【コラム/細野真宏の試写室日記】「100日間生きたワニ」は黒字?赤字? 100ワニから学ぶ映画興行の仕組み
2021年8月13日 10:00
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)(文/細野真宏)
世の中でオリンピックが話題になっていた8月6日に、ちょっとした映画関連のニュースが出て、業界界隈で少しだけザワつきました。
要は、かなり根本的な部分で間違っている主張が平然となされている記事だったのです。
これは、映画業界に限らず、毎日ニュースに接していれば、ウンザリするほど間違えているニュースに接します。
特に経済のニュースでは頻発していますが、映画ではそんなに見ない事態だったので、割と驚きました。
その記事とは、j-castより2021年08月06日20時10分に配信された以下の記事です。
ネットニュースが問題となるのは、誰も指摘せずに放置していると、情報ソースがそれしかなくなり、いつの間にか本当の話のようになることです。
そこで、映画の専門媒体である映画.comでは、本作を映画興行の仕組みが分かるように、できるだけ中立的に「経済事案の点」から考察していきたいと思います。
(なお、当該記事は書き手が不明で、このようなコメント記事は、たまに書き手が表現を曲げる場合もあり、意図も不明なため、あくまで書かれてある内容に関してコメント解説します)
まずは、2つのポイントについて言及します。本作の上映時間は63分。そのため「制作費はあまり高額ではない」「声優陣は豪華。しかし、収録は約1~2日と拘束期間も短いため、ギャラも安い」という予測が行われていますが、ここには事実誤認があると思います。
一般的に、俳優の吹替による主役級のギャラは、仮に収録1日&宣伝稼働2日程であっても、日数にかかわらず実写映画並の200万円~1000万円となっています。
そのため、特に本作の場合では、主役級の神木隆之介、中村倫也の2人のギャラは、制作費で多くの割合を割くことになります。
同様に、本作の場合は、豪華キャストで売る戦略の作品のため、新木優子、ファーストサマーウイカ、山田裕貴などのキャストについても同様です。
また、本業の声優の場合は、声優組合による映画出演の価格表(声優ランクや拘束時間等)があり、主演クラスは1映画あたり50万円~300万円となります。
こちらも木村昴、杉田智和といった豪華声優陣で固めていたため、決して安くはないのです。
さらに、音楽は亀田誠治と豪華だったりと、本作の場合は、制作費で1億円規模になっていても不思議ではありません。
次に「短編尺のため、費用もかかっていない」「最初から稼ごうという気がない」という指摘について、私の考えを述べさせていただきます。
ビジネスでの映画事業ですし、公開館数は全国156館という規模。そもそも「最初から稼ごうという気がない」というのはあり得ないのです。
仮にこの主張が成立する場合は、公開館数を絞り込み、せいぜい多くても30館くらいの規模にしないといけません。
全国156館という規模で公開するためには、“全国規模での宣伝が必要”となります。
本作の場合、意外と多くテレビCMを見かけました。
単体の映画宣伝で見た日本テレビ系列の「金曜ロードショー」のような全国ネットのプライムタイム番組では、15秒のスポットCMを1回流すだけで1000万円規模となります。
「100日間生きたワニ」はそれなりに宣伝には力を入れていた作品です。「P&A費」という、いわゆる宣伝費で1億5000万円規模になっていると思われます。
本作は新型コロナウイルスの影響によって、当初の公開日から7月9日に延期となりました。それについて、もしヒット&興収を伸ばしたい作品であれば「人が集まる連休中に公開を合わせる」といった解説がなされています。
つまり、夏休みシーズン直前となる「7月9日公開」での公開日の時点で「捨て試合」のような日程感と捉えているようですが、これには違和感を持ちます。
例えば、「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」は2020年10月16日公開。こちらは当面の間、連休もない、いわゆる“映画興行の閑散期”での公開でした。明らかに「鬼滅の刃」より圧倒的に恵まれています。
また、「公開待ちの作品が大渋滞。この先も東宝系でプライオリティーの高い作品が続々控えています。順番からいって、『100ワニ』を落とす(終了する)しかない」という点について。確かに他社も含め、公開作品は多い。しかし、観客が入る作品については、他の作品と同様に、劇場が優先し、自動的に「ロングラン」の措置をとります。
ちなみに、上映期間が1カ月で終了してしまうという点が「珍しくない。頻繁にあること」と解説されていますが、これはケースバイケースです。
一般に映画館での上映期間は、「最低4週間、平均で5~6週間、最大で8週間」というのが通常の「ファーストラン」という契約になります。
それ以降は、さらなるヒットが見込める作品などは、上映したい映画館が上映するようになるわけです。
本作の場合、単に「ファーストラン」が4週間だった、というだけの話です。
とは言え、「ファーストラン」の4週間で、全国156館のうち、本当に契約の4週間の期間で153館が上映を止めてしまうのは、特に最大手の東宝配給作品については、かなりの異常事態であるのは確かです。
通常は、上映回数を減らしても「ロングラン」を続けるものなのです。
(ロングランを決めた3館については、2館が「1週間のみの延長」で8月12日に終了予定、1館が「2週間の延長」で19日に終了予定。なお、「ファーストラン」後の8月6日に1館が新たに上映しましたが、結果的に2週間で終了予定となりました)
映画業界には多くの会社がありますが、やはり東宝だけは圧倒的に強く、東宝配給作品と、他社の作品を同系列で語るのは、事実誤認が生まれる原因になり得ます。
インディーズ系の映画会社の場合は、そもそも「ファーストラン」という契約さえシネコンで結べない事態もあります。
そのような場合は、早い場合で劇場によっては1週間で上映を切られたり、シネコンチェーン全体では2週間で全て切られることさえ起こり得ます。
さて、当該記事で最も疑問をいだいてしまったのは、「全国公開のため、上映劇場が多い→上映の規模が大きいほど、席が埋まらずとも、ある程度の利益が見込める」という点です。
当たり前のことですが、映画館は、観客が来て初めて利益が出ます。
全国のほとんどがガラガラの状態で、なぜ利益が出るのでしょうか?
