君よ憤怒の河を渉れ

劇場公開日:

解説

無実の罪を着せられた現職の検事が、執拗な刑事の追跡をかわしながら真犯人を追っていくアクション映画。原作は西村寿行の同名小説。脚本は「金環蝕」の田坂啓、監督は脚本も執筆している「新幹線大爆破」の佐藤純彌、撮影は「金環蝕」の小林節雄がそれぞれ担当。

1976年製作/151分/日本
配給:松竹
劇場公開日:1976年2月11日

ストーリー

東京地検検事・杜丘冬人は、ある日、新宿の雑踏の中で、見知らぬ女から「強盗殺人犯」と騒がれた。水沢恵子と名乗る彼女は、なおも「現金20万円とダイヤの指輪を盗まれ、強姦された」と叫んだ。その場で緊急逮捕された杜丘を、別の男寺田俊明が「この男にカメラを盗まれた」と供述した。勿論、杜丘には身に覚えのないことだったが、証拠が揃いすぎていた。完壁な罠だ。杜丘は、家宅捜査の隙をみて逃亡した。新聞は“現職検事が凶悪犯”“社丘検事即日免職”と書きたてた。杜丘は水沢恵子を捜しに彼女の郷里、能登へ向かった。恵子は本名を横路加代といい、寺田は彼女の夫の横路敬二と判明した。だが、その時にはすでに加代は殺されていた。杜丘は、加代あての手紙から、横路敬二が、北海道の様似に居ることを知り、北海道に飛んだ。杜丘の逮捕状は「強盗犯」から「横路加代殺人容疑」にきりかえられた。その頃、警視庁捜査一課の矢村警部は、横路の経歴を洗い、彼がモルモットやハツカネズミを飼育し、製薬会社の実験用に売りさばいていたことをつきとめたが、杜丘との関係はでてこなかった。北海道様似で、杜丘は横路の家を見つけたが、そこには刑事が待ちうけており、杜丘は警察の手を逃れて、日高山中の林の中に逃げ込んだ。だが、その杜丘を、散弾銃を待った二人の男が追って来た。逃げる杜丘はある事件を回想した--。ホテルのレストランから飛び降り、即死した朝倉代議士。証人である政界の黒幕・長岡了介は飛び降り自殺だと言い、矢村警部は自殺説を主張し、杜丘は他殺説をとった。あの日、杜丘は朝倉の妾が経営している新宿の小料理屋に聞き込みに行った。そして、横路加代がいきなり--。矢村の追跡は執拗だった。その非常線を突破して、深い森の中に入り込んだ杜丘は、獣の罠に仕掛けてあった銃をとりはずした。その時、巨大な熊が、若く美しい女にいましも襲いかかろうとしていた。熊めがけて発砲した杜丘だが、その瞬間、銃も杜丘もはねとばされ、激流に落ちた。翌日、杜丘は、遠波牧場の寝室のベッドで目を覚ました。昨日、熊に襲われそうになった牧場の娘、真由美が、今度は杜丘を救ったのだった。真由美の父、遠波善紀は北海道知事選に立候補中だったので、一人娘が杜丘に好意をよせているのに困惑していた。が、彼の秘書の中山が警察に通報した。真由美は杜丘を奥深い山の中の小屋にかくまった。しかし、食料を運ぶところを矢村に尾けられ、杜丘は逮捕された。その時、いつかの熊が三人を襲い、矢村が負傷した。杜丘と真由美は矢村を介抱したが、気がついた矢村がなおも杜丘を逮捕しようとしたので、杜丘は再び逃げた。岩場の穴に逃げ込んだ杜丘と真由美は二人の愛を誓い合った。一方、遠波は、娘のために知事選をあきらめ、杜丘を逃がす決心をした。牧場の周囲は警察が包囲しているため、自家用セスナ機を杜丘に提供した。操縦のできない杜丘だが、命を賭けた。止めるようにと絶叫する真由美を後にセスナは本州へと飛びたった。セスナは東京付近の海岸に着水し、杜丘は、警察の裏をかいて東京に潜入した。その頃、真由美も牧場の仕事で東京に来ており、杜丘が新宿で警察に包囲されていた時、馬を暴走させ杜丘を救出した。やがて、杜丘は横路が何者かに強制収容された精神病院に患者を偽って潜入。長岡了介が院長・堂塔に命じて、秘かに新薬の生体実験をしているのをつきとめた。やがて院長は自殺。今では杜丘に協力している矢村とともに杜丘は、長岡を射ち殺した。そして、検事に復職するように、と言う伊藤検事正に「二度と人を追う立ち場にはなりたくない」といって断わり、真由美とともに去って行くのだった。

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映画レビュー

3.5高倉健、逃走中♪

2020年12月13日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

青山八郎によるサントラ曲「白いサスペンス」の破壊力!

