伊藤歩、デビュー30周年の“歩み”で語る大林宣彦監督、岩井俊二監督への感謝の思い【独占インタビュー】
2023年6月17日 11:00
確かな演技力で長年にわたり日本映画界、ドラマ界で存在感を発揮し続けてきた伊藤歩が、俳優生活30周年を迎えた。1993年に大林宣彦監督作「水の旅人 侍KIDS」のオーディションに合格し、楠林千鶴子役で銀幕デビューを果たしてから、映画とドラマで100本以上の作品に出演してきた伊藤はいま、何を思うのか--。(取材・文/大塚史貴)
テーブルの下にずっと隠れていたら受かった
伊藤の映画界における第一歩となった「水の旅人 侍KIDS」は、時空を超えてやってきた一寸法師のような小さな侍と少年の交流を、自然保護などのテーマを織り込みながら描いたSFファンタジー。「時をかける少女(1983)」の原田知世が、久しぶりに大林監督作に出演したことでも当時話題になった。
主人公となる小学2年生の楠林悟役と、姉の千鶴子役は大々的なオーディションが敢行された。「何で受かったのか、全く分からなかった」と語る伊藤が、当時を振り返る。
伊藤「私にとっては初めての芝居のオーディションで、場所は成城の東宝スタジオでした。子どもたちが何百人も並ぶような大規模なもので、初めてだったから怖くて(笑)。自信なんて全くなかったのに最後の10~20人に残って、『皆さん、最後に10分間あげるのでパフォーマンスをしてください』って言われたんです。
1組5~10人くらいに振り分けられたのですが、そこでも怖くて、テーブルの下にずっと隠れていたら受かったんです。その時に言われたのが、何をするかではなく自然に反応していることがポイントだったみたいで。要するに何かを演じるのではなく、その瞬間に周囲を“感じて”いることを監督が見ていてくださったんでしょうね。
『ありのままでいいんだ』と思わせてくれたのが、大林監督でした。初めてのお芝居で右も左も分からないなか、脚本に『泣く』とあったんですが、本当にできなかったんです。どうやったって泣けない。監督に『本当にごめんなさい』と謝ると、『大丈夫だよ、歩ちゃんが心で泣いている瞬間は見えたから』って。そう言われた瞬間に、感動して思い切り泣いちゃった。『あ、いま撮ってほしい』って思いました(笑)。
大林監督は誰に対しても丁寧に接してくれて、私は役者として課せられたことができなかったのに、大きな心で包み込んでくださった。監督と出会えて良かったな、信頼できる大人が自分の人生に現れたって思いました。子どもの頃から、あの言葉を忘れることができません。『泣くことだけが芝居じゃない、心が泣いていればいいんだよ』って」
大林宣彦監督の立ち向かう姿勢を忘れない
その後も大林組には出演してきたが、遺作となった「海辺の映画館 キネマの玉手箱」には当初、出演予定がなかったという。
伊藤「WOWOWのドラマ『理由』に呼んでいただいてから、かなり時間が経っていたところに『海辺の映画館 キネマの玉手箱』のオーディションがあると聞いたので、事務所を通して『通りすがりの役でもいいから出たいです!』と申し出ると、『男装の麗人』『東洋のマタ・ハリ』と呼ばれた実在の人物・川島芳子役を与えてくださったんです。
撮影は広島で行われたのですが、久しぶりにお会いした監督は体調も大変ななか、寝る間も惜しんで撮っていました。そのお姿を拝見して、改めて『この監督と出会ったから私の人生が始まったんだな』と思いましたし、こういう気持ちで作品に立ち向かっていくことの大切さと姿勢を見せていただきました。クランクアップのときに『また次も一緒にやろうね』と言ってくださって、それがすごく嬉しくて感動したんです。まさか最後になると思わなかったのですが、また巡り合えて良かった……と感じています」
伊藤のキャリアの初期において、大林監督と同じくらい濃密なインパクトを残したのは岩井俊二監督ではなかろうか。「スワロウテイル」「リリイ・シュシュのすべて」「花とアリス」に出演しているが、実は前日譚があったようで……。
伊藤「『水の旅人』の前だったかな、小学5年生の頃に『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』のオーディションに行ったときのことを岩井監督が覚えていらして、当初は『FRIED DRAGON FISH』で浅野忠信さんの妹役で考えてくださったそうなんです。ただ、『スワロウテイル』を撮ることになったので、私にアゲハ役を……とオファーしてくださいました。そういう出会いってあるんですね。
『スワロウテイル』は私にとって『水の旅人』に続き映画2本目。中3の終わりくらいに撮影だったのですが、日本語と英語と中国語を話す役って……、日本語も覚束ないのにどうしたらいいんだ……と焦りました。でも、岩井監督も大林監督と同じで、できないことを責めない。できないのを承知で使ってくれているんです。
