コラム:映画.comシネマStyle - 第5回

2021年8月27日更新

映画.comシネマStyle

【「男はつらいよ」シリーズ大ファン】Twitterフォロワー17万人超え「オスカーノユクエ」が選ぶ「男はつらいよ」傑作7選

記念すべきシリーズ第1作から、第42作「男はつらいよ ぼくの伯父さん」まで!
記念すべきシリーズ第1作から、第42作「男はつらいよ ぼくの伯父さん」まで!

毎週テーマにそったおすすめ映画をご紹介する【映画.comシネマStyle】。

8月27日は「男はつらいよ」第1作の公開日であり、「男はつらいよの日」とされています。そこで、「男はつらいよ」シリーズの大ファンで、Twitterでも17.6万人のフォロワーを持つ「映画情報 オスカーノユクエ(@oscarnoyukue)」さんにおすすめの7本をピックアップしていただき、作品の魅力を語っていただきました。


■「男はつらいよ」とは

1968~69年にフジテレビで放送された連続ドラマの結末に抗議が殺到したことから、テレビ版の脚本を手がけた山田洋次のメガホンで映画化されました。山田洋次原作・脚本・監督(一部作品除く)、渥美清さん主演で、69年から95年まで計48作が作られ、更に97年と2019年に特別編が公開。シリーズ合計50作品という大人気シリーズです。

シリーズ第50作「男はつらいよ お帰り 寅さん」
シリーズ第50作「男はつらいよ お帰り 寅さん」

また83年に“一人の俳優が演じたもっとも長い映画シリーズ”としてギネスブックに認定され、興行収入もシリーズを通じて900億円を超えており、未だに多くの人々に愛され続ける、記録にも記憶にも残る作品です。

そんな本シリーズの魅力は寅さんのキャラクターと語る、オスカーノユクエ氏。「こんな人間になりたい、こんな人と仲良くなりたいという気持ちで見続けてます」と語る彼が選んだ7作品とは……?


■記念すべきシリーズ第1作は面白エピソード満載の豪華版
 第1作 1969年8月公開 「男はつらいよ

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昭和44年、後に国民的人気映画となるシリーズは、渥美清41歳、山田洋次監督39歳の年にはじまりました。以後、特別編もふくめて計50作品を数える大長編へと成長するわけですが、初期の製作ペースは今では考えられないスピード感。最初の3年間は1年に3本ペースという離れ業で、その後も年に2本ペースで休みなく公開され、「夏休みとお正月は寅さんを映画館で」というのが毎年の恒例行事として定着していきました。

そんな人気シリーズの第1作には、当然、その魅力の多くがすでに詰まっています。

【あらすじ】
 中学生の時に父親と大ゲンカをして家を飛び出した車寅次郎(渥美清)は、20年ぶりに故郷・葛飾柴又に帰ってくる。美しく成長した妹・さくら(倍賞千恵子)と再会を喜び合うが、さくらの見合いの席で大失態を犯し、縁談をぶち壊してしまう。再び旅に出た寅次郎は、奈良で偶然にも柴又帝釈天の御前様(笠智衆)と娘の冬子(光本幸子)に会う。冬子に恋をした寅次郎は、彼らに同行する形で柴又に戻ってくるが……。

この第1作、大きなエピソードだけで4つもある贅沢な豪華版です。20年ぶりに柴又に帰ってきた寅さんととらやの面々が再会するエピソードにはじまり、さくらの見合いを寅さんがめちゃくちゃにするドタバタ劇、裏の工場で働く博(前田吟)への恋愛指南、そしてマドンナとの恋物語と矢継ぎ早に物語が展開します。どのエピソードも抱腹絶倒ものですが、特に印象的なのは、後に妹さくらの夫となる博との丁々発止の掛け合いでしょう。

朴訥で真面目一辺倒な博と寅さんは、まさに水と油。川辺の小屋での2人の“対決”は、寅さんというキャラクターの可笑しさが凝縮された名シーンです。最初は学歴もない職工ごときにさくらはやれないと猛反対する寅さんですが、博が「親兄弟はいないも同然で、大学も出ていない」自分は本人に気持ちを打ち明ける勇気がないと弱気な告白をすると、急に態度を一変させます。

