早稲田松竹さんの特集上映「クラシックスvol.240/青春は売りものじゃない」(25年7月12日~18日)のレイトショーにて〈マイオールタイムベスト〉長谷川和彦監督『太陽を盗んだ男』が35mmで上映中。悲願の初劇場鑑賞。
『太陽を盗んだ男』(1979年/147分)
半世紀近く生きてきて、これほど魅力的なプロット、ゲリラ撮影も辞さないエネルギッシュで完全にエンタテインメント振り切った作風、さらに切ないラストと反核への強いメッセージなどすべての要素が奇跡的に調和・融合され、未だ本作以上の日本映画には出会えていません。
とにかく「面白い‼」の一言。
平凡で無気力な中学校の理科教師・城戸誠(演:沢田研二氏)が、原子力発電所の社会科見学の帰路の途中、重火器や手榴弾を持った老人(演:伊藤雄之助氏)にバスジャックされ、「天皇陛下に拝謁させろ」と要求され、バスは皇居に向かう。
事件を解決するため陣頭指揮を執る捜査1課の山下警部(演:菅原文太氏)と協力し犯人を狙撃され死亡。
この事件をきっかけに城戸のなかで何かが変化、自宅アパートでの原爆作りにのめり込む…。
原子力発電所からの液体プルトニウムの強奪シーンは警報の代りに床がピカピカ点滅するシーンはハリウッドのSF映画のワンシーンのようで美麗。
静止画やコマ送りを活用したガンアクションも限られた予算のなかで奮闘しています。
狭いアパートの自室で時に真剣に、時に無邪気にまるでDIYや夏休みの宿題の化学実験のように原爆を製造、その詳細な製造過程や化学式を丁寧に描くことで誰でも原爆が製造できる説得力を高めましたね。液体プルトニウムの色(紫)も実にそれっぽくて良いですね。
ガイガーカウンターをマイク代わりにボブ・マーリ―の曲を歌い踊ったり、完成した球体の原爆でサッカーをしたりと沢田研二氏のお茶目なコメディアンぶりが発揮されるのも本作の魅力。
「8時だョ!全員集合」で志村けん氏とコントを披露していたのも伊達じゃないですね。
原爆完成後に、日本政府を相手に要求したのは「TVの野球中継の延長」と、ラジオリスナーの声を聴いて「日本武道館でのローリング・ストーンズコンサート」。
明らかに営利目的での原爆製造ではなく、城戸の犯行動機は一切語られない。
おまけに中学校の理科教師以外の具体的な生い立ちや家族や恋人、友人などの情報もなく、すべて観客の想像に委ねられています。
時代的には学生の反体制運動が失敗したあとのしらけ世代、満たされない空虚な日常への破壊衝動「理由なき反抗」なのでしょうか。
逆に明確な理由がない方が、観客ひとり一人主人公の心情を察しながら、共感ができますね。
製造過程で被爆、死を覚悟しながら原爆を持ちつつ繁華街を彷徨うラストは切なく、これ以上ないエンディングです。
また城戸と山下警部の関係も、ルパンと銭形警部以上、実にセクシャルに描かれています。
自分の命を顧みず犯人逮捕に猪突猛進に燃える山下の生き様が、虚無な城戸の心に火を灯したのでしょうか。
長谷川監督が脚本を手がけた「悪魔のようなあいつ」(1975)でも藤竜也氏と、次作『魔界転生』(1981)でも真田広之氏とのセクシャルなシーンがありますが、当時の沢田研二氏にはそれだけ突出した妖艶で中性的な魅力がありましたね。
音楽は『太陽にほえろ!』、『傷だらけの天使』の井上堯之氏。
繰り返されるピアノの旋律が印象的。
井上堯之氏の楽曲を子守唄代わりに育った世代にはたまりません。
限られた予算やハードなスケジュールなかでも、国会議事堂や高速道路のカーチェイス、東急百貨店の屋上から札束をばら撒くなど必要なシーンは妥協を許さずゲリラで撮影。
そんな撮影現場の熱気が確実にフィルムに収められた本当に奇跡的な映画。
もしも『新幹線大爆破』のように莫大な予算でリメイクされても、なかなか本作のスクリーンからほとばしる熱量は越えることはできないでしょう。
また『理由なき反社会的なアウトロー』という主人公の設定自体も今の時代、企画自体難しいかもしれませんね。
長谷川和彦監督にはまだまだ新作を撮り続けて欲しいものです。