稲葉直人プロデューサー、アニプレックス傘下の新会社ミリアゴンスタジオで挑み続ける理由
2023年6月3日 11:00
「テルマエ・ロマエ」シリーズや「信長協奏曲(ノブナガコンツェルト)」「今夜、ロマンス劇場で」などで知られる稲葉直人プロデューサーが、アニプレックスの子会社として6月1日から事業を開始させたMYRIAGON STUDIO(ミリアゴンスタジオ、以下「ミリアゴン」)に入社し、プロデューサーとして実写作品の開発に従事することがわかった。20年以上在籍したフジテレビを退社し、ミリアゴンでリスタートする稲葉氏が映画.comだけに並々ならぬ熱い思いを語った。(取材・文・写真/大塚史貴)
アニプレックスがオリガミクスパートナーズの全株式を取得して完全子会社化し、社名をミリアゴンに変更して事業を開始した。ミリアゴンは、オリガミクスパートナーズが行っていたエージェント事業とIP開発事業に加え、新たに実写作品のプロデュース事業へと乗り出す。プロデュース事業では、「キングダム」シリーズや「今際の国のアリス」シリーズの佐藤信介監督をはじめとする監督や脚本家とも連携し、世界に向けた映像コンテンツの企画プロデュースを積極的に行っていくという。
稲葉氏がフジテレビを退社したのは、今年1月。同社の映画制作部から2016年に編成部へ異動し、その後もドラマ制作部で「絶対零度-未然犯罪潜入捜査-」「ルパンの娘」などのドラマを制作していたが、なぜ退社という選択をするに至ったのか。
稲葉「テレビ局員なのにテレビ番組ではなく、ずっと映画を作っていたいというわがままな社員でした(笑) なのでテレビドラマの現場に異動と言われたときは、正直驚きましたし、不安もありました。でも、やってみたらすごく楽しかったんですよ。
フジテレビの映画部、ドラマ部って、ある意味で日本におけるメジャーリーグみたいなところがあって、メジャーとしての戦法というか作戦、不文律があるなかで進めていく仕事は楽しかったですし、とても勉強になりました。ただ一方でもっと自由にやってみたいなという思いが強くなっていったんです。このまま10年、15年と会社に居続けても楽しいとは思ったのですが、新たなフィールドでもう一段成長したいという気持ちが勝ったということでしょうか」
稲葉氏の言葉にもあるが、優れたプロデューサーに贈られる「藤本賞」を10年前に戴冠した際、授賞式で「生涯、映画プロデューサーでありたい」と発言していたことは、筆者も強く記憶に残っている。
稲葉「その発言から3年後には異動になっているんですけどね(笑)。ずっと映画部に戻りたいと言い続けていましたし、ドラマと映画どっちもやれるようにしてもらえないかとお願いもしてみたんですが、組織が大きい分、それも難しくて。フジテレビという大きなメディアで仕事をすることのメリットはたくさんあるわけですが、それでいて自由に仕事がしたいというのは、ずいぶん虫のいい話だったのかもしれません。
会社には生涯現場で仕事をしていたいとも伝えていたんです。出世とかに縁のあるタイプでもないので(笑)、辞めなければずっと現場にいられたのかもしれませんが、やはり自由に創作活動をしたいというのが一番大きかったですね」
自由な創作活動を追い求めていくなかで、ミリアゴンへの入社を決意した理由はどのようなものだったのだろうか。
稲葉「色々な方とお話をさせていただくなかで、フジテレビから他の媒体に籍を移しても、そこでの仕事しかできないという意味で変わらないと思ったんです。その点、ミリアゴンでは、映画、ドラマ、配信とボーダーレスな製作活動ができ、その企画にベストな形態で作品を送り届けられる。それも企画開発段階からしかるべき予算を投下して、クオリティの高い作品づくりを目指すことができる。作品本位主義でありたいと常に思ってきたので、それはこの上ない環境でした。
藤本賞をいただいた10年前と変わったことは、ドラマを経験したことです。尊敬する上司であった石原隆さんにドラマの世界に呼んでいただき、企画の立て方から全く映画と異なる経験ができました。そこでドラマ制作の面白さを知ったんです。さらにコンテンツの視聴環境が劇的に変化する中で、配信ドラマもやってみたい! いう欲も出てきた。そういうものの蓄積もまた今回の転職へとつながっていったのだと思います」
親会社にあたるアニプレックスは、実写作品を手がけてきた実績はもちろんあるが、主軸はアニメ。ミリアゴンが実写作品をカバーすることで、総合的に映像事業で勝負していく気概がうかがえる。ひとつ興味深いのは、所属するクリエイターとだけ仕事をするわけではないということ。外部にも門戸を開き、作品にとって何がベストなのかを常に模索していくという。