「おい、こら、青年。おまえは大学を出てなきゃ嫁はもらえねえってのか? てめえはそういう主義か」

さっきまで自分が言っていたことなどすっかり忘れて、正反対のことを言い出します。どちらも本心から口に出た言葉でしょうが、その時の感情に任せて主張がくるくると変わるのが寅さん流。対決ムードはどこへやら、すっかり博の味方になって恋愛指南をはじめます。

よくも悪くも極端な寅さん、傍目には厄介者ですが、味方につけば誰より頼もしい存在です。こんな男が身内にいたらどんなに愉快で楽しいだろう…(その反動も大きいけど)。当時も今も、観客は寅さんへの報われぬ愛情をいだいて悶え続けているのです。

▼もうワンポイント
 さくら役の倍賞千恵子、博役の前田吟はそれぞれ公開当時28歳、25歳。意外や、さくら(役の倍賞)のほうが年上だったのですね。

また、おばちゃん役の三崎千恵子は当時49歳、タコ社長役の太宰久雄は46歳で、主演の渥美清とはそれほど年が離れていませんでした。当時まだ30代だった山田洋次監督のもと、この個性豊かなメンバーたちが(いったんの区切りとなる第48作まで)30年近く続くシリーズを支えていくことになります。

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■「もう二度と柴又には帰らねえ!でも…」寅さんの故郷愛が爆発!
 第6作 1971年1月公開 「男はつらいよ 純情篇

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昭和46年のお正月映画として1月に公開されたシリーズ第6作。実は、数ある「男はつらいよ」人気ランキングであまり上位に名を連ねることのない作品ではありますが、個人的には大好きな1作です。

男はつらいよ」といえばまず連想されるのが寅さんの失恋物語ですが、実はシリーズを通じてもっとも大切に描かれるのが、故郷、そして家族に対する寅さんの強い思いです。この「純情篇」では、故郷に帰りたくってたまらない、とらやのみんなに会いたくてたまらないという寅さんの叫びが、コミカルに、しかし切実に描かれます。

【あらすじ】
 相変わらずテキヤ稼業で全国を渡り歩く寅次郎は、長崎港で知り合った赤ん坊連れの絹代(宮本信子)が暮らす五島列島の福江島を訪ねた。そこで絹代とその父・千造(森繁久彌)の愛情あふれるやりとりを聞いているうちに、故郷が恋しくなり、一目散に柴又へ。一方、柴又の「とら屋」には、おばちゃんの遠い親戚で、和服の似合う美女・明石夕子(若尾文子)が、ある事情のために下宿していた。そこに帰ってきた寅次郎は夕子に一目惚れ。さらに寅次郎は、さくらの夫・博から会社を辞め、将来のために独立したいと相談を受けるが、博に辞めてほしくない社長・梅太郎(太宰久雄)にも泣きつかれ、板挟みになってしまう。

赤ん坊を連れたワケあり風の女(後に「マルサの女」に主演する若かりし宮本)と知り合った寅さん。九州西方に位置する五島列島に出向いて、彼女の父親(森繁)と対面します。反対を押し切って家を出た娘をかたく拒む父。すぐに逃げ帰れる家があると思うからダメなんだと諭すと、寅さんも痛く共感。そうそう、自分も同じ。故郷の柴又に帰りたいという甘えた気持ちがあるから一人前になれないんだと反省します。

「おれはもう二度と柴又には帰らねえよ」。そう強がる寅さんですが、その脳裏には愛しい故郷の姿がありありと浮かんでいます。「いや、帰らねえ」。迷いを振り切ろうと自らに言い聞かせますが、外では渡し船の最終を告げる汽笛が鳴り響きます。すると寅さん、思いつめた表情から一転、晴れ晴れとした笑顔で「でも、やっぱり帰るなぁ~うん」と、あわてて渡し船に走ります。寅さんの愛嬌が爆発していて、何度観ても爆笑してしまうシリーズでも屈指の名場面です。

