【「パトニー・スウォープ」評論】差別と格差、大企業と政治、怨恨と暴力。半世紀を経て先見性が際立つ異色の風刺劇
2022年7月24日 20:00

公民権運動とカウンターカルチャーが高まる一方、政治的指導者の暗殺が相次いだ1960年代を締めくくる1969年の米国で公開された「パトニー・スウォープ」。俳優ロバート・ダウニー・Jr.の父であり昨年死去したロバート・ダウニー監督が半世紀前に手がけたこの映画が、近年の本国における再評価を経て、歴史的大事件が起きた2022年7月の日本で劇場公開されることに、悲しくも数奇な巡り合わせを思わずにはいられない。
ダウニー監督が痛烈な風刺を込めて描くのは、ニューヨークの大手広告会社を舞台に、白人と黒人の立場が逆転する不条理劇だ。創業者が急死した直後の役員たちによる互選により、最も見込み薄と思われた唯一の黒人パトニー・スウォープが新社長に選ばれる。スウォープは役員も従業員もほぼ全員黒人に入れ替える。唯一の白人役員は他よりも報酬が少なく、配達係の白人は使用するエレベーターで差別される。
スウォープの新体制で作られるのは、たとえば黒人男性と白人女性のカップルが登場するニキビ治療薬や、半裸の客室乗務員らが幸運な男性客と戯れる航空会社のCM。(当時の)社会通念に挑戦する過激な広告は大衆受けして、大金を前払いする企業が殺到し、その影響力を利用したい大統領(とファーストレディを小人症の俳優が演じている)が接触してくる……。
1969年は「明日に向って撃て!」「真夜中のカーボーイ」「イージーライダー」が大ヒットするなどアメリカン・ニューシネマの全盛期であり、反体制的な要素はハリウッドの大手スタジオ作品にも増えていたが、(白人と黒人の立場を逆転させる形で)人種差別を劇映画の中で描いたという点で、「パトニー・スウォープ」は先駆的な意欲作だった。影響を受けた映画監督の一人であるポール・トーマス・アンダーソンは、「ブギーナイツ」と「マグノリア」でダウニーを俳優として起用し、最新作「リコリス・ピザ」では故ダウニーに献辞を捧げている。2016年に米国議会図書館から後世に残すべき作品として選出されたのも、2010年代のブラック・ライヴズ・マター運動の高まりと無関係ではないだろう。
本作を観て考えさせられるのは、時代の通念や常識にとらわれず、タブーとされるものに果敢に挑戦する表現が、時として予言的な性格を帯びるということだ。“アラブ”とあだ名される異教徒の社員が分け前をもらえないことを恨んで破壊的な行為に訴える場面は、2001年9月11日に世界貿易センタービルを炎上・崩落させた同時多発テロを想起させる。そして、差別的な扱いを繰り返された配達係が、拳銃でスウォープの命を狙う場面。恨みを買った指導者が銃で殺されるなど他国の出来事であり、平和で安全な21世紀の日本では起こるはずがない――というわずか一カ月前までの“常識”が、今や脆(もろ)くも崩れてしまったことを痛感せざるを得ない。その先見性に驚くべきなのか、それとも“人間と暴力”の変わらなさを嘆くべきなのか。
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