コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第83回

2020年5月28日更新

佐藤久理子 Paris, je t'aime
フランスの名優ミシェル・ピコリ
フランスの名優ミシェル・ピコリ

5月12日、フランスの名優、ミシェル・ピコリが94歳で亡くなった。遺族によって6日後に公表された翌日は、新聞各紙の一面を飾り、あらためてその存在の大きさを認識させられた。

映画出演作はおよそ200本。ジャン・ルノワールルイス・ブニュエルアルフレッド・ヒッチコック、マノエル・ド・オリベイラ、ジャン=リュック・ゴダールレオス・カラックスナンニ・モレッティら、メガホンを握った監督陣の名前を見るだけでも、フランスだけに留まらない映画史の一翼を担ったことが理解できる。

もっとも、演劇出身の彼の映画界での活躍は遅咲きと言える。50年代に「フレンチ・カンカン」(54)など、いくつかの脇役でキャリアを積み上げた彼がスクリーンにその存在感を刻んだのは、ジャン=ピエール・メルビルの「いぬ」(62)にはじまる60年代だ。とくに好色な鼻持ちならないブルジョワの主に扮したブニュエルの「小間使いの日記」(63)と、ブリジット・バルドーと冷めた夫婦間を演じたゴダールの「軽蔑」は、一躍彼を銀幕のスターに押しあげた。ゴダールは当初ピコリが演じた脚本家の役にフランク・シナトラ(と相手役にはキム・ノバク)を考えていたそうだが、いまやソフト帽を被ったピコリの姿は、若き時代のキャリアを代表するひとつになった。またブニュエルとはこれが縁で友人となり、「昼顔」(67)、「銀河」(69)、「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」(72)、「自由の幻想」(74)と、5作を共にしている。

日本でのイメージとは多少異なるかもしれないが、フランスのメディアの反応から感じるのは、中年時代のピコリは圧倒的に女性にモテたということだ。リベラシオン紙の追悼記事では、「ピコリは70年代のフランス映画を代表するセックス・シンボルのひとりだった」と評された。長きにわたるキャリアにおいて、バルドー、ジャンヌ・モローカトリーヌ・ドヌーブエマニュエル・ベアールなど、フランスの至宝女優たちと共演してきたなかでも、「セダクター(誘惑者)」のイメージを極めたのは、ロミー・シュナイダーと共演したクロード・ソーテの「すぎ去りし日の……」(70)だろう。妻子がいながら美しき愛人にはまっていく主人公を、静かな情熱を内にたたえながら演じ、観客を魅了した。ソーテとは、翌年再びシュナイダーと共演した「はめる/狙われた獲物」(71)、「友情」(74)、「Mado」(76)の4本を撮った。シュナイダーはピコリについて、「共演者のことをとてもリスペクトしてくれる。パートナーとして望むものすべてを持っている偉大な俳優」と語っている。

日本の映画ファンには、ジャック・リベットの「美しき諍い女」(91)も忘れられない。厭世的な生活を送る高名な画家が、若く野性的な魅力を持った女性と出会ったことで、長らく放置していた作品に再び手をつける。エマニュエル・ベアールのグラマラスな裸体に注ぐピコリの冷徹な視線に、画家としての衿持がのぞくと共に、まるで描くことを通して男女の交わりをしているかのような秘めたエロティシズムが立ちのぼる。

一方、俳優として特定のイメージが付くことを嫌ったピコリは、イタリアの挑発的な監督マルコ・フェレーリのもとで、「ひきしお」(72)、「最後の晩餐(1973)」という、背徳的でスキャンダラスな作品にも出演している。とくに食い道楽のブルジョワたちが、性欲と食欲の限りを尽くし死んで行く様を描いた後者は、カンヌ国際映画祭で大ブーイングを巻き起こした問題作。だがピコリ自身は、そんな批判をよそに、勢力的にチャレンジを続けた。

2000年以降は「家路(2001)」や「ローマ法王の休日」(11)など、老境の円熟を見せる一方、「ここに幸あり」(06)ではいとも自然に「母親役」を演じるなど、最後までサプライズをもたらしてくれた。

ピコリは生前あるインタビューで、「監督たちはわたしに、彼らの秘密を託してくれます。監督と俳優はある意味、お互いに演出し合うような関係なのだと思います」と語っている。まさに名優だからこそ出る言葉。不遜なのではない。彼のような存在である者だけが持ち得る、監督との特別な関係と言えるのではないだろうか。(佐藤久理子)

筆者紹介

佐藤久理子のコラム

佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。

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