【「ベイビーガール」評論】監督の野心的試みがニコール・キッドマンの挑戦の心とスリリングに共振する
2025年3月30日 13:00

ニコール・キッドマンの映画歴を思う時、まず浮かんでくるのがチャレンジャーという言葉だ。20世紀の終わりの頃、まずは「デッド・カーム 戦慄の航海」での好演をトム・クルーズに認められ「デイズ・オブ・サンダー」で共演、ミセス・クルーズの座も手に入れた。往時、その成功物語のまぶしさに野心家と、やっかみ半分でネガティブなレッテルをはるハリウッドのゴシップ誌も少なくはなかった。他人ごとみたいに書いたけれど正直いえばそんな印象が自分にもなくはなかったと思う。
が、当の本人は涼しい顔で「ビリー・バスゲイト」「遥かなる大地へ」と立て続けに大作に登場し順調にキャリアを築いてみせた。多分、そのままスター街道を突っ走っていたとしたら当初のネガティブな印象を健全な野心に裏打ちされた魅力的チャレンジャーへと好転させることもなかっただろう。
だが、Malice=悪意なる原題をもつ「冷たい月を抱く女」でン⁈――と気になりだし、ガス・ヴァン・サント監督作「誘う女」でいけないお天気お姉さんを快/怪演する様に、その挑発、挑戦の意志、野心の健やかさを確信した。そうして「ある貴婦人の肖像」、そこで監督ジェーン・カンピオンが紋切り型のフェミニズムを覆し、差し出した女性としての正直な生と性の真理、自立をにらみつつ支配と服従をも望んでしまうヒロインを鮮やかに体現してみせるキッドマンには文句なく惹き込まれずにいられなかった。
その後もラース・フォン・トリアー「ドッグヴィル」、ヨルゴス・ランティモス「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」と、安全無害の対極にある行路を選び取ってきた彼女が挑んだ最新作が「ベイビーガール」。連続強姦犯に惹き込まれていく刑務所のセラピストを描く「Instinct(原題)」を見てオランダ出身の新鋭監督ハリナ・ラインに即連絡し、自身のプロダクションで脚本リライト係に採用したキッドマン。彼女を念頭においてラインがオリジナル脚本として書いたという「ベイビーガール」では、完璧な妻、母の顔、さらには輝かしいキャリアをも手にしながら、新人研修生に抱いた被虐の欲望に身も心も囚われていくヒロインをまさに体当たりで演じてみせる。
1990年代のエロティック・スリラー「ナインハーフ」「氷の微笑」等を視界に入れつつそこに厳然と居座っている“メールゲイズ:男性の眼差し”を反転する試み、といっても同時に凝り固まったフェミニズムにも挑んで今日的生と性の本当をむき出しにしてみせようとする監督・脚本ラインのまさに野心的試みがキッドマンの挑戦の心とスリリングに共振する。
見逃せないのは核となるヒロインを取り巻く研修生、アシスタントの一筋縄ではいかない在り方、あるいは母の弱さを見透かしながら許し受け容れ励ます娘の眼差しで、すべてはヒロインの頭の中の妄想と逃げを打つ見方に活を入れるような彼ら――生々しく現実の感触を射抜く新世代との関係、そこを案外しぶとく活写した点にこそ実は、映画の真の醍醐味が、あるのではないだろうか。
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