【コラム/細野真宏の試写室日記】ミュージカル映画の金字塔「ウエスト・サイド・ストーリー」は洋画不振から救ってくれるか?
2022年2月10日 07:00
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映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)(文/細野真宏)
「ウエスト・サイド物語」という名前を聞いたことがない、という人はおそらくいないのではないか、と思うほど知名度の高い作品です。
ただ、実際の作品に触れたことのある人は意外と少ないかもしれません。
というのも、「ウエスト・サイド物語」が舞台のブロードウェイ・ミュージカルとして誕生したのは「今から64年も前」の1957年。かなり昔の作品なのです。
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そして、そのミュージカルを映画化したのが1961年で、「今から61年前の映画」となっているのです。
その1961年の映画版「ウエスト・サイド物語」はアカデミー賞で作品賞、監督賞など10部門で受賞という快挙を成し遂げています。
ちなみにアカデミー賞で最多11受賞作は「ベン・ハー」「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」「タイタニック」の3作品だけです。
今年、約60年ぶりに「ウエスト・サイド物語」が世界中で話題になりつつあるのは、こちらも文字通り「ハリウッド映画の歴史」を作り続けてきたスティーブン・スピルバーグ監督がこの“伝説のミュージカル映画”のリメイクに乗り出したからです。
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その作品が「ウエスト・サイド・ストーリー」。
すでにアカデミー賞の前哨戦であるゴールデングローブ賞では作品賞(ミュージカル・コメディ)、主演女優賞(ミュージカル・コメディ)、助演女優賞と主要3部門で受賞しています。
そして、本年度アカデミー賞では作品賞、監督賞、助演女優賞など7部門でノミネートされています。
「不朽の名作」という言葉は、文字通り「色あせない名作」のことで、これをリメイクするにはリスクが大きいのも事実です。
例えば1959年のアカデミー賞最多11受賞作「ベン・ハー」は、2016年に「リメイク」もしくは「新解釈」化されましたが、これは世の中の評価や興行収入的に“大惨事級の作品”になってしまいました。
そのままでも色あせないわけですから、下手に手を出すと劣化が目立ってしまうわけです。
ところが「ウエスト・サイド・ストーリー」は、さすがはスピルバーグ監督といえる結果になっていました。
1961年版の「ウエスト・サイド物語」の良さを活かしつつ、「現在の私たちが見たい作品」に昇華させることに成功していたからです。
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「ウエスト・サイド物語」における、そもそもの設定に1950年代のニューヨークのウエスト・サイドでのヨーロッパ系移民「ジェッツ」とプエルトリコ系移民「シャークス」で起こっている若者の対立があります。
そんな対立構造がある中で、「ロミオとジュリエット」をモチーフにした切ないラブストーリーが展開します。
そして、この根本的な物語の構造や、歌い継がれている数々の名曲も「ウエスト・サイド・ストーリー」ではそのまま使用されています。
そのため、本作を見る際に重要なのは、構造上、「物語自体は決して目新しいものではない」という視点です。
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その一方、移民や民族などの問題を中心に世界では「分断」が今でも日常化しています。
それが今回のように巧みにリメイクされた作品として生まれ変わったことで、この普遍的な物語がより響くようになっているのです。
しかもCGなどの最新技術に頼るのではなく、ライティングで影を操ってエッジの効いた映像表現を効果的に使うなど、確実に進化をしているのです。
本作は、ミュージカル映画の金字塔と言われる作品なのでミュージカルシーンが満載ですが、実は、これまで数えきれないほどの作品でメガホンをとってきたスピルバーグ監督「初のミュージカル映画」なのです!
とても初挑戦とは思えないほどクオリティーの高い「ミュージカル映画」でした。
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以上の紹介を踏まえて、ここからは、簡単に「作品の見方」と「興行収入」について考察してみます。
まず、作品の見方ですが、本作は“ザ・ミュージカル映画”という感じなので、「歌」とダンスシーンなど「映像」にのめり込むのが良いと思います。
そこで、「吹替版」も有力な選択肢の一つとして提案したいのです。
実は、私は、ほんの数年前まで「ミュージカル映画には吹替版は必要ない!」というスタンスでした。
なので、2017年のアカデミー賞で、「タイタニック」に並ぶ史上最多14ノミネートを果たした「ラ・ラ・ランド」の劇場公開時に吹替版が無かったのには納得でした。
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ところが、3年ほど前に動画サイトで吹替版が配信されていたので、ふとiPadでサントラ代わりに再生してみたのですが、これが想像を遥かに超えて見やすく、かつ上手かったのです。
ポイントは、最重要な「歌唱シーン」については、そのままの楽曲が吹替なしで使われていたことです。
そのため、むしろ吹替版の方が、作品のクオリティーを損なうどころか、少し入り組んだストーリーを集中して見ることができました。
まさに「ウエスト・サイド・ストーリー」の吹替版も同様で、最重要な「歌唱シーン」については、そのままの楽曲が吹替なしで使われています!