こうして故郷の柴又に帰ってくる寅さんですが、例によって小さなボタンの掛け違いでとらやのみんなと険悪ムードに。勢い余って飛び出そうとしたその刹那、寅さんがおいちゃん、おばちゃんに残す去り際のセリフがこれ。

「夏になったら鳴きながら、必ず帰ってくるあのつばくろさえも、何かを境にぱったりと姿を見せなくなることだって、あるんだぜ?」

常にカッコつけたい寅さんらしい粋な物言いですが、なんとも未練がましく子どもっぽい恨み節がにじみ出ていて最高です。せっかく帰ってきたのにどうして毎回些細なことでモメて出ていく羽目になるのか…。観ているこっちはやるせない気持ちでいっぱいですが、それもこれも、寅さんの強い故郷愛・家族愛が原因なんですね。

▼もうワンポイント
 「純情篇」ではタコ社長が経営する裏の印刷工場に最大の危機が訪れます。いつも金策に走り回って嘆いてばかりの社長ですが、本作では工場を実質ひとりで切り盛りする博の独立話が持ち上がったもんだから大あわて。義兄である寅さんに仲介してほしいと泣きつきます。調子よく任せとけなんて返事をする寅さんですが、一方では博に対しても社長は俺が説得してやると適当な約束をしている始末。やがて事態は大ごとに…。さて、とらやも巻き込んだこの大騒動、いったいどんな結末になるのでしょうか?

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■初代おいちゃん=森川信が最後に見せた甥・寅次郎への厳しい愛
 第8作 1971年12月公開 「男はつらいよ 寅次郎恋歌

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昭和46年の暮れに公開されたシリーズ第8作。「男はつらいよ」では、3人の名優がおいちゃん役を演じています。初代の森川信(第1作~第8作)、二代目の松村達雄(第9作~第13作)、三代目の下條正巳(第14作~第49作)とそれぞれが全く違う個性を持ったおいちゃんを熱演していますが、個人的には初代・森川信が最高のおいちゃんとして記憶されています。その森川信の最後のシリーズ出演作となったのが、本作です。(森川さんは本作公開の翌年、惜しまれつつ逝去)

男はつらいよ」シリーズでは、久方ぶりに柴又に帰ってきた寅さんが、照れちゃってなかなかとらやの敷居をまたげないというお約束のくだりがあります。とらやの面々からしても、ちょっとしたことでへそを曲げてしまう寅さんをどうお出迎えしようかと毎度思案することになるのですが、そのくだりがシリーズ屈指と言えるほど面白おかしく描かれているのが、この「寅次郎恋歌」です。

【あらすじ】
 ある日、博の母が危篤との知らせを受け、博とさくらは岡山へと急ぐ。しかし、博の母は亡くなり、葬儀の日に偶然通りかかった寅次郎がひょっこり現れる。寅次郎は博の父で、元大学教授のひょう一郎(志村喬)を慰めるが、反対に家庭を持つ人間らしい生活をするよう諭される。そして秋も深まった頃、柴又に現れた寅次郎は、開店したばかりのコーヒー店の主人・六波羅貴子(池内淳子)と知り合う。貴子に惚れた寅次郎は、新しい学校になじめない貴子の息子・学(中沢祐喜)と遊ぶようになり、学もまた寅次郎にすっかり懐き、明るく元気になった。寅次郎の貴子への思慕はますます高まり、3人一緒に生活する夢まで見るようになるが……。

寅さんを大げさに歓迎しようと一芝居うつとらやの面々ですが、その不自然さに寅さんの顔色が曇っていきます。実は寅さん帰還の少し前、八百屋のおかみさんが発した寅さんの悪口をうっかり聞いてしまったさくらが、その悔しさをおいちゃんとおばちゃんに泣きながら訴えるという出来事がありました。だから優しく迎え入れてやろうという心配りだったのですが、寅さんには通じません。ついにはこう本音を漏らします。「だいたい俺はそんな歓迎されるような人間か?」