岩井監督がすごいのは、できないなりにこの素材をどう調理するのか、というのを考えてくださっているのかな……と感じることが当時あったんです。『歩ちゃん、こうなったらこう動いてね』という演出をしてくださるので、それを素直にやっていると芝居をしているように見えるんです。私は監督の言葉を信じてついていくだけでした。すると、日本アカデミー賞で新人賞までいただけた。私は当時何もできなかったけれど、役者にプレッシャーを与えない演出という部分は、両監督に共通していました。あ、おふたりともピアノを弾かれるのも共通点ですね」
観終わって出てきた瞬間が一番好き
大林監督、岩井監督だけでなく、「カンゾー先生」では今村昌平監督、「ふくろう」では新藤兼人監督とも仕事をしており、これだけ恵まれたキャリアを構築できる俳優は多くない。
伊藤「素晴らしい監督の方々とフィルム撮影の時期に巡り合えたというのは、贅沢な体験をさせていただけたと思っています。フィルムで撮る緊張感を味わえましたし、今よりも時間をかけて撮っていましたから。だから、2000年以降は戸惑いました。デジタルって何? こんなに早く終わっちゃうの? って。いいタイミングでいい作品に巡り合えて、本当にありがたいですね」
昨年は16年ぶりの続編という形で映画化された「Dr.コトー診療所」にも参加し、安藤リカ役に久々に息吹を注いだ。30年間で50本以上の映画に関わって来た伊藤にとって、映画とはどのような存在になってきているのだろうか。
伊藤「『Dr.コトー診療所』の中江功監督は、99年の連続ドラマ『リップスティック』でお世話になったんです。こういう形で懐かしい作品に関われるって、幸せですよね。わたし、映画が好きなんです。映画館へ行って、観終わって出てきた瞬間が一番好き。ちょっと自分の人生が変わったかもって思うじゃないですか。これが、私と映画と映画館の関わりだなって感じるんですよね。
鑑賞後、知識や感情も含めて、2時間前とは何か変わっている。そういう貴重な時間をくれる場所。私は届ける側として、その一端を担うためにどれだけ現実的でいられるか、瞬間を生きていけるか。私自身が大切に生きないと、瞬間を演じることはできないと思うんです。
私の始まりは映画で、特別なもの。映画館という空間が好きだから、ずっと関わっていきたい。『水の旅人』を初めて劇場で観たときは、大スクリーンに自分が映っていてビックリしたんですよ。あの時の感動を忘れず、映画を観に来てくださる方々のためにも、自分を磨いていきたいですね」
執筆者紹介
大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
ホワイトバード はじまりのワンダー NEW
いじめで退学になった少年。6年後、何をしてる――?【ラスト5分、確実に泣く“珠玉の感動作”】
提供:キノフィルムズ
映画料金が500円になるヤバい裏ワザ NEW
【12月“めちゃ観たい”映画が公開しすぎ問題】全部観たら破産確定→ヤバい安くなる裏ワザ伝授します
提供:KDDI
【推しの子】 The Final Act
【社会現象、進行中】鬼滅の刃、地面師たちに匹敵する“歴史的人気作”…今こそ目撃せよ。
提供:東映
モアナと伝説の海2
【「モアナの音楽が歴代No.1」の“私”が観たら…】最高を更新する“神曲”ぞろいで超刺さった!
提供:ディズニー
失神者続出の超過激ホラー
【どれくらいヤバいか観てみた】「ムリだよ(真顔)」「超楽しい(笑顔)」感想真っ二つだった話
提供:プルーク、エクストリームフィルム
食らってほしい、オススメの衝撃作
“犯罪が起きない町”だったのに…殺人事件が起きた…人間の闇が明らかになる、まさかの展開に驚愕必至
提供:hulu
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
文豪・田山花袋が明治40年に発表した代表作で、日本の私小説の出発点とも言われる「蒲団」を原案に描いた人間ドラマ。物語の舞台を明治から現代の令和に、主人公を小説家から脚本家に置き換えて映画化した。 仕事への情熱を失い、妻のまどかとの関係も冷え切っていた脚本家の竹中時雄は、彼の作品のファンで脚本家を目指しているという若い女性・横山芳美に弟子入りを懇願され、彼女と師弟関係を結ぶ。一緒に仕事をするうちに芳美に物書きとしてのセンスを認め、同時に彼女に対して恋愛感情を抱くようになる時雄。芳美とともにいることで自身も納得する文章が書けるようになり、公私ともに充実していくが、芳美の恋人が上京してくるという話を聞き、嫉妬心と焦燥感に駆られる。 監督は「テイクオーバーゾーン」の山嵜晋平、脚本は「戦争と一人の女」「花腐し」などで共同脚本を手がけた中野太。主人公の時雄役を斉藤陽一郎が務め、芳子役は「ベイビーわるきゅーれ」の秋谷百音、まどか役は片岡礼子がそれぞれ演じた。