公開初週、全国の映画館では、東宝配給作品ということで期待して上映回数を多めに設定していました。
ただ、不幸にして観客ゼロの回も少なくなかった。そのため、2週目からは多くの劇場で上映回数を一気に減らしています。
それでも、全国の映画館の予約席を見ても、100席に2人くらいの状態が続いていました。
当然、上映規模が大きければ大きいほど、不幸になる映画館が増えるだけで、「席が埋まらずとも、ある程度の利益が見込める」という状態にはなりようがないのです。
この主張は、以下のような考え方から導き出されているようです。
まず、日本の映画鑑賞料金は「世界的に見ても高い」という点ですが、それは単に「需要と供給の話」に過ぎません。ですから、映画鑑賞料金の水準と「日本映画で大赤字の作品は、それほど生まれることはない」ということとは関係ないのです。
そもそも、日本の映画鑑賞料金は、色々なサービスがあり、平均でも1300円程度です。
そして、製作費に対して観客がかなり少ない場合、当然それなりの赤字になる。このようなハイリスクハイリターンの側面を持つのが映画興行です。
では、以上の考察を踏まえて、核心となる(劇場公開の時点で)「おそらく元は取れている」という推測について検証してみましょう。
本作の3週目の週末が終わった17日間の興行収入は、4881万4500円となっています。
おそらく最終的な興行収入は、予約数や推移を見ても、5000万円台で終了になると推察されます。
ここでは、分かりやすく興行収入が6000万円までいったとしてみましょう。
まず、基本的に、この6000万円は、配給会社と映画館で5対5に分けられます。
ただ、厳密には、映画業界の場合、特殊な要素に「歩率」という、配給会社と映画館の取り分を決める仕組みがあるのです。
この「歩率」は、現状では、ほとんどの配給会社では「配給会社と映画館で5対5」と決まっています。
ただし、映画が大ヒットして、座席稼働率が高かった週については、一般の配給会社は60%(レイトショーは50%)を主張できることになっています。
とは言え、本作のような最大手の東宝配給の場合は、例外的な扱いになっています。
それは、そもそも、どの作品も大ヒットする可能性があるため、最初からファーストランに関しては配給会社は60%(レイトショーは50%)という契約になっているのです。
具体的には、本作の場合は、ファーストランの4週間だけは、配給会社の東宝と映画館で6対4(レイトショーは5対5)という契約になっていると思われます。
そのため、興行収入が6000万円とすると、全国の映画館にはトータルで2400万円が入ることになります。
残る3600万円のうち、全国の映画館に本作を配給した東宝には、(基本的には)その20%の720万円【3600万円×20%】が入ります。
そして、最終的に残った2880万円【6000万円-2400万円-720万円】が製作委員会に入ります。
一方で、制作費(1億円)と宣伝費(1億5000万円)の合計2億5000万円がかかっているとすると、製作委員会の赤字額は2億2120万円【2880万円-2億5000万円】ということになります。
この後、劇場公開が終わると、配信などの2次利用が行われます。2次利用ではどんなに頑張っても1億円のリクープができれば御の字だと思われるので、1億円強が製作委員会の赤字になると想定されます。
以上のことから、(劇場公開の時点で)「おそらく元は取れている」ということはないはずです。
最後に、当該記事でも触れられている点について、私も「その通り」と思ったことを記させていただきます。
それは「東宝作品が利益面で計算されたものが多く、大赤字を出すような作品は、企画段階で通らない」というもの。
だからこそ、私は、本作については本当に分からないことが多く、なぜこの企画を東宝が通してしまったのか、というのが最大の疑問でもあります。
実際に東宝の作品は、かなり精査されて作品が決まっているからです。
プロデューサー陣を見ても、かなり優秀な人材だと思うので尚更です。
ただ、映画の興行は、前述した通り、ハイリスクハイリターンの世界でもあります。当初は上手くいくのかも、と思っても、実際に作ってみたら…ということも当然起こり得ます。
本作に関しては、上映時間が63分と短いので、料金設定を変えるのもアリなのではないか、と思っていました。
例えば、本作の封切り日と近い7月22日に限定公開された「とびだせ!ならせ! PUI PUI モルカー」は、上映時間が34分。通常料金は1000円と気軽に見やすくなっています。こちらは、映画化における制作費や宣伝費も安価な水準でした。
公開館数は108館と小規模でしたが、公開18日目の8月8日時点での興行収入は1億7760万円。価格設定を低くしても、かなりの利益を出すことに東宝は成功しているのです!
このように、1作品だけで映画興行の世界を学ぶこともできますが、企業としては、トータルで見ていく必要があるわけです。
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