いつも笑顔で楽しい寅さんですが、やくざな一面で人を困らせることもたびたび。決して手放しで歓迎されるような人間ではない、ということを、この「寅次郎恋歌」は包み隠さず描きます。正直言って、寅さん大好き人間の私が見ても、それはちょっとひどいよ寅さん…とお説教したくなるシーンが本作にはあります。そのシーンでは、たまりかねた森川信=おいちゃんが寅さんに怒髪天の言葉を投げつけます。

「てめえみてえな極道に飲ませるビールはねえんだ。ひしゃげたげたみてえな顔しやがって!」
 字面だけ見るとかなり強いですが、森川おいちゃんが演じるとどこかユーモラスで、愛情がこもって聞こえるから不思議です。寅さんとこんな遠慮のないやりとりができるのも、森川おいちゃんのかけがえのない魅力でした。

▼もうワンポイント
 いつも一方的に惚れてはフラれを繰り返している寅さん。でもこの「寅次郎恋歌」では意外な一面をのぞかせます。3年前に夫に死なれ、以降小学生の息子を女手ひとつで育てている貴子の家の軒先で、寅さんは次の旅について話をします。寅さんの自由気ままな旅に惹かれ理想を描く貴子。寅さんも、この美しい人と一緒に旅ができたら…なんて浮かれそうな場面ではありますが、なぜかその心は沈んでいきます。“りんどうの花”になぞらえた、人並な温かい家庭を一度は夢見た寅さん。そんな寅さんだからこそ選んだこの恋の結末は、悲しくもやさしく、しみじみと心に沁みわたります。

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■珍しく悪役も登場…。でも楽しさはシリーズ屈指!
 第17作 1973年7月公開「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け

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昭和51年7月に公開されたシリーズ第17作は、「男はつらいよ」人気投票でも常に上位にランクする傑作ですが、実は一風変わった作品でもあります。今回、寅さんの相手役となるマドンナは、播州龍野で人気の芸者・ぼたん。いつもなら相手のことが気になっちゃうと途端に顔を赤くして照れてしまう寅さんですが、ぼたん相手だとそうはなりません。まるで気の合う仲間のように、普段の寅さんそのままに接することができる珍しいマドンナなのです。ぼたんを演じた太地喜和子渥美清の相性はまさに完璧。この2人の息の合った芝居なくして、この名作は生まれなかったでしょう。

【あらすじ】
 場末の酒場で寅次郎は老人と意気投合し、とらやへと連れ帰るが、老人の多すぎる要求や無粋な態度に寅次郎が注意する。すると老人は旅館と勘違いしたと詫び、お礼に一枚の紙に絵を描き、画商に持っていくように伝える。半信半疑の寅次郎だったが、大金で買い取られたことに驚く。老人は、日本画壇の第一人者・池ノ内青観(宇野重吉)だったのだ……。数日後、兵庫県・竜野で寅次郎は青観と再会し、市長の接待を受けていた青観とともに遊びに興じる。そこで、芸者ぼたん(太地)と意気投合する。しばらくして、ぼたんが客だった鬼頭(佐野浅夫)に貸した200万円を踏み倒されそうになり、上京。あまりにも理不尽な事態に、憤慨した寅次郎は……。

本作がシリーズの中でも特にユニークな理由のひとつは、物語の後半に登場する“鬼頭”という男の存在にあります。基本的に悪い人間が登場しない「男はつらいよ」シリーズですが、唯一例外的に、言い訳できないほどの悪人として描かれるのが、この鬼頭なのです。ぼたんはこの鬼頭に騙され、妹たちを養うために必死で貯めたお金を奪われてしまいます。頭に血が上った寅さんの代打として、一度はタコ社長が鬼頭の説得に赴きますが、うまく言い逃れられて結果は空振り。いよいよ辛抱たまらなくなった寅さん、こう言い残してとらやを後にします。

