コラム:下から目線のハリウッド - 第48回

2025年2月12日更新

下から目線のハリウッド

厳しいルールができた背景には悲惨な歴史があった!映画に「出演」する動物を傷つけないためのガイドライン

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

今回は、映画に出演している動物を傷つけないためのガイドラインについて解説していきます!


久保田:最近、映画の作中に動物が出てくることって珍しくなったなって思うんだけど、どうしてだと思う?

三谷:エンターテインメントに登場する動物って、なんとなく「悪いサーカスの団長みたいな人に虐待されている」というようなイメージがつきまとってしまいませんか?

久保田:うん。そうかもしれない。

三谷:実際に、動物が人間に搾取されてきた歴史があるんですよね。戦前にさかのぼるのですが、当時映画の撮影中に動物が死亡する事件が多発しました。例えば、1936年公開「進め龍騎兵」では、軍馬25頭が亡くなっていて、1926年公開「ベン・ハー」では、100頭の馬が亡くなっていると言われています。

久保田:馬が100頭!?

三谷:そういった背景を受けてアメリカには「アメリカ人道協会 アメリカン・ヒューメイン」という動物愛護団体が存在します。

久保田:いろんな協会がありますね。

三谷:映画のエンドクレジットで時々、アメリカン・ヒューメインのロゴがあるのですが、『No animals were harmed(この映画では動物を傷つけてはいません)』という認証マークの役割を果たしているんですね。

久保田:へえー。企業ロゴが流れてきている箇所かな?

三谷:そうですね。「動物が出てくるような映画では、ガイドラインに沿って、その認証をもらうようにしましょう」というルールがあるんです。

久保田:なるほど。

三谷:そして認証を受けるには、ルールを守り、ガイドラインに沿って動物たちを扱わなくてはいけません。私が留学をしていた際に、動物に関する130ページ弱のガイドラインが配布されたのですが、これがなかなか興味深いので、抜粋してご紹介します。まずは虫についての規定です。

久保田:確かに虫も生き物ですからね。

三谷:『1匹も殺したり逃がしたりしてはいけない』。

久保田:殺したりはダメだと思うけど、逃したりしてはいけないって相当難しそう。蚊とか。

三谷:『昆虫が照明に飛び込まないようにすること』。

久保田:焼け死んじゃダメってこと?

三谷:そうですね。照明はとても明るくて熱を持つので、網などで照明をカバーして対処します。他にも『昆虫やクモ類の近くで働く人々は喫煙をしない』というルールがありますね。

久保田:それで死んじゃう生き物がいるってことなんですね。

三谷:次は魚です。魚を水から出して跳ねているシーンを撮る場合は『魚を2回続けて使用しないようにローテーションをし、1日に3回以上使用することはできない』というルールがあります。

久保田:ローテーション?

三谷:たとえば、テイク1は魚Aさんを入れて、テイク2は魚Bさんを入れて、テイク3は魚Cさんを入れて…といった感じでローテーションしなくてはいけない。

久保田:すごく細かい規定だね。

三谷:他にも犬猫に関するルールには『感染症の予防のために事前に条件を満たさなければいけない』や、鳥に関しては『ぶつかる危険性があるから鳥の周囲にガラス板を使用することはダメ』『鳥を放つときは必ず回収すること』などがあります。

久保田:なるほどね。

三谷:物理的に傷つけてはいけないというルールのほかにも『動物が撮影に参加していない場合は、安全に落ち着ける環境を用意しなければいけない』というような、動物の待機場所・支度部屋を用意しなくてはいけないルールがあります。

久保田:ストレスを与えないことも重要だもんね。個体差もあるだろうし。

三谷:しかしながら、このように厳格な規定がある中、近年になってもなお動物がつらい目にあっているんです。例えば、2012年公開「ホビット 思いがけない冒険」では、動物管理者が危険な場所に動物を収容してしまって、結果的に27匹が死亡している、みたいな話題もありました。

久保田:まじですか。27匹っていうのはいろんな種類の動物?

「ホビット 思いがけない冒険」
「ホビット 思いがけない冒険」

三谷:そうみたいですね。また、1981年公開「天国の門」では、馬を含む数匹の動物がダイナマイトで爆破されたとか。

久保田:これは絶対駄目だろ。これはもう殺しに行ってるじゃん。

三谷:確信犯ですよね。これはちょっといろんな観点からアウトですね。

久保田:ちょっと信じられないですね。

三谷:他にも、2013年公開「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」では、その中に登場するベンガルトラが溺死しそうになったということがあったらしいです(ただ、監督を務めたアン・リーは全面否定しています)。

「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」
「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」

久保田:動物って言語によるコミュニケーションが難しいですよね。動物園の飼育員さんが、長年飼育していた動物にいきなり襲われて亡くなる事件とか、たまにあるじゃないですか。

三谷:そうですね。そんなこと考えたら扱わないほうが吉になりますよね。

久保田:難しいですよね。筋書きとは関係なく映画やドラマでは、人間の感情を煽るために、動物が登場する演出もありますよね。

三谷:表現上の仕掛けとしての動物っていうものは当然ありますよね。そのため、コントロールの観点からも、最近はCGで動物を描くことがほとんどのようです。

久保田:CGにした方がいいですよね。

三谷:ちょっと前までは動物が主役の映画がありましたよね。豚が主人公の「ベイブ」とか、犬が主人公の「ベートーベン」など。CGではない、生きた動物が主人公の映画は、今後なかなか出てこないでしょうね。

久保田:俺は動物が主人公みたいな映画はあまりそそられないのかもしれない。サバンナを滑走してる動物を追うようなドキュメンタリーは観るけど。

三谷:ドキュメンタリーはいいですよね。イグアナが襲われる動画など、すごくドラマチックで面白いですよね。生き物に触れない方が制作の安全上、動物にとってもいいのかもしれませんね。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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