コラム:下から目線のハリウッド - 第29回
2022年3月18日更新
「ドライブ・マイ・カー」アカデミー賞ノミネートまでのプロセスとは?
「沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。
今回のテーマは、2022年・第94回アカデミー賞で、日本映画史上初となる作品賞にノミネートされたほか、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞とあわせて4部門でノミネートとなる快挙を達成した「ドライブ・マイ・カー」。同作がどのようにノミネートへと至ったのか、「アカデミー賞ノミネートまでのプロセス」を語ります!
久保田:アカデミー賞に「ドライブ・マイ・カー」がノミネートされてますよね。
三谷:そうですね。すでに話題にはなっていますが、これはすごい快挙なんですよ。で、今回はどうやってそこまで至ったのかというお話ができればと。
久保田:どういうプロセスでアカデミー賞の舞台までいくのかって話ですね。たしかに知らないなぁ。
三谷:まず、「ドライブ・マイ・カー」は、アカデミー賞4部門でノミネートされています。作品賞、監督賞、国際長編映画賞、脚色賞ですね。
久保田:脚色賞っていうのはアレですか、フェイクニュースみたいなやつですか?
三谷:いやいやいや(笑)。
久保田:でもほら「脚色」って言っちゃうと、イメージ的にさ。昔、東スポで、『カズ、ハットトリック』って見出しがあって、実際に新聞を買って、折れているところめくると『カズ、ハットトリック宣言か?』みたいに書いてあったりして(笑)。
三谷:ありましたね(笑)。だからまあ、「脚色」というのがいい表現なのかわからないんですけれど、英語では、「Adapted Screenplay」になります。
久保田:いわゆるアダプテーションね。直訳すると「適応」とか「調整」とか。
三谷:はい。あとは小説や戯曲などの「改作」を指す感じですね。なので、「翻案賞」とか訳したりするのがしっくりくるのかなと、個人的には思うんですが。
久保田:たしかにね。
三谷:ちょっと横道にそれますが、「脚本賞」と「脚色賞」の違いを簡単に説明すると、イチから書いたオリジナルの脚本に対して贈られる賞が「脚本賞」。対して、なにかしらの原作を元につくられた脚本に贈られるのが「脚色賞」になります。
久保田:おー、わかりやすい。
三谷:で、「ドライブ・マイ・カー」は、村上春樹さんの短編小説が原作になっているので「脚色賞」にノミネートされているわけなんですが、それも含めて、アカデミー賞のなかでもかなり重要な賞に絡んでいる感じです。ひとつの作品でここまで来た日本映画はたぶんないと思いますね。
久保田:作品賞もありえる?
三谷:可能性はあると思います。
久保田:でも、前評判で「これが作品賞を獲るんじゃないか」って言われている作品もありましたよね。
三谷:これまでの下馬評では、ベネディクト・カンバーバッチ主演の「パワー・オブ・ザ・ドッグ」(作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、助演女優賞、脚色賞などの主要部門ほか、計11部門で12ノミネート。2022年度最多ノミネート作品)が有力だと言われていたりもします。
久保田:そうそう。「パワー・オブ・ザ・ドッグ」だ。
三谷:他には、レオナルド・ディカプリオとジェニファー・ローレンスが主演している「ドント・ルック・アップ」(作品賞、脚本賞、編集賞、作曲賞の4部門ノミネート)とか。
久保田:「ドント・ルック・アップ」って、三谷氏に勧められて観たやつだ。あれは面白かったね~。
三谷:そんな並み居る強豪のなかに、「ドライブ・マイ・カー」はあるわけなんですけれど、そこまでの道のりはどうなっているのか、という話ですね。じつは、「作品賞」と「国際長編映画賞」って、同じように映画自体の評価をしている賞なんですが、ちょっとルートが違うんですね。
久保田:ほー。
三谷:「作品賞」は、いろいろな賞レースとかで評価された作品から選ばれるというのが、ひとつわかりやすいルートなんですね。そこに最近のトレンドとして、「ROMA ローマ」や「パラサイト 半地下の家族」など、アメリカ以外の外国映画が作品賞にも入ってくるケースがちょっとずつ増えてきているんです。で、「国際長編映画賞」というのは、まず各国で作品が選ばれます。
久保田:日本だったらこの作品、韓国はこの作品、とか?
