした。
オカルト風の場面はさすがに「アチャー」と思いましたが、4年間逃げ通せたというストリーにするためには、仕方ない設定だったか。
ラスト、長い空白の後、親子対面の場面があるのかと気をもたせたが、そのままエンドへ。かえって余韻を残した気もする。
原作も読まず、出演者もチェックしないでみたので、ライター役が小池栄子だとは最後の字幕でわかった次第です。これまでバラエティ中心の巨乳タレントと思っていたので意外でした。
永作さんメインにしてれば評価上げですが・・・
テレビでは、きれいな壇れいを永作博美がリアルに演じると聞いていたので
、思った以上に井上真央の比重が多くて、今一はまりきれなかった。
話もあそこまで単調に撮られると、2時間30分は中だるみしすぎて睡魔に勝てませんでした。
それよりびっくりは、余貴美子どうしたの??カルトは解るけどあんなにへたな女優じゃないのに酷い。
大好きな女優さんなのに、孤高のメスの時はもっといい監督と思ったけどな~~。
原作も大好きで、ドラマも良かったのでかなり残念です。
少し長いかな…
八日目の蝉見てきました。
永作さんや井上さん、また小池さんなど主要キャストの演技はよかったと思います。ただ見ていて思ったのですが、全編で2時間以上あり、あまり展開がないままずっと続いていくので少し長いなぁと感じました。個人的にはあのカルト団体のところのくだりはもっと短くした方が展開がスピーディでよかったかなぁと…。あと映画のポスターや宣伝文を見て、サスペンスだと思って見ていたので、最後に何かビックリするオチがあるのかなと思っていたのですが、そういうのがなく終わってしまって少しびっくりしました。見終わってから実は人間ドラマだったんだとわかって、それはそれでよかったのですが、少し当初の想像と違っていたなぁと…。
少し否定的な意見ばかり書いてしまいましたが、泣けるポイントもいくつかあり(特に家族愛、親子愛に弱い人にはぐっとくるはず)そういう映画を見たい人にはお勧めかもしれません。
八日目には何があるのか?そして、蝉とはだれか?
八日目には何があるのか?そして、何が八日目に隠されていたのか?
蝉とは誰のことか?
法律は人を幸せにするとは限らず、
法律に従うことが、全ての人にとって正しいことなのか、
考えてしまった。(もちろん、法は必要ですよ!)
恵里菜(=薫)の人格はどこで育まれたか?
4歳で自分の親が入れ替わった恵里菜にとって、希和子は憎むべき犯人か、それとも育ての親か、無意識のうちに忘れようとしていたものが、千草(小池栄子)の出現をきっかけに紐解かれていく。この作品は、記憶から消えていた自分の過去を取り戻していくロード・ムービーの形態を取る。
過去と現代を交互に描きながら恵里菜と希和子の4年を辿るが、千草が何者なのか正体がなかなか明かされないじれったさも混じえて飽きさせない。糸を手繰るような編集がうまい。
カメラも構図やフォーカスにうまさを感じるが、プリントのせいか色彩がやや偏り気味で、瀬戸内の美しさを十分に楽しめなかったのが残念。
小豆島でのイベントのてんこ盛りがややご当地フィルム的なのが気になったが、島での生活が恵里菜(=薫)の人格育成に果たした影響が大きかったと汲み取れる。後日、自転車の乗り方がそっくりなところは紛れもなく母子である。
誘拐という行為は許されるものではないが、おおらかで明るく、自分を見失わない恵里菜の人格は希和子が育てたと言っていい。
自分の過去と向きあう勇気を取り戻した恵里菜は、きっと強く優しい母になることだろう。八日目の未知の体験が始まる。
本篇終了後、暗転してからエンドロールが始まるまでの間のとり方が絶妙。
成島出という監督さん、「孤高のメス」といい実直な人と見受けられる。作品から人に対する優しさと思いやりが感じられる。重いテーマをサラッと描き、それでいて余韻を残す。
おかあさんの為の映画、女性のための映画
原作も読まずに見に行きましたが秀作と感じました。
井上真央、永作博美の主人公はもちろん