しかもその境目も自然な仕上がりで、声優陣が本領を発揮していました。
さらに本作では、プエルトリコ系移民の人たちは英語に加えて「スペイン語」で話したりもするので、字幕版だと、やや情報が多くなっている面があります。
それが吹替版だと、アメリカ人が見る感覚と同じように、「英語の会話箇所」だけ日本語にしてくれているので非常に見やすくなっています。その結果、「歌」と「映像」にのめり込むことができました。
そのため、本作を最大限に楽しむには、「吹替版」も選択肢の一つに入れておくのもアリだと思っています。
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さて、最後に興行収入について。
まず、通常の映画のポテンシャルで考えると、本来、本作は日本では興行収入30億円は狙えるはずです。
そもそも「ウエスト・サイド・ストーリー」は 2021年12月10日に日米同時公開の予定でしたが、急きょ日本だけアカデミー賞に合わせる2022年2月11日という日程に公開延期となったのです。
これは、日本において「20世紀スタジオ」作品は、「グレイテスト・ショーマン」や「ボヘミアン・ラプソディ」のような音楽系の映画ではアカデミー賞に近い方がヒットする確率が上がるためディズニー本社から日程調整の要請があった模様です。
そのため、公開1か月を切っていた2021年11月15日という、割とバタバタなタイミングで(アカデミー賞に備えた)日程に変更となりましたが、目論見通り、昨日(2月8日)発表の「第94回アカデミー賞」ノミネートでは、見事に7部門でノミネートされました。
そして、いよいよ今週末11日(祝日・金)から公開されます!
ただ、新型コロナの影響はまだあり、コア層と思われる大人の女性陣がどこまで動いてくれるかで大きく変わっていく構図にあります。
さらには、Disney+(ディズニープラス)という配信でいずれリリースとなると、劇場で体感したい、という人が減ってしまう恐れもあるのです。
ちなみに、Disney+が日本でサービス開始となった2020年6月11日以降で、ディズニー作品の映画館での興行収入は、「エターナルズ」の12億円が最高という現実があります。
そのため、この「ウエスト・サイド・ストーリー」がどこまで伸びるのかで、今後の日本の映画業界における洋画のポテンシャルさえも見えてくる面があるのです。
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個人的には、本作のライバルとなるのは、新型コロナの影響が始まりつつあった2020年1月24日公開のミュージカル映画「キャッツ」かもしれない、と考えています。
「キャッツ」は、日本で興行収入58.9億円の大ヒットをした「レ・ミゼラブル」のトム・フーパー監督作だったので、完成する前は、アカデミー賞級の名作になるのでは、と思われていました。
ところが、何が起こったのか、アカデミー賞どころではない完成度になってしまったのです。
アカデミー賞の真逆の存在である“最低映画”を決める「ゴールデンラズベリー賞」で、最低作品賞、最低監督賞、最低助演男優賞、最低助演女優賞、最低脚本賞、最低スクリーンコンボ賞と、不名誉にも最多6部門を受賞しています。
しかもミュージカル「キャッツ」の原作者で、猫好きでも知られていた作曲家アンドリュー・ロイド・ウェバーは、映画の完成度にショックを受け、猫に絶望しセラピーのため初めて犬を飼ったというほど、大きな精神的ダメージを負いました。
そんな「キャッツ」でも日本では興行収入13.5億円を記録しているのです。
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そのため、クオリティーが担保されている「ウエスト・サイド・ストーリー」の日本での最大の注目点は、興行収入13.5億円を超えるかどうかでしょう。
もしそれ以下という結果になれば、原因は新型コロナの影響が想像以上に大きく残っているか、配信と映画興行の両立の課題は思っている以上に大きい、というどちらか、あるいは、その両方なのかもしれません。
この名作ミュージカル映画の結果がどうなるのか大いに注目したいと思います!
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