【「蛇の道」評論】世界のどこにいても黒沢清は黒沢清である
2024年6月16日 10:00

セルフリメイクの歴史は古い。例えば、サイレント時代にモノクロ映画として「十誠」(1923)を監督したセシル・B・デミルは、カラー映画の時代に「十戒」(1956)として自身で再監督。斯様な作品は、アルフレッド・ヒッチコック監督が「暗殺者の家」(1934)を「知りすぎていた男」(1956)として再映画化したことを筆頭に、ミヒャエル・ハネケ監督が「ファニーゲーム」(1997)を「ファニーゲームU.S.A.」(2007)、清水崇監督がOVA版を経た「呪怨」(2003)を「THE JUON 呪怨」(2004)として、アメリカ資本が加わることによってセルフリメイクをするという例を散見させてきた。
「蛇の道」(2024)も「修羅の極道 蛇の道」(1998)のタイトルでビデオ発売された作品(『蛇の道(1998)』)を、黒沢清監督がセルフリメイクした映画。今作では娘を殺されたアルベール(ダミアン・ボナール)の復讐を手伝う日本人女性・小夜子(柴咲コウ)の姿が描かれてゆくが、舞台を日本からフランスに移しながらも物語の骨子は踏襲されているのが特徴だ。一方で、設定や展開、さらにはショットまでをも踏襲しながら、場面繋ぎや描写そのものが克明になっているという違いがある。1998年版で哀川翔が演じた役を柴咲コウが演じることで、男女が入れ替わっているという明確な違いもあるが、劇中で自転車に乗っていたことを(フランスでも)踏襲させている点は出色だ。また、上映尺が85分から113分と長くなったためか、今作は1998年版がダイジェストに思えるほど重厚感も増している。
約四半世紀を経て再映画化されたことは、映像フォーマットにまつわる、或る乖離を生んでいる点も興味深い。「修羅の極道 蛇の道」はVシネマの土壌で製作された作品だったためスーパー16ミリで撮影されていたが、今作はデジタル機材で撮影されているというルックの違いが指摘できる。フィルム特有の粒状性の粗い映像は、デジタル撮影によって解像度の高い質感を持った映像へと変化。このことは、劇中の重要なモチーフであるビデオ映像の質感をも変えてしまっているという違いを生み出している。例えば、今作の冒頭で施錠を解除するために隠し撮りしたスマホの映像がそうであるように、劇中に用いられる映像は一様に解像度が高く、鮮明なのだ。1998年版ではフィルムで撮影された映像に映し出される解像度の低いビデオカメラの映像そのものが、作品のトーンを導くような不穏さを纏っていたことに気付く。いにしえのセルフリメイク作品には、モノクロをカラーにするという類の意義も存在したが、奇しくも今作には画質の向上による弊害へ対する苦労が映像表現に見て取れる。
黒沢清監督は「ダゲレオタイプの女」(2016)でもフランスでの映画製作を実践していたが、たとえ海外のスタッフと組んで撮影したとしても<黒沢清の映画>になるという不可思議が存在する。ロケーションに依らない強い個性が映像から滲み出てくるのだ。それゆえ、キャストやスタッフがフランスの人々であったとしても、不思議なことに<世界のどこにいても黒沢清の映画は黒沢清の映画である>ということに尽きるのである。撮影者が異なったとしても、撮影場所が海外であったとしても、映像のルックが<黒沢清の映画>になるという不可思議。実はこのことについて、我が恩師でもある黒沢清監督に尋ねたことがある。「言葉がわからないのでダメ出ししようがない。スタッフみんながOKだったらそれでOKなので、むしろ楽だった」と談笑されていたのはリップサービスだと思うのだが、黒沢清という監督がどのような演出を求めているのかをスタッフ全員が共有し、そのことが共通言語となっているからこそ成せる技なのだろう。また黒沢清監督は授業で、犯罪をモチーフにした映画における警察の存在の重要性を示唆していたことも思い出す。今作では小夜子が警察から駐禁を咎められる(1998年版にはない)くだりを挿入しているが、どんな理由があろうとも犯罪に加担する側が<法を犯す存在>であると示している点が実に興味深かったりするのである。(松崎健夫)
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