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新鋭・嵐莉菜を突き動かした原動力、俳優として芽生えた欲

2022年4月30日 11:00

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5カ国のマルチルーツをもつ嵐莉菜
5カ国のマルチルーツをもつ嵐莉菜

是枝裕和監督が率い、西川美和砂田麻美らが所属する映像制作者集団「分福」の気鋭の若手監督・川和田恵真が商業映画デビューを果たす「マイスモールランド」に主演するのが、新鋭・嵐莉菜だ。母がドイツと日本のダブル、父が本国籍を取得しているイラン・イラク・ロシアのミックスという両親のもと、日本で生まれ育った5カ国のマルチルーツをもつ17歳の嵐が、銀幕デビュー作となった今作で得た学びは無尽蔵といえる。(取材・文/大塚史貴、写真/間庭裕基)

2014年から「分福」に所属し、是枝監督作「三度目の殺人」で監督助手、西川監督作「すばらしき世界」でメイキングを担当するなど、多くの現場で研鑽を積んできた川和田監督が今作の着想を得たのは、15年。「自分と年齢が変わらないクルド人の女性兵士が大きな銃を構える1枚の写真を見てから興味を持ち調べ始め、日本にも2000人ものクルド人が住んでいること、難民申請をしながらも厳しい状況におかれている方々がいると知ったこと」が出発点になっているという。

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日本人の母、イギリス人の父を持つ川和田監督は、アイデンティティに悩んだ時期があり、自らの問題とクルド人の状況とが結びついたことで企画を始動。17年に埼玉で暮らすクルド人への取材を始め、その期間は実に2年近くに及んだ。主人公サーリャと同じ女子高生のいる幾つかの家庭のほか、入管に収容されてしまった人々にも面会へ行き、収容所の実状についても詳しくヒアリング。その際に胸を突いたのは、「難民申請中というのは“不治の病”にかかっているような気持ちだ」という言葉で、精神的にも肉体的にも追い詰められていく心理を脚本に落とし込んでいった。

キャスティングに関しては当初、日本在住のクルド人に演じてもらうことを想定していたが、難民申請者が記録として残る映画に出演することで、その後の人生に危険が生じる可能性を鑑み、結婚などで在留ビザを所持する人にだけサブキャストとして出演してもらうことになったそうだ。そんな渦中でオーディションに参加したのが嵐だった。

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川和田監督が嵐と対面した際、「自分は何人だと思いますか?」と問いかけたところ、「自分のことを日本人だと言っていいのか分からないけれど、私は日本人って答えたい。でも、周りの人はそう思ってくれない」と、自らもこれまでに感じてきた葛藤を吐露したことが、抜擢の決め手になったという。

嵐もこのオーディションは強く印象に残っているようで、「お話していくうちに、監督がすごく共感してくださったんです。自分にとって辛かった過去についても話せましたし、監督もすごく近い距離で話をしてくださいました。ミックスルーツという点だけでなく、お互いの葛藤を共有し合えたことも含めて、監督とのコミュニケーションはかけがえのない時間だったと思います」と振り返る。主演することが決まった嵐は、役作りの過程で製作サイドから紹介されたクルド人の女子高校生と顔を合わせ、その後もLINEなどで交流を続けていくなかで気づかされたことがあった。

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「普通に生活したくても出来ない、行きたいところにも自由に行けない……と言っていたんです。こんなに明るい子が不自由な生活を強いられているということを目の当たりにして、胸が痛かったです。そして、同年代でこんなにも頑張っている子がいるんだから、この役を大切に演じようと思いました」

本編でも描かれているが、難民申請が不認定となり在留資格を失った主人公サーリャを含む一家は、行動の自由が奪われてしまう。申請をして認められない限り、埼玉県から出ることが出来ない。ましてやアルバイトをして家計を支え、希望する大学に進学することも、東京にいる友人に会うことさえ叶わない。彼らが「日本にいたい」と望むことすら“罪”なのか、観る者は否応なしに思いを巡らざるを得なくなる。

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「県外に出られないって、ビックリしますよね。でも、そういう側面だけでなく、クルドの文化をたくさん知る事ができるシーンもあるので、観てもらいたいんです。冒頭で描かれている親戚の結婚式のシーンでは、実際にクルドの方からお借りした綺麗なドレスを着て踊っています。お祝いの席では、てのひらを真っ赤にするという文化を知る事も出来ました。それに、クルドの食事をいただいたのですが、感動するほど美味しかったんです。クルドの方々の不自由な面だけでなく、クルドの素敵な文化、その両面の理解を深められて良かったですし、皆さんにも知っていただけると嬉しいです」

爽やかな笑顔を浮かべながら話す嵐だが、映画の現場はもちろん、芝居をすることも今作が初めて。それだけに、息吹を注いだサーリャに全力で寄り添いながらも、理解に苦しむこともあったようだ。