無実の罪を着せらた高倉健の悲壮な逃亡劇にかぶせるにはあまりにも牧歌的で、良テンポ。文字で表すなら、「高倉健、逃走中!」が、「高倉健、逃走中♪」になる感じ。映画音楽の影響力を逆の意味でここまで思い知ることになるとは。

ただ、最初は何じゃこりゃ!と腰が砕けたこの曲、二度三度と繰り返されるうちにどうにも愛らしくなってくる。作品自体が何でもアリの自由な雰囲気なので、このサントラもありだなと寛容の精神が湧いてきて、しまいにはその魅力に取り憑かれてしまった。

ミスマッチな音楽は良くも悪くも作品の味として刻まれ、この映画を唯一無二のものにしている。この先、人生の苦境に立たされたら「白いサスペンス」を脳内再生して乗り切ろうと思う。

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オスカーノユクエ

2.0子供の頃に夢中になって見たのに…

2024年12月13日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル、TV地上波

かなり昔に、TVでやっていたのを夢中になって見た覚えがあり、印象的なテーマ音楽(なぜかハワイアン)の記憶と共に自分の中でかなり美化されていました。
再び見る機会があり、そのあまりの酷さに腰がくだけました。
導入の、検事が冤罪に巻き込まれるまではいい展開ですが、そこから繰り広げられる冒険のありえなさに辟易です。
ついでに、サービスカットの中野良子のヌードは、明らかに替え玉。

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うそつきかもめ

5.0バックの音楽が〜😆

2023年12月2日
Androidアプリから投稿

大好きな健さん主演映画。流れる音楽が軽快過ぎて〜これもまたその時代の映画ならでは🎥😆🍀🍀🍀

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Jyo Koba

3.0ふんぬ?ふんど?

2023年12月2日
PCから投稿

昔わが家にはじめてきたVHSビデオデッキはフロントローディングではなくアッパーマウントだった。
それを使って東京12チャンネルで平日の14時からやっていたようなマイナー映画をいっぱい録画した。

VHSビデオレンタルの勃興期には、ビデオを借りることで未知の映画が見られることの利便性や贅沢さに興奮した。

レンタルビデオは80年代中ごろに始まり、00年前後にはDVDへ移行したが、2010年には斜陽産業となり、2015年ネットフリックスの拡大時にはほぼ淘汰された。

が、わたしの映画知見のほとんどはテレビ放映された映画もしくはVHSレンタルビデオから得たものだ。

今日(こんにち)では、ネットフリックスをはじめいろんな配信サービスがあり、それぞれの中に何千何万という映画やテレビ番組がある。
有料とはいえ月に1,000円以内でたくさんの映画が見られる。

じぶんの来歴からすると今世の便利さにもっとエキサイトしていいはずだ。

しかし人間、サービスやテクノロジーに慣れると感動が薄れる。

VODを開いて、おもむろに映画をクリックし、おもむろにシークバーをいじる。クレジットをとばし、中盤あたりの様子を眺めて、あ~だいたいこんな感じか、と思って自得する。

映画にこんなことをしていいんだろうか、と思いつつ、そんなことが何千何万という映画や映像作品にできてしまう。

映画と映画周辺のサービスに慣れれば慣れるほど、映画から感興しにくくなる。

現代のわれわれはもう新(さら)の状態にはない。概して、ほとんどあらゆるエンタメのパターンを見知ってしまっている、わけである。

この食傷の対比として思い出されるのが、この映画、君よ憤怒の河を渉れが中国へ輸出されたときのエピソードだ。

『映画は1979年に中華人民共和国(中国)で『追捕』というタイトルで公開され、文化大革命後に初めて公開された外国映画となった。公開は無実の罪で連行される主人公の姿と、文化大革命での理不尽な扱いを受けた中国人自身の姿を重ね合わせた観客の共感を呼び、映画は大変な人気を博した。中国での観客動員数は8億人に達したとされ、高倉健や中野良子は中国でも人気俳優となった。田中邦衛は中国においては「北の国から」の黒板五郎役よりも本作の横路敬二役で知られている。』
(ウィキペディア「君よ憤怒の河を渉れ」より)