森口瑤子、平田満、余貴美子などなどベテランさんも
当たり前に作品にはまっていて、アラを探すのは
難しい良い作品です。
最近女優さんとして評価があがっている(?)小池栄子も
少しおかしいジャーナリストの卵役を好演してましたし
壊れた女性を演じると怖すぎる森口遥子も相変わらず
怖すぎました。
話の流れは過去と現在が同時に進みますが
過去は小道具やニュースなど少し前の
現実がリアルに描かれていて40代の自分には
興味深いものでした。このあたりに手抜きはないです。
全般的に丁寧に作られているヒューマンドラマなので
飽きることなく最後まで見ることができましたが
生んだ子供、育てた子供、家族、絆という問題になると、
独身男性の俺では共感するには難しい内容となりました。
おかあさんの為の映画だと思います。
なので星は4つにさせてもらいました。
幸せになれる
はじめはあまり興味ありませんでしたが、評価が良いので観てきました。
日本映画の良い部分が出た良作でした。
特にラストシーン。彼女は大人達に振り回さた被害者だと思うんですが、結果、誰よりも人を愛する事、愛する喜びを知る事が出来た。
きっとこれから、つらい事も沢山あると思うけど、彼女なら乗り越える事ができると思います。
役者も皆良かったです。
井上真央ってテレビ的スケールの役者だと思っていましたが、あんなに抑えた演技ができるなんて、驚きました。
後、小池栄子。前から何気にうまい役者だと思ってましたが、今回は更に進化した演技をみせてくれます。
自分も昔、あるカルトを取材した事があり、そこから抜けた後で苦しんでいる人を沢山見てきましたが、そこをリアルに演じてました。
ある意味、この映画のキーパーソンになっています。
最後に劇団ひとりは唯一のミスキャスト。お笑いの人は演じていてもコントにしか見えません…
本当の正しいことってなんだろう
永作博実の演技がとても上手かった。
誘拐することはもちろん悪いことだけど、ただ悪気もなく好きになっただけだと思うと何が悪なのかわからなくなってしまう。
誘拐されてたとしても、
あれだけ子供がなついていて愛情があるのだから
そのまま育てたってしあわせだったのではないか?
本当の幸せは法律通りにすることなのか?
と考えさせられた。薫ちゃんのときの方が幸せそうにみえた。
不倫はやはり最悪だと思った。
結局自分が傷付くだけ。
この人だけ守れれば自分はどうなっても良いと思えるくらいの人に私も出会いたいと思った。
「八日目の蝉」→他の人が経験してないものは、最悪なことなんじゃなくてもしかしたら本当は素晴らしいことではないのか、他の人は体験できないような素晴らしいことが起きるのではないか。
終わり方が微妙だった。
かおるとお母さんが再会してほしかった。
八日目もその先も。
原作も、NHKドラマの方も見ておらず、
まったく白紙の状態で劇場へ…レディースデイのせいかほぼ満席。
どうだろうかと思いつつ、ほぼ中盤からは涙と鼻水がツツーっと…
今作は内容的に、どのキャラクターにも感情移入できる立場を設け、
もし自分がこの人の立場だったら…を考えさせてくれる。
とにかく辛いのは、やはり、子供だろうか。。
私がいちばん移入できたのは誘拐された娘、恵理菜=薫だった。
大人の犯した過ちを一手に担い背負うのはこの子である。
生まれてすぐに自分の傍で愛情を注いでくれる人を母親だと思う。
人間の子供でなくても(例えば動物でも)それは同じだ。
健やかな愛情は何にも代えがたい。それがあって、子供は成長する。
善悪を問うと限りなくなるが、この子の場合、最も嫌悪すべきは
まず父親、その愛人だった希和子、愛を注げない母親。となるが、
心でいちばん受け止めたいのはおそらく母親だろう。
いちばんの苦しみは、夫の不倫やら愛人の誘拐劇やら、そして自分の
子供に懐いてもらえない絶望…女に生まれてこんな体験をするなんて。
すでに精神を病んでいるとしか思えない実母の行動は(森口瑤子熱演!)