「裁判所が向こうの肩持つんだったら、おれが代わりにやっつけてやる!ぼたん、きっと敵はとってやるからな」

その言葉を聞いたぼたん、「私、幸せや」と涙を流します。「もう200万円なんかいらん。私、うまれて初めてや、男の人のあんな気持ち知ったの」。寅さんのぼたんへの気持ちは、もしかしたら恋と呼ぶべきものではないかもしれません。しかし、寅さんのこの熱い気持ちが、過去のどの恋にも負けないものであることが、このシーンからひしひしと伝わってきます。

さて、果たして200万円は戻ってくるのか?そしてぼたんとの関係はどうなる?そのあたりの結末も実にユニーク。なんとも爽快で後味が良く、なんべんでも見直したくなってしまうラストを、ぜひ本編でご堪能ください。

▼もうワンポイント
 本作の前半を引っ張る日本画の大家・池ノ内静観先生とのエピソードはまさに爆笑の連続。飲み屋で金も払えない哀れな文無しだと思っていた爺さんが、実は有名な画家先生でしたと判明するまでの一部始終は、これぞ喜劇!と膝を打つ面白さ。静観を演じる宇野重吉の雰囲気ある名演も手伝い、笑いにも磨きがかかります。

ちなみに、龍野で静観に随行するしがない小役人を演じているのが、宇野重吉の実の息子である寺尾聰。本作出演の5年後に「ルビーの指環」でレコード大賞を受賞することになります。劇中では何の血縁関係もない他人の設定ですが、よく見れば親子で顔もそっくりです。

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■寅さんの失恋人生についにピリオド…?沖縄の地での淡い思い出
 第25作 1980年8月公開 「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花

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昭和55年8月に公開されたシリーズ第25作。寅さんともっとも相性がよかったマドンナは誰か?と聞かれれば、大半の人は浅丘ルリ子演じるリリーの名前をあげるでしょう。それもそのはず、リリーは計5回にわたってマドンナとして寅さんの前に現れます。寅さんと同じく、日本各地を転々とする旅がらすのリリーとあって、2人はお互いの境遇を誰よりも理解し合っています。いつも兄の失恋を見守ってきたさくらも、リリーさんなら…とめずらしく応援モード。そんな2人の恋物語が最高潮に燃え上がるのが、この「寅次郎ハイビスカスの花」なのです。

【あらすじ】
 東京で博と再会したリリー(浅丘)から、数日後寅次郎へ手紙が舞い込んでくる。彼女は沖縄で仕事中に倒れて、入院しているという。“寅さんに一目逢いたい”というリリーの願いを叶えるべく、寅さんは那覇へ向かう。懸命の看病の甲斐あって、リリーは退院。二人は小さな家を間借りして同棲を始める。ある日、二人は大げんかをしてしまう……。

本作ほど、寅さんの良い部分とダメな部分を真正面から描いた作品もないでしょう。遠く沖縄の地でリリーが病床に臥せっていると知るや、矢も盾もたまらず大嫌いな飛行機に乗って駆けつけるその姿は、良い寅さんの象徴です。病室に入るや、向かいのベッドに眠るお婆さんをリリーと勘違いして、「おまえこんなにしわくちゃになっちまって。これじゃ道ですれ違ったってわからねえじゃねえか」と涙ぐむ寅さんを、リリーはなんとも言えぬ幸せそうな表情で見つめています。その後、退院して同じ屋根の下で共同生活をはじめる2人。傍から見れば夫婦同然の幸せな暮らしのはずですが、ここから先、寅さんのダメさ加減が炸裂します。

好いた女でも手すら握れない奥手の寅さんにとって、このぬるま湯のような生活はすでにこれ以上ない幸せ。病気のリリーを守るという大義名分もあって、すっかりいい気持ちです。避暑地を探して日がなブラブラ過ごし、仲良くなった地元の娘との関係を指摘されると、しどろもどろになって弁明します。