「サーリャが泣いているという難しいシーンがあったのですが、その時のサーリャの気持ちが分からなかったんです。そんな時に、監督から『サーリャは自分がこんなに苦しい思いをしても、家族のために希望を持って生きているんだよ』と声をかけてもらって、ハッとしました。私はそのシーンで、サーリャは希望を捨てたと思っていたんです。監督のアドバイスで気づかされることはたくさんありましたし、ヒントをいっぱいいただいたからこそ最後まで演じられたのだと思います」

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それにしても、本編を鑑賞して拭いようのない違和感を覚え、すぐに嵐の所属事務所へ電話で確認をして合点がいった。劇中でサーリャの家族(父、妹、弟)を演じたアラシ・カーフィザデーリリ・カーフィザデーリオン・カーフィザデーは、嵐にとって実の家族。初めての俳優としての現場で、実の家族との共演ともなると気恥ずかしさがなかったといえば嘘になるのではないだろうか。

「父と妹、弟は登録制の事務所に所属して、再現ドラマなどに出演していたんです。映画のオーディションの話もあったようで、それで応募してみたら受かったそうです(笑)。私が先に決まっていたため、最終的に一緒に演技をして父の役が決まったのですが、他の方よりも父とのほうが演技の相性が良かったのでしょうね。父が決まったら、妹も弟も受かって、全員集合しちゃって私もビックリしました。確かに最初はすごく恥ずかしかったのですが、ラーメン屋でのシーンは本物の家族にしか出せない空気感だったかなと思います。私の家族にとっては、宝物のような作品になりましたし、一生の思い出です」

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父親のアラシさんはトルコ語を話せるため、発音のアドバイスを受けたりすることもあったそうだ。家族の中で唯一、出演していない母親からは、どのような感想を伝えられたか聞いてみると……。

「すごく泣いていて、感動したって言ってくれました。弟のことは天才だねって(笑)。妹の事も上手だって褒めていましたけど、父のことだけは恥ずかしいって言っていました。父は芝居で片言の日本語を話していますが、実際はペラペラなんですね。そんなところも自然ですごいなって感じました。皆さんも父の演技を素晴らしいって言ってくださいますが、やっぱり私は家族だから笑っちゃいました」。

屈託のない笑顔で家族との共演を述懐する嵐だが、共演した奥平大兼藤井隆との芝居には大きな刺激を受けたことは想像に難くない。

「奥平さんは先輩ですが、同年代でもあるので演技の基本、業界用語なども色々教えていただきました。落ち着きたい時の対処法とか、同年代だからこそ聞けることも気さくに答えてくれて、勉強になりました。話し相手にもなってくださって、ありがたい存在でした」

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「藤井さんの演技には、圧倒されました。でも、カメラが回っていないところではすごく優しくて、ずっとお話していました。休憩時間も私の趣味についてや、(専属モデルを務めている)ViViのことを聞いてくださったり。人柄も尊敬できますし、お会いした瞬間に大好きになって、インスタをフォローしちゃいました。父が藤井さんの大ファンなので、その事をお伝えしたら喜んでくださったのも嬉しかったですね」

こちらを見据える真っ直ぐな眼差しは、自らの言葉で懸命に伝えようとする心のあらわれとでも言おうか。劇中でも、取材の場でも、初めてとは思えない立ち居振る舞いからは、嵐が現場で愛される要素を垣間見ることが出来る。嵐を突き動かす原動力はどのようなものなのだろうか。

「ご一緒した役者さん、スタッフの方々が私にとっての原動力です。私のために動いてくださる方が大勢いますし、恩返しをしていかなければいけないという気持ちがモチベーションになっています。照明の方、音声の方、こんなにも動いていたんだという気づきが多くて、絶対に成功させよう! という気持ちで撮影していました」。

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そんな感謝の気持ちというのは、自然と周囲に伝播するものではないだろうか。モデルとしてデビューした嵐だが、これで俳優という肩書もついたことになる。演じるということに対して、何かしらの欲が芽生えたのか聞いてみたくなった。

「それが、撮影が終わってから『早く違う作品がやりたい! 演技がしたい!』と、“演技ロス”みたいな状態に陥っています。この作品に出演させていただく前よりも、演技に対する興味は何百倍にも大きくなっています。ラブストーリーは恥ずかしいけど、悪役がやってみたいんです。サーリャを演じた後、悪役に挑戦したらギャップがあるじゃないですか。これまでと違う姿を皆さんにお見せしたいですし、私も普段なれないものになりたいので、色々な役を演じられるように頑張っていきたいと思います」

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執筆者紹介

大塚史貴 (おおつか・ふみたか)

X(Twitter)

映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。

Twitter:@com56362672


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