稲葉「佐藤信介監督とは早く作品を一緒に作りたいですし、会社としても大きな作品で勝負して欲しいという意向もあると思います。ただ、ミリアゴンは外のクリエイターに対してもオープンなんですよ。実際にいま話を進めている企画も、外の方とやっているので。本当に自由で、作品ファーストの環境が整っていると感じます。会社の事情でもなく、製作者のエゴでもなく、まずは作品にとって幸せなことを考える。それが、観てくれる人にとって一番誠実なことだと思いますから。
でもその分、責任も伴います。ミリアゴンのようなスタジオが活気づけば、日本の映像業界もさらに盛り上がると思いますし、そのカギを握るのは一つ一つの作品になってくるので。それと、現在世界中を席巻している韓国ドラマの制作者たちの話を聞いたら、90年代の日本のテレビドラマを見て育ったっていうんですよね。日本のドラマが面白くて自分たちも……という話を聞くと、『日本の作り手である我々も負けていられない』と強く感じました。アニメだけじゃなくて、実写作品もメイド・イン・ジャパンはいいよねって世界の人たちから思ってもらえるように頑張りたいですね」
近年の日本の映画興行は上位をアニメ作品が独占し、実写作品を凌駕する状態が続いているが、実写作品で勝負してきた稲葉氏の目にはどう映っていたのか聞いてみたくなった。
稲葉「めちゃくちゃ悔しいです。僕には子どもが4人いて、みんなアニメが好きですし、僕も好き。実際、面白いですから。日本のアニメは世界に誇れるコンテンツだし、文化だとも思いますが、今はちょっとバランスが悪いですよね。実写をやってきた人間からすると、もうひたすら悔しい。
実写だってヒットしているものはあるので、やりようはあると感じています。映画に限らず、ドラマに関しても、もっと多くの人に観てほしいな……という思いが強いです。娘たちの話を聞いていると参考になることもあります。尺が長いとか、テンポが気になるとか。
最近衝撃を受けたのが、昨年10~12月に放送されたドラマ『silent』がヒットして、10代の子たちも久々にドラマを見るという社会現象になったと思うんですが、中には「Tiktokで観た」という若い子たちもいたという話を聞いたんです。いわゆる切り抜き動画なわけですが、第1話で目黒蓮さんが手話で『うるさい』ってやるシーンだけ見ても泣けるらしいんです。本編は見ていない人でも『超泣ける』って盛り上がることができる。目から鱗というか衝撃でした。限られた可処分時間の中で、そういうコンテンツの消費のされ方もあるのかと。もちろん、そこに迎合するつもりはありませんが、視聴習慣の変化を含め、画面の向こう側のことはどこかで意識しておかないといけないと思っています」
稲葉氏はこれまで、原作ものからオリジナル作品まで多岐にわたって作品を手がけてきたが、昨今は原作漫画を実写化するうえでネタが枯渇していることもまた事実。オリジナルの企画の価値が高まりつつあるが、最近の傾向をどうとらえているか聞いてみると、興味深い話が返ってきた。
稲葉「おっしゃる通りだと思います。売れている原作だと、企画が成立しやすいんですが、製作会社も配信プラットフォームなど含めて10年前よりもかなり増えたので、映像化権の取得が難しくなっていますし、実際、企画に困ることも出てきているかと思います。でも、本来、映画館には映画でしか観られない物語、テレビにはドラマでしか観られない物語があふれていた方が豊かに感じますよね。
僕が『今夜、ロマンス劇場で』を作りたいと思ったのは、そういう意味合いもありました。商業映画でオリジナルに挑戦することがリスキーとされるなかで、ゴーサインを出してくれたフジテレビの器の大きさには頭が下がる思いです。成立するまでに、かなりの紆余曲折はありましたが(笑)。結果として興行収入10億円を超えて、宝塚が舞台化してくれたり、海外の会社にリメイク権を買ってもらったりと、大きな展開もありました。今こそ、そういうことをやっていかなければいけないんじゃないかと思うんです。今まで学ばせていただいたノウハウを生かしながら、今後もオリジナルの映像作品を送り届けるという挑戦を続けていけたらと思っています」
ミリアゴンにプロデューサーとして入社した第1号となった稲葉氏だが、今後は「年に3本くらい作れたら……とは思っていますが、こればかりはやってみないと。あまり抱えすぎると、家庭が崩壊してしまうので(笑)」と理想を明かす。既に何本か企画の腹案はあるそうだが、「映画、配信プラットフォーム、ドラマのどういう形になるかは、これからベストな届け方を模索していきます」と朗らかに笑う。
開発期間にも相応の時間をかけて丁寧に作品製作をしていくというミリアゴン、そして稲葉氏の動向は業界内外から注目を集めることになりそうだ。
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