ハロルド・ライミス
米シカゴ出身。ワシントン大学を卒業後、教師などの職を経て、男性誌「プレイボーイ」でジョーク原稿を執筆。その後、地元シカゴのコメディ集団「セカンド・シティ」に所属し、同じくセカンド・シティ出身のジョン・ベルーシやビル・マーレイと共演したラジオ番組「ナショナル・ ランプーン・レディオ・アワー」(73)で人気を博す。後に、他のメンバーが「サタデーナイト・ライブ(SNL)」のキャストになったのに対し、ライミスはセカンド・シティがカナダで展開していたテレビ番組で脚本家兼コメディアンとして活躍した。78年、アイバン・ライトマンが製作した「アニマル・ハウス」でダグラス・ケニーとクリス・ミラーとともに脚本を執筆し、ハリウッドに進出する。80年の「ボールズ・ボールズ」で映画監督デビューを果たし、製作も務めた「パラダイス・アーミー」(81)で映画に初出演。脚本の執筆だけでなく、マーレイ、ダン・エンクロイドとともに主演を務めた「ゴーストバスターズ」(84/ライトマン監督)は大ヒットを記録した。ライミスは89年の続編でも、脚本と主演を兼ねている。マーレイ主演の「恋はデジャ・ブ」(93)ではメガホンをとったが、方向性の違いや、離婚直後だったマーレイの言動などが原因で袂を分かった。その後もコメディ作品にこだわり「アナライズ・ミー」シリーズ(99、02)で脚本・監督を担当したほか、「恋愛小説家」(97)や「無ケーカクの命中男 ノックトアップ」(07)に俳優として出演。10年ごろから自己免疫疾患が悪化し、14年2月24日、炎症性血管炎による合併症のため69歳で他界した。企画が進められていた「ゴーストバスターズ3(原題)」にエイクロイドとカメオ出演する予定だったが、実現しなかった。