今のままでいたい寅さんと、先に進みたいリリーはやがて激しく衝突しますが、それもこの2人にしか出来ない感情の交換でした。事実、突発的な別れのあとは、また満面の笑みで再会し、お互いの気持を確認し合います。くっつきそうで、くっつかない。元祖ラブコメとでも形容したくなる2人の心がもっとも接近した沖縄での日々は、ファンの心にも極上の思い出として刻まれることになります。

▼もうワンポイント
 沖縄に行ったっきり連絡がつかなくなった寅さん。おばちゃんは「ハブに噛まれて死んじゃったんだよ、きっと」と冗談交じりに吐き捨てますが、このセリフには元ネタがあります。実は映画の前にテレビドラマ版として放送されていた「男はつらいよ」の最終話で、寅さんはハブに噛まれて死んでしまうのです。視聴率20%を超える人気番組での衝撃的な結末に、視聴者からは抗議が殺到。この反応に手応えを感じた山田洋次監督らスタッフが映画化を決意したというのは有名なエピソードです。

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■最強マドンナ現る?ファンも身悶えた究極の出会いと別れ
 第32作 1983年12月公開 「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎

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昭和58年12月に公開されたシリーズ第32作。マドンナ役として竹下景子が初登板した作品です。同じ俳優が複数回マドンナ役を務める例は他にもありますが、毎回違う役で3回にわたってマドンナ役を演じたのは彼女だけでした。それだけファンの支持、および山田洋次監督をはじめとしたチームからの信頼が厚かったということでしょう。この「口笛を吹く寅次郎」を観れば、3度登板の理由は一目瞭然。とにかくその魅力がだだ漏れており、観客も寅さんと結ばれることを切に願ったに違いありません。

【あらすじ】
 博の生家がある備中高梁にやってきた寅次郎。蓮台寺の住職・石橋泰道(松村達雄)の娘・朋子(竹下)に一目惚れした寅次郎は、二日酔いの住職に変わり、見よう見まねで法事を勤めてしまう。そんなある日、博の父・飃一郎の三回忌で、さくら一家は岡山へ。相続をめぐる兄弟の対立もあり、すっきりしない博たち。しかも法要で読経をしたのは、なんと寅次郎だった・・・寅さんが旅先の岡山からとらやに電話をかけてきて、義理の弟・博の父の墓参りをしたいから寺の場所を教えてくれと言います。よく覚えていてくれたなあ、と感動する博。おいちゃん、おばちゃんも「こういうことは妙に覚えがいいんだよ、あいつは」「他のことはすぐに忘れちまうのにね」と感心(?)します。こうして墓参りのため蓮台寺というお寺に向かう寅さんですが、ここで運命の出会いが待っていたのです。

しょっちゅう女性と知り合って恋ばかりしている寅さんですが、それでも“運命”と形容したくなるほど、竹下景子が演じる寺の娘・朋子との出会いには特別な何かがありました。朋子の父で寺の住職を演じるのは、二代目おいちゃんを演じた松村達雄。そんな住職との息の合ったコンビぶりも相まって、蓮台寺での生活は、寅さんにとってもっとも幸せな日々だったのではないかと思えてきます。二日酔いで動けない住職の代打で法事を務めるシーンなどは爆笑の連続ですが、意外や寅さん、寺での仕事をきちんとこなして高評価。地元民からも、朋子の婿養子になって跡継ぎにおさまるのでは…と噂されます。

そんな噂に浮かれる寅さんですが、そうなると悲しくフラれる未来が待っている…というのがこのシリーズの残酷なお約束。ただ、やがて柴又駅で訪れる2人の別れのシーンこそが、竹下景子を屈指のミューズたらしめている原因です。このシーン、観ているこっちがじれったくて、やきもきして、感情をかきむしられます。さんざん笑って、ほっこりした後に、こんな感情が待ち受けているとは。寅さんの失恋が自分ごとのように鈍い痛みを伴うのも、「男はつらいよ」シリーズの魅力のひとつかもしれません。

