コラム:細野真宏の試写室日記 - 第6回
2018年5月30日更新
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
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第6回 「万引き家族」世界最高峰の賞を受賞した作品の興行収入と経済的な意味合いは?
2018年5月24日@GAGA試写室
「万引き家族」の試写室は、全回が満席で、特にカンヌ国際映画祭のパルムドールの発表後は「1時間以上前にすでに満席!」というかなり凄い注目をされています。
私が是枝裕和監督作品をハッキリと認識するきっかけになったのは、まさに2004年のカンヌ映画祭で、主演の柳楽優弥(当時14歳)が日本人初の男優賞を受賞した「誰も知らない」でした。
この「誰も知らない」が衝撃的だったのは、率直に言うと「こんな地味な作風でも、ここまで人を引き付けることができるのか」でした。確かに目が釘付けになるくらい良く出来ていたのです。
実際に起こった事件から着想を得たドキュメンタリー風な作りで、どれだけ一般受けするのか興味深かったのですが、興行収入は9億2300万円と、少ない公開規模ながら、ほぼ10億円を記録したのです!
ところが、幸運は続きませんでした。「誰も知らない」から10年間は、ほとんど日本の観客からは是枝作品は“誰も知らない”という状態が続いていました。
ただ、その間の是枝作品は出来が今ひとつだったのかというと、決してそんなことはなく、ほとんどが良作で特に4年後の08年には、是枝作品を語る上では不可欠な「歩いても 歩いても」があり、この作風がそれ以降の是枝作品のカギにもなっています。
是枝監督自身の母親が亡くなりそれをきっかけに作られた「歩いても 歩いても」は、今や是枝組には外せない樹木希林との初めてのコラボとなり映画史に残る名作だと思いますが、是枝作品を経済的に考える上で外せないエピソードがあります。
「歩いても 歩いても」公開2日前の宣伝等が一番盛り上がっているはずの時に、私は某映画配給会社の社長と顧問の3人でご飯を食べて「最近良かった映画」の話題になった時に、この作品を迷わず言いました。ところが、2人とも「それはいつ公開される映画ですか?」と、全く知られていなかったのです……。 映画は、「公開週末のわずか2日間で最終興行収入がほぼ決まってしまう」ようなシビアな世界です。にもかかわらず、映画の最前線にいる人たちに「存在」すら伝わっていなかったわけです。
結果は、想像通り散々で、日本映画なのに、海外公開での観客のほうが多かったという皮肉な結果にもなってしまいました。
映画の興行収入は、配給会社の力量とも関係が小さくないのですが、当時の是枝作品は主にシネカノン(10年倒産)というこぢんまりとした会社で配給されていたことも関係はあるのかもしれません。
私は普段はYAHOO!の映画評価というのはほとんど見ないのですが、この全く知名度のないはずの「歩いても 歩いても」が是枝作品で最高の評価になっているのは救いなのかもしれないですね。
さて、その後に是枝作品で大きな転機が訪れたのは、初めてフジテレビが関わった「そして父になる」(13年)でしょう。
この作品もカンヌ映画祭で「審査員賞」を受賞し、興行収入が32億円という異例の大ヒットをしたのです!
