2007年の作品
邦画の在り方を手探りしていたような時代を感じる。
そして、この物語は非常に多義的であるように思える。
多義的というものの、現実そのものがたくさんあるようだ。
そこに事実があるのかどうかさえよくわからないことが、何とも言えない雰囲気だけを残しつつ、記憶から消えてしまうような薄っぺらさまでも感じてしまう。
正直眠かった。
現実と非現実の交錯というのか、幻想というべきなのかさえわからないのは、一見主人公に見える有栖という男そのものが、物語の中で実在しているのかどうかはっきりしないからだろう。
つまり、
主人公として描かれている有栖ユウイチロウは黒田ジョウという作家のモデルとも考えられる。
その黒田ジョウは主人公に「ミスタートリックスターに騙された」と打ち明ける部分が、現実と非現実がいったい誰のものなのかを不明にしている。
有栖と黒田は精神病のウサギ、ミスタートリックスターの妄想の可能性も捨てきれない。
または、登場人物たちはすべて妄想世界の中で交錯していたとも取れる。
ミスタートリックスターがこの作品の主人公の場合もあるということだ。
あの二人の警官も現実離れしていた。
警察としてもっともらしいことをいうが、その内容と立ち居振る舞いは取って付けたようだ。
では妻の千里の視点ではどうだろう?
彼女は夫の浮気を感じ、探偵に調査させ、それに嫉妬するのが嫌で別れを考えていた。
これが妻から見た現実だが、彼女はミスタートリックスターに誘拐されていた。
同時に、トリックスターが主人公に話した「現実」はあまりにも的確で、つまりミスタートリックスターこそが有栖ユウイチロウの闇の声(本人)だったのではないか?
仮にそうであれば、有栖が妻を誘拐した犯人だが、物語はそうにはならない。
あくまでユウイチロウがのめり込んでいくのは「赤いドレスの女」だ。
こうなってくると、千里は実在し、誘拐されてもいないことになってしまう。
この物語に千里は存在することになるが、実際にはミスリードだろう。
「もう一度ゆっくりとやり直そう」
妻への謝罪とは裏腹の行動 ユウイチロウは女を探す。
黒田はユウイチロウに、赤いドレスの女と伯父との関係を話した。
これこそがこの作品最大のヒントであり混乱の元凶でもある。
あくまで、
これはひとつの物語だ。
この物語の中心にいるのがユウイチロウだ。
彼のもう一つの顔は、ミスタートリックスターだろう。
では黒田とは何者だろうか?
黒田とは、ユウイチロウというアバターを使った人物であり、赤いドレスの女の叔父なのではないだろうか?
伯父はかつて姪にした性的虐待の断罪を受けるためにこの作品を書いたのではないだろうか?
彼は自分の分身であるユウイチロウという人物を作って自分のした悪事を世間に知らしめて断罪を受けるためにこの作品を書いたのだろう。
黒田が有栖に言った「ミスタートリックスターに騙された」とは、彼の心の中に巣食っていた悪魔の言葉だったのだろう。
そして彼は告白しながら葛藤もしている。
その罪全てをユウイチロウに押し付けようとした。
しかし、また気分が変わってユウイチロウに秘密を告白したいと思った。
姪を性的虐待して殺したことを、彼はユウイチロウに発見させることで世間に告白したのだ。
そして彼は最終的にあのトンネルの中に姪を遺棄したのだろう。
その自分を今までずっと隠して生きてきた。
でも最後に、彼は自分の罪をこの物語として世に告白したかった。
悪魔の所業をしたことを。
妄想でしかないが、この物語の解釈はそこに行きつくように思った。