カリフォルニア・ドールズ

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解説

「攻撃」(1956)、「何がジェーンに起こったか?」(62)、「合衆国最後の日」(77)などで知られる名匠ロバート・アルドリッチの遺作。タッグチーム「カリフォルニア・ドールズ」を組み、わずかなファイトマネーを求めてあてなき旅を続ける2人の女子プロレスラーと、そんな2人を導く1人の老マネージャーの旅路を描いたドラマ。マネージャー役は名優ピーター・フォーク。2012年、ニュープリント版でリバイバル。82年日本初公開時の邦題は「カリフォルニア・ドールス」。

1981年製作/112分/アメリカ
原題:The California Dolls
配給:boid
日本初公開:1982年6月5日

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…All the Marbles (C) 1981 Warner Bros. Pictures International. All Rights Reserved

映画レビュー

3.5軽くB級ですよ

越後屋さん
2021年11月23日
PCから投稿

良くも悪くも、裏表なしのB級傑作でしょう。
コロンボじゃないコロンボはちょっと違和感ありますが、それでもこの人の達者ぶりはよくわかります。プロレスシーンの迫力とカッコよさはさすがロス君、見せるところを心得てます。

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越後屋

4.0媚びない娯楽映画

津次郎さん
2021年7月25日
PCから投稿

淀川長治の名言のひとつに「男しか出てこない映画に駄作なし」というのがあるそうだ。

『著書『男と男のいる映画』において「男しか出ていない映画に駄作無し」と格言を残している。』(ウィキペディア:淀川長治より)

読んだことがないので、名言がなにに基づいているかわからないが、わたしはアルドリッチやフランケンハイマーの映画で、それを思ったことがある。とくにアルドリッチだった。

ハリウッドの名手は、わざと女性を出さなかったわけではない。女を出さない──それがこだわりだとするなら、そんな、こだわりにはなんの意味もない。わざとそんなことをするのはザ日本映画の新人くらいないものである。

アルドリッチやフランケンハイマーは色気に頼らない娯楽映画をつくっていた。それだけのことだった。
忘れることのない、北国の帝王(1973)はいずれも超強面(こわもて)のアーネストボーグナインとリーマーヴィンで、列車車掌と無賃乗車常習犯の攻防だった。男臭いどころか、そこにあるのは、いかつい面構えと怒声と汽笛と油汚れと黒煙と意地であり、乗せまいとする男・乗ろうとする男、二者のたったそれだけの話を、ハラ~ドキ~かつダイナミックなアクション映画に仕立てていた。──のだった。

そもそもオーソリティーたち(黒澤明やスピルバーグやスコセッシなどなど)は女を色気として使わない。
なぜなら(しごく単純に言えば)基本的に裸が媚びに充当する──からだ。

なんども言っていることだが、ザ日本映画の先達・大家は、ポルノ出身者が(ひじょうに)多い。
偏見ということで構わないが、事実上ザ日本映画界ってのは、裸で釣ってきた連中が権威にのし上がってしまった業界であり、個人的には、その「いびつ」があると思っている。

(火口のふたりっていう近親相姦映画をごらんになりましたか?──あれがザ日本映画の現頂点です。石器時代をさまよう謎の古老たちが巣くっている村社会が日本映画業界です)
(ちなみにわたしは牽強付会なdis日本映画を特徴とするレビュワーです)

女子プロレスを映画にする──そのばあい、どうするだろう。女子プロレスのユニフォームは露出が多い。100人中100人の演出家が、そこにセックスアピールを盛り込むにちがいない。米ドラマGLOWもAlison BrieやBetty Gilpinの惜しまない露出で人気を博した──わけである。

むかしから言いたかったが、アルドリッチの遺作カリフォルニアドールズが、なぜいいのかと言えば、女子プロレスを描きながら、色気に注力していないから。

キャリアのすべてで、セックスアピールを用いたことのないアルドリッチが、さいごに女子プロレスを描いて、やっぱりセックスアピールを使わなかった。媚びなかった。ただし、アルドリッチは意地やこだわりによって、セックスアピールを使わなかったわけじゃなく、じぶんのなかにある娯楽映画の方法論に従ったにすぎなかった。

映画は、色気に頼るとそういう映画になる──わけである。

(すべてがそうだとは言わないが基本的な理屈として)セックスアピールのために女の裸が出てくる映画ならば、演出は無効である。いうまでもないが、演出しなくても裸で釣れるから。
日本では未成年者さえ使っていた犯罪者を全裸監督として、ヒロイックに祭り上げているが、全裸でポルノを撮ったから、なにが偉いの──という話である。(アメリカだったらとうにロンジェレミーと同じ所へ収監されているに違いない。)

で、繰り返しになるが、日本映画の先輩貴兄は、ポルノ出身者で成り立っている。かれらは性に詩情みたいなものを介入させて、昭和の昔から今に至るまで裸と行為を押し出しているわけだが、それはやはり性で釣っている映画に過ぎないと、わたしは(30年来)思っている。わけです。

カリフォルニアドールズでは演出手法として性を使っていないゆえに、むしろVicki FrederickとLaurene Landonの素のセックスアピールが表出している。ことに加え、老獪で、時には汚い仕事にも手を染めるマネージャーとして、おそらくピーターフォークの映画出演のなかでも三指の味だった。

余談だが、おりしも今(2021/07)どこかでオリンピックがおこなわているが、あなたが男性で、女性のアスリートを見るばあい、そこに性的演出が一切ないにもかかわらず、溌剌とした性を感じてしまう──ものではありませんか。にんげんとして普通のことです。

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津次郎

4.0働く大衆への暖かいエール!

あき240さん
2018年10月31日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

文句なしに面白い!理屈抜きだ
刑事コロンポで超有名俳優になったピーター・フォークが、その冴えない中年男のイメージをそのまま流用して役にはまり見事な演技
二人の女子レスラーの容姿も美しく楽しい
クライマックスのリング登場シーンは最高の盛り上がりでワクワクする!

どさ回りのいつになったら日の当たるところにでれるかわかりもしない、いつまで経っても底辺のままぐるぐると回っているだけ
誰しも若い時に経験することだ
それをアルドリッチ監督は女子プロレスという誰もが少ししか知らない業界を取り上げて、泥まみれになってそこから這い上がるストーリーをロードムビーとして物語に仕上げて見せる

正に普遍的なテーマだ
成功するためには、長い下積み生活の辛抱、文字通り泥レスを登場させて泥まみれになって働け、どうせどこに行ってもゲスばかりだ、プライドがなんだ、多少卑怯であってもチャンスを掴め、ここ一番の大勝負に臨んだなら自己演出の大事さを知れ
どの業界で働いていようが、無名の者が芽を出し、上に這い上がる為の秘訣は同じだ
だからこそ本作は万人の心に刺さるのだ
働く大衆へのエールなのだ

つまり、本作はリノのリングサイドで子供達や観客がふるポンポンのような映画なのだ

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あき240

3.5戦うしかない

ひろちさん
2017年12月29日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

泣ける

楽しい

興奮

相撲部屋では稽古で、上位の力士から自分には絶対に敵わないのだと散々、刷り込まれるらしい。社会は厳しく、学歴も伝手もない若者は成功しないとされる。だから、世間に出ると、「戦うな」と洗礼を受ける。だが、才能や個性は、世間に迎合し、苦労を厭えば発揮されない。世間は、様々な手で才能等を封じようとする。恐れているのだ。私達の才能や個性を。

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ひろち
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