コラム:細野真宏の試写室日記 - 第77回
2020年6月15日更新
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
第77回 試写室日記 【番外編】残念な映画のお金事情―この3年で「100億円以上の損失」を記録した映画ランキング:第2回
映画は大ヒットすれば大きな利益が得られますが、逆にコケてしまうと大きな損失が出てしまいます。
この「光と影の関係」を考える上での詳細なデータがハリウッドのDeadlineで出たので、それを基に今回はコケた作品と損失額を紹介していきます。
そもそも「映画の損失とは何なのか?」を簡単に解説すると、まず、大きな収入として劇場公開で得られる「興行収入」があります。
そして、その後にネットで配信したり、DVD化などをしたり、テレビでの放送権も売ることで「2次使用料」が得られます。
その一方で、映画には作るための「制作費」がありますし、宣伝やプリント代の「P&A費」もかかります。通常は、この「制作費」と「P&A費」を合わせて「製作費」と呼びます。
大まかには、それらの「プラス」と「マイナス」の結果が、最終的な映画会社の「儲け」や「損失」となるわけです。
【なお、金額の規模感を分かりやすく示すため、キリの良い「1ドル=100円」として換算します】
まずは、損失が100億円を超えた第10位から紹介します。
●第10位 「ミッシング・リンク」 損失額1億0130万ドル (101億3000万円規模)
この作品は、アカデミー賞の前哨戦であるゴールデングローブ賞で「トイ・ストーリー4」や「アナと雪の女王2」を破って、「最優秀長編アニメーション映画賞」を受賞しているのです! (ちなみに、アカデミー賞では「トイ・ストーリー4」が「長編アニメ映画賞」を受賞しています。)
本作は、名作「コララインとボタンの魔女」や「KUBO クボ 二本の弦の秘密」などで知られる「スタジオ・ライカ」が手がけた、一つ一つを手作業で動かしながら撮影する「ストップモーション・アニメーション映画」です。
この「ストップモーション・アニメーション映画」は制作に膨大な手間がかかるので、制作費は1億0230万ドル(102億3000万円規模)となっています。
ただ、「スタジオ・ライカ」作品で心配なのは、クオリティーは高い作品が多いのですが、最初の「コララインとボタンの魔女」の世界興行収入は1億2459万ドル(124億5900万円規模)と好調だったのに、作品を重ねるごとに興行収入は下がっていて、長編映画5作品目となる本作では、世界興行収入は(制作費を大きく下回る)2624万ドル(26億2400万円規模)にまで急落してしまっているのです。
これが果たして何を意味してるのか、「ストップモーション・アニメーション映画」というものの終焉を意味するのか、など大いに注目すべき事案だと思います。
なお、今のところ日本では他国に遅れて2020年秋に公開予定となっていますが、これまでの「スタジオ・ライカ」作品の日本における興行収入を考えると焼け石に水のような状態なのかもしれません。
●第9位 「THE PROMISE 君への誓い」 損失額1億0210万ドル (102億2100万円規模)
この作品は、20世紀初頭に起きたオスマン帝国(トルコ)による「アルメニア人虐殺」を題材とした映画です。
まず、アルメニア人とは、オスマン帝国の少数民族で、トルコ政府は未だにこの強制移住や虐殺などによってアルメニア人を100万人規模で死亡させた事件は公に認めていません。
本作は、記者役でクリスチャン・ベールなども出ていましたが、かなり重い題材のため、多くの人たちに興味を持たせることに失敗しました。
ちなみに、この映画は、その虐殺から生き延びた家族を持つアルメニア系アメリカ人の大富豪の個人資産から制作費の大部分が賄われたため、制作費9000万ドル(90億円規模)という、作風から考えると破格な金額となっています。
ただ、このような民族問題というのはバランスを考えながら見ることも難しく、世界的に浸透しきれず、日本での興行収入は1100万円程度で、世界興行収入は1172万ドル(11億7200万円規模)と、制作費を大幅に下回りました。
この作品は、いわゆるエンターテインメント作品ではないので、この作風でこれだけの制作費を投入できたのは、ある意味、凄いことだと思います。
この先、本作が注目を浴びることができる日が来たら、それは、この作品が完成する前の2015年に98歳で亡くなったアルメニア系アメリカ人の資金提供者の本望なのかもしれません。
●第8位 「ジェミニマン」 損失額1億1110万ドル (111億1000万円規模)
この作品は、ウィル・スミスが演じる伝説のスナイパーと、その若いクローンとの戦いを描いているアクション大作映画で「ウィル・スミスvsウィル・スミス」といった構図でした。
本作の最大のウリは、「4Kで3Dで120フレーム/秒」という超最先端の映像技術だったわけですが、そもそも「そこまでの技術に対応できている映画館が世界中で殆どない」という根本的に残念な問題があったのです。
(通常の映像は「1秒間に24コマ」であるのに対し)日本では主に「3D+ イン ハイ・フレーム・レート」という、「1秒間に60コマ」という「250%も映像の情報量を増加させた」状態での対応をしていました。
実際に見てみると、映像の技術革新によって、これまでとは違った「新しい映画体験」ができました。
その一方で、そもそも、この映画の構想は20年以上前の「1997年公開作」として進んでいたものだったのです。