なぜか希和子を被害者だと思わせるほどの恐ろしさだが、ではもし、
自分が彼女の立場だったら、普通の精神状態でいられるだろうか…。
家に子供を放置した自分を責め、そもそも不倫に身を投じた夫を憎み、
果ては幸せの象徴であったはずの子供まで、愛人共々恨んでしまう。。
こんな母親に傍にいられたら、子供は…一体どうしたらいいのか。
私は恵理菜が「ごめんなさい、ごめんなさい。」と謝る姿に涙が出た。
母親の心を掻き乱さないように、この子は貝のように口を閉じていく。
誰が、誰の傍にいても、哀しくてやりきれない。本当の家族なのに…。
その暗い現在と行き来して過去の回想が流れてゆく。。
逃亡の末、辿り着いた小豆島では二人にとって穏やかな日々が続き、
観ている側にも、このまま時が流れて二人が幸せになってくれたら…
などと思ってしまうほどの説得力がある。実の親子ではない二人に、
ずっと笑顔でいて欲しいと願ってしまうのである。どうにもここまでが
波乱に包まれているため、もういいから、お願いだから、と何故だか
母子を弁護したい気持にもなるのである。この不思議が分からない。
希和子という女性も、勝手極まりないのは事実、不倫も中絶も自分の
決断で行った(最終的には)のだから、子供を抱けないのは自業自得。
でも…母性というのは他人の子供にまで及ぶことを、今作では実際に
描いてみせてしまうのである。それが説得力を帯び、より切なさを増す。
もしも彼に出逢わなければ、彼の子供を身籠らなければ、彼女もまた
普通に恋愛、結婚し、幸せなお母さんになれていたかもしれない。
おそらく子供好きであろうその姿に、子供のいちばん欲しい顔がある。
愛情は…どんなに受けても受けすぎだとか貰いすぎだというのはない。
たくさん貰って、たくさん吸収して、子供はどんどん成長するのだ。
最も可愛くかけがえのない時期を愛人に盗られてしまった母親だが、
娘は父親と同じような人間を好きになり、果ては希和子の立場となる。
…これもまた。なんて言ったらいいのか。更に気が狂いそうな展開。。
しかし娘は、違う選択をとる。つまり母性を自分の子供に注げる立場で
貫こうと考えるのだ。もう誰も苦しませ、哀しませないで、済むように。
(でも子供はまた同じように疑問や苦しみを味わうだろうけど)
蛙の子は蛙。とはよく言ったもので、娘は父と同じような男を夫に選ぶ。
こればかりは、、、親にはどうすることもできないことかもしれない。
切なく哀しいことばかりがフォーカスされる展開かと思いきや、
母親の愛情をたっぷり受けて育った子どもの未来が決して暗くはない
ことも明示する。身を寄せたホームで女だらけの暮らしを余儀なくされた
ことで男性恐怖症に陥った千草を演じる小池栄子が抜群の演技を発揮、
彼女とまた出逢ったことで転機が訪れ、恵理菜の運命は大きく変わる。
過去と対峙するのはかなり勇気がいることだったろう。
だけどそこを乗り切ることで、自分が決して虚ろな立場にいないことや、
幸せの果てに課された責任を実感できたと思う。まだまだこれからだ。
七日で死んでしまった蝉には見えない未来が八日目には広がっている。
(どこまでも母性を問う展開に、男性陣は立場がない状況ですね^^;)
大人の映画
実はもともと観るつもりはなかったけど、意外と評判がいいので観る気になった作品。
何というか、大人の映画ですね。
誘拐事件が解決して20年近く経った後の物語なので、テーマは謎解きではなく、誘拐事件が関係者の心の中に残した"闇"。一見普通の生活が戻ってきているようで、みんなが事件の記憶を抱え、みんなが幸せをつかめないでいる、何とも重たい作品。
役者も力のある人ばかりで、派手は感情表現もちょっとした表情や間も、とてもよかったと思います。
永作博美は、これまでの実績から全く不安なし。
井上真央も予想以上でした。いまどきの女優にとって、テレビも映画も特に区別はないのかもしれませんが、今回の彼女は、完全に映画女優に見えました。
余貴美子の変なキャラも印象に残りました。何でも出来ちゃう人ですね。
よかったのは小池栄子。彼女は『20世紀少年』のときの怪演が強烈に印象に残っているのですが、今回もちょっとキャラ作り過ぎなんじゃないかと思うほど。でもそれが、何となく納得できちゃう気がするのが不思議なところ。
映像的には、セリフなしでスローモーションで見せるカットが効果的に使われていました。
評判がいいのも納得できました。
八方ふさがりのせつなさ。
永作博美の笑顔が、時にせつなく、時にやさしく、時に怖い。
擁護したくなりがちだが、立場を変えれば許せない話だ。理性では分かるが、心情としては一方的に悪と言い切れない部分もあり、悩ましい。
仏教では、愛も執着のひとつであるから、捨てるべきとされているそう。学校の授業で聞いた時は、疑問に思っていたが、この作品を観ると腑に落ちた。
夫婦愛、家族愛、親子愛、自己愛、様々な愛が不幸を呼び込む。
誰の心情も理解できるから、悲しい。
人間、強く生きなければならないのだろうか。
今作の最たる悲劇は、母親と呼べる女・父親と呼べる男が1人も存在できなかった事
前代未聞の赦されざる重罪に対し、
「赤ちゃんを残し外出した森口瑤子も悪いが、奪い取った永作博美はもっと悪い」
という単純な感情は禁句である。
むしろ、そんな想いは邪念として、簡単に振り払い、世界観に引き込まれてしまう。
永作、井上、2人とも望まれない命を宿した母親である共感性に尽きるからだ。
“この宿無き揺りかごに果たして愛は存在していたのか?”