ウィキでは『無実の罪で連行される主人公の姿と、文化大革命での理不尽な扱いを受けた中国人自身の姿を重ね合わせた』から大ヒットしたと解釈されているが、なんとなく違うと思う。

文化大革命時の庶民の生活ぶりをなんらかのメディアで見たり学んだりしたことがあるでしょう。

もっともわたしが見たと言っても映画(チェン・カイコーの覇王別姫(1993)やチャン・イーモウの活着(1994)など)で見ただけだし、そもそもわたしは社会派ではないので、わかった風なことは言えないが、文化大革命時の庶民生活とは言わば戦前の日本、且つそこから娯楽と贅沢品をすべて奪ったような質素な生活様態だ。

そういう生活様態でずっと生きてきた人が、突如として映画を見た。そのはじめて見た映画が日本から輸入された君よ憤怒の河を渉れだった──と考えるべきだろう。

その衝撃のはかりしれなさ。

文明の申し子であるわたしたちとて、じぶんが「はじめて映画館へ行って見た映画」はあるていど覚えているものだ。(個人的にはそれは1980年のレイズザタイタニックだが。)

映画の衝撃度を考えたとき、それがクオリティによってもたらされるのはもちろんだろう。しかし、観衆がまっさらの白紙(映画未体験)状態であるならそれはクオリティをしのぐ。

活動写真の草創期、列車がこっちへ向かって走ってくるだけのモノクロの数秒の映像を見せられた観衆は、避けなきゃぶつかると思って席を立って逃げ出した。

──という逸話と同様、君よ憤怒の河を渉れが中華人民共和国で公開され社会現象を巻き起こしたのは、すなわち『無実の罪で連行される主人公の姿と、文化大革命での理不尽な扱いを受けた中国人自身の姿を重ね合わせた』からではなく(それもあるだろうが)、同作が彼らにとってはじめて見た映画且つエンタメだったからだろう、と思うのだ。

その衝撃を想像してみる。
もはや映画で衝撃を得ることができないわたしたちは想像してみるほかないからだ。

わたしは、批評家が盛った文脈で使うことがある「人生を変えた映画」という大げさな主張には懐疑的だ。21世紀に日本の文明下を生きていて、映画がそこまで衝撃的であることなどあり得ない。もちろん他人様の内実は知る由もないことゆえ主張に異議はない。

ただ、ふつうに考えて(たとえば)幼少期からずっと山ごもりをしてきたというのでなければ、映像作品に打ちのめされたりしない。

そんなことを考える度に、君よ憤怒の河を渉れと中国のエピソードを思い出し、その衝撃について想像してみる。──わけである。

──

今見ると古さを感じるつくり。とうぜん当時中国人が感じた衝撃なんか微塵もない。

原作は西村寿行。かつて人気作家だったが映像にすると突飛な話でもある。今ならコンプラ的アウトなセリフも多いし、展開もざっくりで大味。熊は着ぐるみなのがわかるし、銃声は完全に「ズキューン」なので銃撃戦はやかましい。

「どうしておれを助けるんだ、なぜだ、なぜなんだ」
「あなたがすきだから」

聞いたこともない直情なセリフ。洞窟での出来事は(中国では)ぜんぶ検閲されたのかもしれないが、なにしろ全体が甲冑のような時代感。それらの大雑把がダイナミックであると言えなくもないが、なにしろやっぱり古かった。

ただし中華人民共和国で公開され社会現象を巻き起こし、高倉健や中野良子に全中国が惚れた──という逸話に想いを馳せながら見ると興味深い。
チャン・イーモウは後年高倉健を招聘して単騎~を撮ったしジョン・ウーはリメイクをつくった。
つまり、まっさらな状態の観衆に映画がもたらす衝撃というものを君よ憤怒の河を渉れ(が中国で公開されたときの影響)は教えてくれる。

逆に言うと、なんでも見知っているわれわれにはもはや衝撃的なんてものはないわけだから、映画から自分なりの面白みを見つけ出すのが飽食の時代のリテラシーだと思った。

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津次郎