ただ、当時は技術的に到底、実現不可能で断念していたのですが、それを、(斬新な映像を作り上げた)「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」でアカデミー監督賞を受賞したアン・リー監督が2017年からチャレンジしたのです。
とは言え、やはり、脚本は「1997年」くらいのレベルでもあるわけです。
さらには、そのような脚本の映画を見るために観客が、割高な「3D+ イン ハイ・フレーム・レート」に対応した料金で見るのか、という問題もありました。
もし、通常版で見る人が増えると、根本的に評価は上がりにくい、という悪循環にはまります。
これらの様々な困難な状況によって、制作費が1億3800万ドル(138億円規模)に対して、世界興行収入は1億7346万ドル(173億4600万円規模)という結果でした。
また、主演のウィル・スミス、アン・リー監督、製作のジェリー・ブラッカイマーがそろって来日会見など精力的にPRをしたりしていて、P&A費を8500万ドル(85億円規模)もかけていました。
それらの結果、最終的には1億1110万ドル(111億1000万円規模)もの損失を出してしまっています。
なお、私の個人的な反省点としては、「アラジン」に続いて「ジェミニマン」で来日した際のプレミアイベントでのウィル・スミスのファンらの熱狂ぶりが凄かったので、これは日本では興行収入10億円程度は狙えるのでは、と思いました。ただ、映像で映し出されるのは、「一部の熱狂」に過ぎないので、母数としてはそれほど多いわけではないのだな、と冷静に考えるきっかけとなりました。
●第7位 「キャッツ」 損失額1億1320万ドル (113億2076万円規模)
この作品は、誰もが知っているミュージカルなどで有名な「キャッツ」の実写映画化です。
本作については、なぜこうなったのか未だによく分かりません…。
まず、作品としては、ミュージカルなどで超有名なので認知度としては申し分ありません。
しかも、監督は、アカデミー賞にて作品賞、監督賞、主演男優賞、脚本賞を総なめした「英国王のスピーチ」、そして「キャッツ」と同じく超有名ミュージカルの「レ・ミゼラブル」でアカデミー賞にて助演女優賞、歌曲賞、録音賞をもたらしたトム・フーパーです。
これで駄作になるわけがない、と考えるのが普通だと思います。
ところがアメリカで完成披露試写会が行なわれると、ニュースになるくらいの「酷評の嵐」に…。私も完成披露試写会で見ましたが、「どうしてこのような出来になってしまったのだろう?」という疑問しか出てきませんでした。
そんな中でも日本は随分と健闘し、興行収入は13億円近くも稼ぎ出しました!
もともと制作費は9500万ドル(95億円規模)と、大作映画とは言え、そこまで巨額ではなかったのですが、日本での健闘も虚しく世界興行収入は7369万ドル(73億6900万円規模)と、制作費も稼げなかったのです。
しかも、P&A費も7500万ドル(75億円規模)と、制作費と同じくらいかけていたのです。
これらの結果、1億1320万ドル(113億2076万円規模)という、制作費さえも上回る損失額を出してしまったのでした。
●第6位 「ターミネーター ニュー・フェイト」 損失額1億2260万ドル (122億6000万円規模)
この作品は、「ターミネーター」シリーズ生誕35周年記念作品で、シリーズの生みの親であるジェームズ・キャメロンが製作に復帰し「ターミネーター2」の“正統な続編”として、「実質的なターミネーター3」と言えるものでした。
ただ、「ターミネーター」や「ターミネーター2」と比較すると、ジェームズ・キャメロン本人が監督でないため、クオリティーが下がっていた面は否定できませんでした。
とは言え、「ターミネーター2」があまりに名作だったため、もう一度、ジェームズ・キャメロン監督作である「ターミネーター」シリーズを見たい、という願望が強くありました。
そのためにも、“正統な続編”である本作には成功してもらい、いずれかの段階でジェームズ・キャメロン監督作である「ターミネーター」を実現してほしかったのですが、結果的には、その望みは叶わないのかもしれません。
まず、本作の制作費は1億8500万ドル(185億円規模)と、かなりの大作映画となっています。
そして、世界興行収入は2億6111万ドル(261億1100億円規模)とそれなりの成績をあげています。
ただ、大規模公開であることもあってP&A費に1億ドル(100億円規模)もかけてしまっているため、最終的には1億2260万ドル(122億6000万円規模)もの損失を出してしまいました。
ディズニーの20世紀FOX映画の買収によって、「ターミネーター」シリーズもディズニーが判断することになるため、来年12月以降に公開される「アバター」シリーズ(全5作品)の結果次第なのかもしれませんが、よほどジェームズ・キャメロン監督の評価が上がらない限り、これで終わりになってしまいそうな雰囲気です。
以上のように、ワースト10になっている作品は、しっかりしたファンもいる大作映画が多いので、残念な結果とも言えますね。
ただ、これらの結果を冷静に分析することで、「続編の有無」等の予測ができたり、考える上では貴重なデータと言えるでしょう。
では、次回は100億円以上の損失を出してしまった作品をワースト5位から一気に1位まで紹介していきます。
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
発売以来15年連続で完売を記録している『家計ノート2025』(小学館)がバージョンアップし遂に発売! 2025年版では「全世代の年金額を初公開し、老後資金問題」を徹底解説!
Twitter:@masahi_hosono