その次の「海街diary」(15)の映画評を某雑誌で書いた際に、「是枝監督作品はもっと評価をされるべきだ」と原稿で書いたら、珍しく「是枝さんほど評価されている監督はいないのでは?」といったコメントが編集部からきたので、「なるほど、世の中はそう捉えつつあるのか」と思い、本題の「是枝監督作品はもっと興行的に評価をされるべきだ」に変えました。
そうなのです、映画は、どんなに出来が良くても、多くの一般の人たちからも評価されないと意味がないのです。その意味で、興行収入での評価も伴って初めて「成功」と言えるのだと思います。
その後「海街diary」(15年)は興行収入16.8億円を記録し、「三度目の殺人」(17年)も興行収入14.6億円を記録し、しかもその2作品とも、「日本アカデミー賞」で 最優秀作品賞と最優秀監督賞まで受賞し、是枝作品は日本で最も評価されるくらいの状況にまでなりました。
さて、そんな中での最新作「万引き家族」は遂にカンヌ映画祭のパルムドール(最高賞)の受賞です! しかも、受賞から間もない今週末に先行公開も急きょ決まりました。
私は、この「万引き家族」は、是枝作品の「集大成」とも言える作品なんだと思っています。
まず、本作は「誰も知らない」に似ているという声があります。確かに作風は似ています。ただ、あそこまで暗い感じではないのです。家族の映画なので、全員が主役と言えるような作品に仕上がっています。また子役の城桧吏が当時の柳楽優弥に雰囲気が似ている、と評判にもなっていますが、それは是枝監督自身があの雰囲気の顔が好きとのことなので当然とも言えます(笑)。2人ともいい役者です。
これまで是枝監督作品を見たことがない人は、家族の会話のシーンに注目してみてください。通常、ドラマや映画では、セリフには「暗黙のルール」があるようで、順序正しく、一人が話し終わってから次の人が話し始めたりします。
是枝作品の場合は、そんな不自然なルールは関係なく、家族のように多く集まっているシーンであれば当然の如く、みんなが自由に話します。ただ、自由気ままに話していて会話がかぶるのは当たり前なのですが、不思議と全部の会話を聞き取ることができるようになっているのです! この緻密な計算こそが是枝作品のリアリティーの源泉の一端なのです。
と、ここまでほぼ手放しで是枝作品を褒めまてきましたが、前作の是枝作品初の法廷物の「三度目の殺人」は、私はまだそこまで評価できていません。弁護士と容疑者との接見という新しいシーンは見ごたえはありましたが、どうも真相が藪の中という感じは、あまりスッキリしませんでした。
ただ、まさにそんな思いを抱いた人にも、この「万引き家族」はおススメなのです。今回は弁護士は出ませんが、終盤で似たような構図のシーンが多く出て、しかも、それは真相が明かされるシーンになっていて、ようやく人間関係の全容がわかるようにもなっています。「三度目の殺人」の経験がまさにここで炸裂した圧巻の構成にもなっているのです。
全体を通しても、「そして父になる」のような、「家族」とは「血のつながり」か「一緒にいた時間」のどちらが重要なのか、という根本的で大切な考えさせられるテーマを投げかけています。
さらに、今回は、「家族」と「絆」という軸も加わり、話がより深くなっているのです。是枝作品はどんどん進化していますが、「万引き家族」は現時点の「集大成」と言っても過言ではないのです。
最後に、「万引き家族」の経済的な意味合いについて。
まず、カンヌ映画祭でパルムドールを受賞したことで世界中から「買い付け」が殺到しています。
海外に作品を売るときは、基本は、「MG(ミニマム・ギャランティー)」という最低の契約料をもらいます。
そして、もしその国で想定以上のヒットになると、興行収入に比例した分け前ももらえるようになっています。
恐らく今回の「万引き家族」の場合は、MGだけでも2億円近くが入ると思われるので、大まかに制作費がその時点で回収できてしまうような規模だと推定されます。
これは、海外でも評価されてきた是枝作品ならではの功績とも言えるでしょう。
日本では300館規模での公開となったので全国の劇場のためにも、興行収入10億円は突破してほしいですが、それ以降は、この作品の実力によるものですね。
日本の実写映画が海外で獲得できる世界の最高賞は、アカデミー賞の外国語映画賞と、カンヌ国際映画祭のパルムドールの2つが最高峰でしょう。
「おくりびと」(08年)は9月公開で、アカデミー賞の日本代表に決まったりと当初は興行収入15億円規模と見られていましたが、公開中にアカデミー賞外国語映画賞を受賞し、最終的には興行収入64.8億円というとてつもない大ヒットを生み出しましたが、この「万引き家族」はアカデミー賞ではどうなるのか、まだまだ興味は尽きません。
いずれにしても、この「万引き家族」は「日本が世界初の公開国」になります。
そのため、日本でのヒットの数字は、「その後に公開される海外の宣伝のキャッチコピーにもつながる」ため、この快挙が世界にどう波及するのかは、私たちにかかっていると言えそうです。
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
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Twitter:@masahi_hosono