▼もうワンポイント
 若かりし日の中井貴一が登場します。引き締まった長躯、面長の顔にキリッとした目つき。おばちゃんも思わず若い頃を思い出しちゃうような男っぷりです。お寺の跡取りとして生まれたけれども、写真家の夢を諦めきれず家を出る青年の無鉄砲さと繊細さが、見事に同居しています。「男はつらいよ」シリーズには他にもいろんな名優たちがいろんな役で出演。あの俳優がこんなところに…という発見もまた、シリーズを楽しむ醍醐味のひとつでしょう。

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■あの子もこんなに大きくなった…。親目線で見守る新たな恋物語。
 第42作 1989年12月公開 「男はつらいよ ぼくの伯父さん

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平成元年12月に公開されたシリーズ第42作。満男の恋を描くシリーズの序章となります。この頃になると寅さんがすっかり保護者モードになってしまって寂しいのですが、いろんな意味で若い満男が不器用な恋に突っ走る姿は、シリーズ終盤にしてまったく新しいドラマをもたらしています。考えてみれば、第1作目の終盤でこの世に生を受けた満男が成長する姿を、ファンはつぶさに観察してきました。伯父の寅次郎に似ていると半ばからかわれながら、伯父とは違う道を歩むことを期待されてきたこの男の子。近所の子ども以上に近しい存在である満男の恋物語が、ファンの関心を惹かないはずがないのです。

【あらすじ】
 満男(吉岡秀隆)は浪人生となったが、勉強に身が入らず、さくらや博を心配させている。そこで久しぶりに戻って来た寅さんが、その悩みを聞くために浅草のどぜう屋で酒を酌み交わす。満男は両親の離婚で転校した後輩の及川泉(後藤久美子)への恋心を募らせていた。一目会いたさに名古屋から、佐賀へとバイクを飛ばす満男。偶然にも寅さんと再会、二人で泉を訪ね、美しい叔母・寿子(檀ふみ)に迎えられるが、泉の伯父は教育者で……。

しかし、満男はじつに生意気です。この年頃にはありがちなことですが、両親であるさくらや博に対する物言いはかなりの棘を含んでいます。朝の挨拶もせず、バイクのガソリン代をせびり、さくらが満男宛ての手紙の差出人の名前を見ただけで「監視されている」とわめきたてます。いつからそんなワガママな子になっちゃったんだ!と観客は嘆きますが、同時にこれまでの成長を見てきた人は、満男の繊細でやさしい心を知っています。満男が一途な恋に身をやつしていると知るや、自動的に親心が発動し、その恋の行方を応援せざるを得なくなるのです。

そんな満男には、ファンの他にも大きな味方がいます。誰あろう、寅伯父さんです。本作の冒頭は、満男が伯父さんに対するあこがれを吐露するモノローグからはじまります。浪人中の身で将来に対して漠然とした不安を持ち、かつ後輩の泉(後藤)に絶賛片思い中という状況を考えれば、自由気ままな旅暮らしの伯父さんがうらやましく思えるのも無理はないでしょう。伯父さんのほうも、人生の先輩として頼られれば悪い気持ちはしません。

「さくら、お前の息子が恋してるってよ さすが俺の身内よ!」
 両親の心配をよそに、寅伯父さんは満男の恋を全力で応援します。かつては満男の両親を(結果的に)結びつけた実績のある寅さん、若い甥っ子の恋を実らせることはできるのでしょうか?

▼もうワンポイント
 満男役の吉岡秀隆が「男はつらいよ」シリーズに参加したのは、第27作「浪花の恋の寅次郎」から。その前年、映画「遙かなる山の呼び声」のオーディションで山田洋次監督にその才能を見いだされたのがきっかけと言います。満男役と時を同じくして、人気ドラマ「北の国から」シリーズにも出演。日本一有名な子役として長らく親しまれてきた吉岡だけに、大人への脱皮をはかるこの時期に満男の不器用な恋を数年にわたって演じられたことは、その後の吉岡の活躍をみれば大きな幸運だったに違いありません。

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筆者紹介

映画.com編集部のコラム

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