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【特別インタビュー】池松壮亮と伊藤沙莉はいま、誰に何を伝えたいのか?

2022年2月5日 11:00

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取材に応じた池松壮亮(右)と伊藤沙莉
取材に応じた池松壮亮(右)と伊藤沙莉

第34回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、観客賞に輝いた「ちょっと思い出しただけ」は、メガホンをとった松居大悟監督を1つ上のステージへと導く作品となりそうだ。作品に大きな説得力をもたらしたのは、松居監督の盟友ともいえる池松壮亮と唯一無二の存在感を放つ伊藤沙莉。くしくも初共演となったふたりの対談は、話題に事欠かない盛り上がりをみせた。(取材・文/大塚史貴、写真/江藤海彦)

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今作の製作のきっかけとなったのは、ロックバンド「クリープハイプ」の尾崎世界観が自身のオールタイムベストに挙げる、ジム・ジャームッシュ監督作「ナイト・オン・ザ・プラネット」に着想を得て書き上げた新曲「ナイトオンザプラネット」。これに松居監督が触発され、完全オリジナルのラブストーリーを初めて書き上げた。

ジャームッシュ監督の代表作のひとつである「ナイト・オン・ザ・プラネット」は、1992年4月に日本で公開されたオムニバス作。ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキの5つの都市を舞台に、同時刻に走るタクシードライバーと乗客の人間模様を描いており、ウィノナ・ライダーが魅力的なドライバーを演じている。一方、今作は2021年7月26日から始まる。池松演じる主人公・佐伯照生の誕生日(7月26日)を軸とし、1年ずつ同じ日をさかのぼりながら、別れてしまった男女の“終わりから始まり”の6年間を描いている。

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■定点観測をルーティンという言葉に置き換えると…

怪我でダンサーの道を諦めステージ照明の仕事をする照生と、タクシードライバーの葉(よう)が過ごした1日は、特別だった時もあれば、そうでない時もあった……。ポール・オースターの短編小説を原作に、ウェイン・ワン監督&ハーベイ・カイテル主演で映画化した「スモーク」では、何十年もある場所を撮影し続ける男が登場するが、「定点観測」という設定は非常に映画的といえるだろう。この「定点観測」を「ルーティン」という言葉に置き換えると、ふたりはどのような事象が思い浮かぶか聞いてみた。

池松:以前は色々あったのですが、ルーティンにすがってしまうことが良くないことだと思うようになったんです。ルーティンが崩れることで普段のエネルギーが出なくなるというのが嫌で、あまり作っていないんですよ。強いて言うなれば、自分で現場に行って自分で帰ってくることくらいかもしれませんね。大きく言えば、俳優という仕事をしながら、日々生きていること、生かされていることです。

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伊藤:頭の中で、これから臨むシーンのこととかを極力想像しないこと。本当はダメなんでしょうけれど、プランを練ったり何かを構築して……というのが、あまりうまくいかないタイプなんですよ。私は台本もすごく綺麗なんですが、ある時に「もっとグチャグチャになるくらい書き込んで、読み込んで臨むことが誠実ってことなんじゃないか」と思い、一度やってみたのですが、ビックリするくらいうまくいかなかったんです。それで、出来ないことはやらない! 背伸びをしない! ありのままで挑むことにしました。

伊藤はその姿勢で、初参加となる松居組の現場にも向かったのだろう。東京国際映画祭での観客賞しかり、今作の評判は業界内外で非常に高い。池松は「自分の事ばかりで情けなくなるよ」(13)や「君が君で君だ」(18)などで松居監督と長らく作品を共にしてきたからこそ、今作をどう感じ取ったのだろうか。

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池松:松居大悟作品を1ステップ上げるというのが、大前提のテーマでした。松居さんが自ら新たな探求をし、全員がその時のベストを尽くせるよう努力し、皆で尽くした。その結果、そんな風に言っていただけるのはとても嬉しいですね。他にも色々なテーマがあったのですが、それぞれいけたかなと思えるようになりましたし、これから観てもらえることを楽しみにしています。

一方、ありのままで撮影に向かった伊藤ではあるが、クランクイン当初はうまく現場に入り込むことが出来ずに苦労したようだ。初タッグだったからこそ見えてくる、松居監督の強みについて聞いてみると、興味深い答えが返ってきた。

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■手の内をさらけ出せる松居大悟監督

伊藤:どうして最初、入り難かったかというと……、國村隼さんが演じられているバーのマスターに相談をするシーンでクランクインだったのですが、私も探り探りだったんですね。葉ちゃんってこんな感じでいいんだろうか? と思いながら、「もうちょっと明るく」「もうちょっとポップに」と求められていくなかで、「こんな感じで大丈夫ですか?」と監督に聞いたら「分からない」って言われたんです(笑)。

「分からないんじゃ、分からないですよ」と思っていたら、「逆にどう思う?」と聞かれまして……。私も「いや、分からない」って(笑)。とにかく初日が最悪だったんですよ。監督によってやり方は様々ですから何が正解というのはないんですが、色々と見失ったんです(笑)。そんな事が3回くらいあってから逆に開き直って意見を言うようになったら、なんだか居やすかったので「意見していい方なんだな」と思い至りました。

監督ご本人も取材で話していたのですが、自分が先陣を切って引っ張っていくという現場の在り方が好きじゃないそうなんです。「どうしよう、どうしよう」と言っていると、現場のみんなが「どうしようじゃないでしょ!」と引っ張っていってくれるのが好きなんだそうで、初めて出会うタイプ(笑)。みんなでアイデアを出し合って作品を作っていく松居組を実際に肌で感じたので、最初にあまり良い印象ではなかったのがむしろ武器だったんだなと思うと、ガラッと引っ繰り返されて面白い人だなと思いました。