三谷:そうです。まず各国の代表作品を選ぶというプロセスがあって、日本では「日本映画製作者連盟」――日本の興行成績の統計とかを出しているところなんですけれども――が、選考委員会を組織して、その年度の代表作品を選定しています。
久保田:へぇ~。どういう感じで決められていくんですか?
三谷:興行成績やどれだけいい映画であるか、といったことを評価しているんじゃないかと、推測します。詳しくはあまりわからないんですよね。
久保田:その委員会って何人くらいの規模?
三谷:今年度は、委員長1人、委員が6人の計7人だったようです。で、今年度で言えば、2021年8月31日までに「ノミネート候補になりたい人は応募してね」っていう募集がかけられて、そこから委員の選考があって、代表が決まっていったという流れになっています。
久保田:結果ってすぐ出るの?
三谷:今年度は、8月31日が応募締め切りで、同年10月11日に「ドライブ・マイ・カー」に決まったと発表がありました。なので、1カ月ちょっとですね。
久保田:その代表選出のプロセスについては、世間的にはあまり話題になってないですよね。
三谷:あまりならないですね。世の中的には目立たないプロセスなのですが、そこでサクッと決まっていきます。ちなみに、応募には選考費用として3.5万円がかかります。
久保田:意外にリーズナブルですね。10万、20万みたいな感じじゃないんだ。
三谷:そうですね。で、どの国にもそういった選考委員会みたいのがあって、そこで選ばれた代表作品で最初のプールができあがります。そこからアカデミー賞協会の選考委員会みたいなものがまたでき上がっていくんですけれど、その段階ではボランティアとか有志とか、選ばれた人がひっそりと選考していくプロセスがあって、15個のショートリストに狭めていくという感じになります。
久保田:なんかサッカーの一次予選みたいな感じですね。マカオ代表対ネパール代表みたいな。
三谷:そうですね。でも、総当たり戦みたいな感じなので、場合によってはマカオもネパールも通る可能性があります。
久保田:なるほどね。でも、世界各国の映画をアメリカのアカデミー賞選考委員の人が選ぶわけですよね。通訳とか翻訳とか必要じゃない?
三谷:なので、「英語字幕をつけてください」というルールがあります。ちなみに、国際長編映画賞になるためには、「映画の中の台詞の50%以上が外国語であること」というルールもあります。
久保田:「ドライブ・マイ・カー」は日本語だから、アメリカからしたらほぼ100%外国語ってことになりますよね?
三谷:はい、なので、全然その条件は満たしています。余談ですが、以前、アメリカで製作された「フェアウェル」という映画がありまして。舞台のほとんどが中国でセリフも中国語がほとんどだったんですね。なので、アメリカ映画として扱うのか外国映画として扱うのか、という議論があったりしたそうです。
三谷:まぁ、そのあたりもこれからどんどんルールが変わっていくのかなとは思いますが。で、15個のショートリストができた後に、次にまた別の選考委員が組まれて、さらに絞り込まれた5作品が国際長編映画賞のノミネート作品として選ばれていきます。
久保田:それはアカデミー賞のメンバーの人たちが決めていく感じですか?
三谷:そうです。またちょっと横道にそれますけど、アカデミー賞って、いろいろな部門があるじゃないですか。
久保田:あるね。
三谷:で、だいたいはそれぞれの部門ごとに――たとえば、脚本家でアカデミー会員になっている人は脚本賞に、みたいな感じで――投票するんですけれど、国際長編映画賞や作品賞は、映画全体のことを評価するので、特に専門は決めずにいろんな人が投票に関わります。
久保田:へぇー。最初に国ごとの代表選考を通って、さらに各国の代表作と競って15作品に絞られて、そこからさらに5作品がノミネート。いやぁ、かなり狭き門だね。
三谷:なので、これはもうノミネートの時点でもかなりすごいんですよ。
久保田:今回、「ドライブ・マイ・カー」は作品賞の可能性もあるんじゃないかって言われてるじゃないですか。作品賞はどんな感じで選ばれていくんですか?
三谷:作品賞は、世の中で公開された映画の中で、「アメリカでの劇場公開が何日間以上された」といったようなルールがあるんですけど。その中から選ばれていくみたいな感じで。
久保田:興行成績とかは関係ない?