封印された遠き記憶を紐解こうと井上真央が事件現場を辿る度に、答えを見失い、空白の4年間の長さに打ちのめされる。
そして、全てが蘇った時…。
自然と涙がこぼれ落ちた。
なぜ泣いたのかは、未だに不明確のままだ。
それは、最後まで井上真央にとって、永作博美は愛すべき相手でも憎むべき相手でもない人物のままやったからやと思う。
うやむやな後味の重さは、客自身の母親への感情と照らし合わせている気がしてならない。
母の日を前に、フィクションとはいえ、彼女の可能性を応援したくなる5月の帰り道であった。
では最後に短歌を一首
『愛奪ひ 宿失き嵐 産み堕とす 懺悔ぶつけし 揺りかごの壁』
by全竜
見る側を洗脳させず、客観的に見た映画
八日目の蝉とは誰なのか?
最初の誘拐するシーンや写真屋のシーン、ただ暗いのではない人間の心を表したかのような照明。サウンドもピアノメインで、飾り気のない状況を上手く作っている。
飾り気のない状況と何もしないのとは違う。見る側を洗脳させずどう思うかを問うような意図があった。
井上真央も永作博美もよかった。そしてなにより小池栄子が良い。
そしてタイトルの複雑さ。八日目の蝉は可哀相だが幸運。何度か「八日目の蝉」というキーワードが出てくるが、時間が経っていくにつれ八日目の蝉に対する考えが変わっていく。
またその八日目の蝉とは誰のことを言っているのか。
改めてこの映画のテーマとは、「母性」である。
形だけで見ると、ごく普通の家族の子供を誘拐した人が捕まる。それだけ見ると誘拐犯は悪者だ。だが見てみればわかるが、最後のクライマックス、自然に誘拐犯の側から見てむしろ誘拐犯を肯定的に見てしまっている。母性で誘拐したなら許されるのか、そうではない。じゃあ母性とはなんなのか。これは母性ではないかもしれない。なぜなら誘拐犯は母親ではないのだから。でも人の赤ちゃんを見て自分の全てを捧げても幸せにしてあげようと思う誘拐犯はもう最後の方は完全に母親になっていた。
考えさせられる映画といえる、作品賞候補に相応しい作品だ。欠点は最後の方はだらだらしてしまったか、それくらいだろう。
愛と憎しみ…見応え充分
昨年の「告白」「悪人」など、一筋縄ではいかないドラマに見応えあるものが多いが、本作もまさにそう。
愛人の赤子をさらった誘拐犯と、その誘拐犯に育てられた少女。
普通に考えれば、誘拐犯・ 希和子の罪は重い。家族から全てを奪ったからだ。
しかし、薫=恵理菜を育てる愛情は、母親そのものだ。
そんな希和子に育てられた恵理菜は、実の両親に対して愛情を示す事が出来ない。特に母親との確執は深い。
そして自分も妻子ある男性と関係を持つ。
成長するにつれ、希和子に対して憎しみを持つが、フリーの記者・千草と思い出の地を旅する中、愛してくれた記憶を思い出す。
簡単に善悪で割り切れず、親子の関係とは? 母の愛の深さとは?…観た人それぞれ感じ方があり、色々と考えさせられるものがあった。
永作博美、井上真央、小池栄子…女優たちは素晴らしいを通り越して、圧巻。
永作博美は間違いなく、年末の女優賞を制するだろうし、井上真央も従来のイメージから脱皮し、本格的な女優としての姿を見せてくれる。そして小池栄子の演技の器用さ。
その他出演者も印象に残る(特に森口瑶子)。
成島出も「孤高のメス」に続いて誠実な演出で、好感。
感動やメッセージ性など、見応え充分で、GWというより、今年見逃せない一本になるのは間違いなし!
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