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池松:手の内を見せてくれるということなんですよね、リーダーとして。分からないとか、嫌だとか、誰に対しても言えるということは、ある意味では素晴らしいことですから。

松居組を熟知しているだけに、池松は達観した面持ちで伊藤にうなずいて見せた。このふたりの波長がハモらなければ、鑑賞を終えた後に軽快な足取りになる出来栄えにはならなかっただろう。映画の冒頭は、コロナ禍の東京を生きる照生と葉の姿が誇張なく描かれている。ここからさかのぼるからこそ、マスクなしで過ごせていたふたりの「なんでもない」日々の純度の高さが、観る者の胸にジワジワと優しさとなって届いてくるのだろう。

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池松は今作に主演するに際し、ジャームッシュを研究し直したそうで、「すごくポップですよね。内実はすごいことをしているのに、ポップだし気分が良いし、2時間という体感の中で独特なリズムを保ちつつ、素敵なものがたくさん映っている。ジャームッシュのDNAを受け継ぐ映画をやるのならば、少しでもそういう境地に近づきたいと思ったんです」と述懐。そして、「尾崎世界観さんの曲も、青春に決着をつけた楽曲でしたよね。過去にすがったり、懐古する映画はたくさんありますけれど、今作は過去を描きながら『色々あったけど、いまは生きている。でもちょっと思い出しただけ』というのを、どのバランスでやるかは日々考えながら過ごしていました」と明かす。

松居監督が執筆した脚本を一読し、その後、本編を鑑賞するにつけ、ふたりに投げかけたくなるセリフが幾つもちりばめられていた。池松と伊藤に対し、直接問いかけてみた。

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■「まだまだ映画という夢に恋してる」(池松)
――國村さんが演じている、バー「とまり木」のマスター・中井戸が「男なんて、みんな夢に恋しているんだよ」とささやいていました。性別問わず夢に恋してもいいと思いますが、ふたりは今どんな夢を持っていますか?

池松:こういうことは、もう照れずに言っていかなければいけない。コロナがあれど、時代が変われど、まだまだ映画という夢に恋していますよ。以上です(笑)。
 伊藤:かっこいい! なんだろう……。
 池松:人生に夢、見ている? 自分の人生にどんな恋をしていますかっていう質問だよ、きっと。
 伊藤:たいてい「こうなったらいいな」ということは、叶わずにきたんです。ただ、期待はしがち。期待が膨らんで妄想だらけになるんだけれど、やりたいことはやらせてもらっているという実感はあるんです。ずっと言い続けていますけれど、実家は建てたいなというのはあります。そのために昔から頑張ってきたので、それは叶えておかないと。自分次第でどうにかなる夢ではあるので。夢というか、目標になってしまいましたけどね。それを叶えたら、また何か意識が変わるかもしれません。

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■「お母さんに愛しているよって言っちゃう」(伊藤)
――池松さんのセリフで、「なんであんなに我慢できたんだろう」というのがあったと思います。どんな仕事をしていても、我慢しなければいけないことは多々ありますよね。ふたりがいま目の当たりにしている我慢って、どんなことですか?

伊藤:スナック……。行きたいんです。歌いたいし、しゃべりたい。でも、やっぱり今は行ったらいけない。割と、ダメだったらダメで、まあいいか……と思えるタイプではあるんです。圧迫されるほど我慢をしていることといったら、スナックくらいでしょうか(笑)。

池松:自由を謳歌したいタイプなので、日々我慢です。本当は取材とか、こんなにたくさん受けたくないです(笑)。生きていれば往々にして我慢の連続ですけど、映画で我慢を解き放ったり、映画によって我慢の先にあるものを届けたり……。そうやって映画の先人たちに教わってきましたから。これまで生きてきて我慢の限界というものもたくさん目のあたりにしてきました。昨年はミニシアターがどんどん閉館していって、岩波ホールまで……。人生は我慢なんだということが大前提にあったとしても、少しでも映画という虚構で力になっていきたいと思っています。

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――照生と葉が客として乗ったタクシーで、運転手から「言えるうちに言っておいたほうがいいですよ」と言われますよね。ふたりが同じことを言われたら、誰に対してどんなことを言っておきたいですか?

池松:誰かとは言えないけれど、頭に浮かぶ人たち、もう会えなくなってしまった祖父や祖母も含めて、本当にありきたりだけど自分の人生に存在してくれてありがとう……。言えるうちに、伝えなければいけないですね。
 伊藤:難しいですね。
 池松:難しいときは、好感度を意識してみたら?
 伊藤:最も言い辛いことを言ってきますね(笑)。うーん、わたし、言っちゃうんですよ。言っちゃうの。お母さんにも愛しているよって。もう嫌がられるくらいに。それでも、それがなくなると後悔するじゃないですか。いくら伝えても、足りないから。

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ふたりの人柄が滲む回答を目の前で浴び続けてきたが、改めてふたりの映画界でのキャリアを振り返ってみると、池松の出演本数は優に50本を超えている。伊藤にいたっては、今作がちょうど30本の節目となった。今作での芝居を見るにつけ、今後も表現者としてのふたりがどのような闘いを挑んでいくのかを見つめ続けていかなければならないという衝動に駆られた。

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