三谷:関係ないですね。ただ、アカデミー賞にたどり着くまでにいろんな映画賞があるんですけれども、その中で評価されていると、やっぱりどんどんと「これ、アカデミー賞いくんじゃない?」みたいな下馬評が立っていくんですよ。なので、最終的に作品賞のノミネートに残る作品って下馬評通りになることがけっこうあるんです。
久保田:へぇー。たとえとして伝わるかアレだけど、ボクシングみたいな感じだ。日本チャンピオンになったあと、OPBF(東洋太平洋ボクシング連盟)でチャンピオン戦に出たとかで、世界ランキングにポンって入っていくみたいな。
三谷:そうですね。やっぱりいろんなベルトを持っている方が有利になるというのはありますよね。もちろんそれだけ実力が認められているということですけれど。なので、他のところでまったく賞を獲ってないのに、いきなりアカデミー賞戦線にポンッっと出ることはやっぱりなかなかないですね。
久保田:直近で「おっ!」みたいな作品はなかった?
三谷:それこそ「ドライブ・マイ・カー」が、ゴールデングローブ賞の非英語映画賞(旧外国語映画賞)を受賞したっていう話は、これまで聞いたことがなかった流れかなと思ったのでちょっと驚きました。あと「ドライブ・マイ・カー」は、ロサンゼルス映画批評家協会賞で作品賞。全米批評家協会賞で作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞の4冠になっています。
久保田:それはアカデミー賞の前哨戦みたいな感じの賞?
三谷:そうですね。一般的にはそう言われています。なので、本チャンのアカデミー賞選考委員の人たちにも、そういった情報やバイアスみたいなものも入っていくというのはあると思います。
久保田:なるほどね~。
三谷:あとね、もうひとつ、ちょっと斜に構えた見方があるんですが。
久保田:なに?
三谷:ここ数年、アカデミー賞は「もっとダイバーシティを取り入れよう」という文脈があるんですよ。それを受けて、それこそ「ROMA ローマ」とか「パラサイト 半地下の家族」とか「万引き家族」とか、非アメリカの作品が割と注目を浴びていて、「年に一本ぐらいは外国の映画を作品賞候補に入れよう」みたいな流れがトレンドとしてあると思うんです。つまり、そういう、ちょっと特別枠みたいなことでノミネートされたり、実際に受賞したりという側面もあるのかもしれないなと。
久保田:なるほど。でも、それに対してはちょっと言いたいこともありますね。
三谷:ほうほう。
久保田:たとえば、「特別枠」だと明言されたとしてもされなかったとしても、「そういう配慮があるんじゃないか?」という議論自体は出てくると思うんですよ。たとえば、すごく穿った見方をして、「この作品はそういうトレンドのなかにあったから賞を獲れたんだ」みたいな。
三谷:そうですね。
久保田:でも、そういう「枠」があること自体には意味があるんですよね。
三谷:それは確かに。仮に「特別枠」というものをつくる形であったとしても、結果として多様な作品が選ばれていくことには一定の有用性はあると思いますし。たとえば、企業とかで「役員にもっと女性を登用しましょう」という話があるじゃないですか。
久保田:うんうん。
三谷:仮にそういうルールの下、ある企業で「特別枠」として20%くらいの役員が女性になりましたと。で、もしかしたらその企業は「それって特別枠として登用したんでしょ」って言われるかもしれない。でも、そういうルールが存在することによって、いわゆる「ガラスの天井」(男性優位な組織形態が女性のキャリアアップの障壁になっていることを意味する比喩表現)」が打ち破られて、ゆくゆくは特別でも何でもない普通のことになっていって、フェアな社会になっていく、みたいな。
久保田:そうそう。短期で見ると特別扱いみたいな見方ができてしまうのでフェアネスな感じがしないんだけど、中長期で見ると「天井がない」って話になるので。
三谷:そうですね。やっぱりアカデミー賞としても、ただ単純に「アメリカの映画の賞」ではなくて「世界のいろんな映画を包括的に評価する賞」という位置づけに自分たちを置きたいと思っているとは思うので、いずれそういう未来に向かって、映画が広がっていったらすごく嬉しいなあって思いますね。いずれにしても「ドライブ・マイ・カー」が作品賞を獲るかどうか、注目したいですね!
この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#86 「ドライブ・マイ・カー」快挙!アカデミー賞ノミネートまでのプロセスとは?)でお聴きいただけます。
筆者紹介
三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。
Twitter:@shitahari