【若林ゆり 舞台.com】ハスキーボイスでブレイク中の個性派・伊藤沙莉がファンタジー舞台で魅せる「いろんな味」!
2021年6月9日 09:00
なんて魅力的な声の持ち主だろう! 6年前に本コラム(第32回/https://eiga.com/extra/butai/32/)で取材した本広克行演出の舞台「転校生」を見たとき、心からそう思わされたのが伊藤沙莉だった。新人女優21人が織りなす女子高生の群像劇で、9歳の時からキャリアを重ねてきた伊藤が実力で抜きん出ていたのは自明の理。それから注目してきた彼女は、あれよあれよという間に個性派女優としてブレイクを果たした。そんな伊藤が久しぶり(2017年「すべての四月のために」以来)の舞台に挑戦する。それが、蓬莱竜太の作・演出により、ミュージカル界のプリンスこと井上芳雄と共演するダークファンタジー「首切り王子と愚かな女」だ。
とある王国。国民を次々と首切りの刑に処している孤独な王子(井上)に仕えることになったのは、希望を失って「もう死のう」と思っている女・ヴィリ(伊藤)。ふたりの心にやがて、思いもしなかった波が打ち寄せる。
ファンタジーと伊藤沙莉の掛け合わせは意外な気もするが、伊藤自身はどんな感想を持ったのだろう?
「ファンタジーというものをあまり演じたことがなかったので、『果たして体のなかにちゃんと入ってくるのかしら?』と思ったのですが、台本がすごく読みやすかったんです。ヴィリって、口が悪いんですよね(笑)。でも、そういうところでなくても、例えば独白だとか怒りをぶつけるようなセリフも、スッと入ってきました。舞台は久々で『うわ、意外としゃべるな』というセリフ量だったので、『入らなかったらどうしよう?』と考えたら怖すぎて、覚え始めるまで時間がかかったんです。でも、いざ手に取ってみたら『あれ? 入るぞ!』みたいな。きっと違和感がないからですよね。これは私に当てて書いてくださっているな、と(笑)」
確かにヴィリは、おとぎ話的な物語世界からはちょっと逸脱したキャラクターかもしれない。だが伊藤に言わせれば「リアルに人間を感じさせてくれる」存在。第1幕の台本には、読んでいるだけで伊藤の声が聞こえてきそうな面白さがある。彼女の持つ“ツッコミ名人”としての技量が生かされている?
「私も最初は、ツッコミを託されていると思ったんですよ。お城のなかで起こっていることは、下々の者からしたら現実離れしているのですが、いざその世界に入って見てみると『何なんだよ、この人たち』ということが多いから。そこを冷静にツッコんでいるつもりだったんです。でも最初の本読みのとき、自分のなかで流れていた声というか音が『あ、正解!』というのと、『あ、そう来るか、そっちか』というのがあって。自分の解釈と全然違うところがかなりあったんです。自分ではコメディ寄りに読んでいたところが、実は意外と切ないシーンだったりして。『あ、そうだよね』と合点がいきました。自分が観客として蓬莱さんの舞台を見に行った時に『笑えるんだけどなんだかちょっと胸が痛い』とか、『あれ、いつの間にかちょっと泣いてた』みたいなことがけっこうあって、そこが好きなのですが、『ああ、こういうところからそういう感情が生まれているんだ』と思えたのがすごく面白かったです」
もちろん、物語にコロナ禍や閉塞感といった“今”の状況が色濃く反映されているのは言うまでもないこと。
「コロナだけじゃなくて、露骨に言ってしまえば自殺とか、今起きているいろいろな問題を語っていると思うんです。それをファンタジーでくるんで、ちょっと柔らかいけどかなり尖った形で物語にしているというのが、面白いやり方だなと思います。逆に伝わりやすいと思うんですよ。当たり前の描き方じゃないから。『そう簡単にはいかせないよ』という蓬莱さんの志向が私は好きです。王子とヴィリの関係にしても、『めちゃくちゃいがみ合ってました』→『ちょっと仲よくなりました』→『末永く幸せ、イエーイ』みたいな感じには絶対行かない(笑)。『いい感じかと思いきや、そんな波かよ……』みたいな浮き沈みが、人間らしいんです」
蓬莱は今回、"音"にこだわった演出をしているという。それを受けて立つ伊藤は、「耳からお芝居をつけるのは大好き」と嬉しそう(なるほど、映画「寝ても覚めても」で伊藤が発した関西弁は、ネイティブにしか聞こえないほど完璧&絶品だったっけ!)。
「蓬莱さんは『この心の状態に名前をつけて、その音を出してほしい』とおっしゃる。表現する上で試行錯誤はつきものですが、私は不正解を出すのが怖いんですね。『“なんでそっち行った?”って思われたらどうしよう』と。その恥ずかしさとひとりで闘うのが怖いって毎回、思うんです。でも、音で言われると“試す”という方向性に持って行けますよね。舞台って稽古の期間は存分に"試し"をできるという贅沢なところ。しかも今回は“音”として試せるところに、より自由を感じます」
声を武器とする井上と伊藤の間に、どんな化学反応が生まれるのかも楽しみなところ(いつかミュージカルでも共演してほしい!)。
「芳雄さんは“王子”を主軸として存在している時と、子どもっぽいテンションになっちゃう時で声の感じがガラリと変わるんです。声だけでどんな状況かすぐにわかる。それに対して、私も自然に『出方が変わるわ』と思うし、正解の“音”を一緒に探れている、という感じがしています。勝手にですけど(笑)。このご時世ですから、稽古後の飲みニュケーションができないのは残念ですね(笑)」
デビューして18年という若きベテランだが、その割に舞台への出演は少なく、今回が4度目。避けてきたというわけではなく、ずっとやりたかったそう。
「舞台は感情が途切れず、始まってしまえばほぼほぼその人の感情のままいられるというのが、演じる側にはとても親切な環境だと思いますね。私は映像ももちろん大好きですが、映像では『カット』がかかったらそこで一旦終わり。舞台は始まったらずーっと続きますし、自分がやったことに対してのお客様の反応がすごくリアルなので、それを生で浴びられるのはすごく贅沢。それを体感するのは『気持ちいいなー』って。快感でした」
揺るぎない声の印象もあり、演技における“絶対音感”を備えていそうな安定感が、伊藤には感じられる。ところが、本人は「映像とかで自分の芝居を見ると、吐き気がするんです。『キモッ!』って思っちゃう(笑)」とは、自己評価が低すぎである。
「見るたびにいつも『なんで? 何してんの? こっち来い! 説教してやる』って思うんですよ(笑)。よかったって言ってもらえるとしてもまぐれですし、終わった後は毎作品『ああ、こうすればよかった』ということの繰り返し。その点でも舞台はいいですよね。『昨日、ここできなかったから今日はこうやってみよう』というのが可能だから。『できなかった』というのは絶対アウトなんですけど。でも、『昨日はここでわかりづらい言い方になっちゃったからもうちょっと丁寧に言ってみよう』とか。ずーっと『もっとよくしよう』が続くというのが、いい時間ですね」
そうは見られないが「緊張しぃ」で「人見知り」だそうだが、9歳でいきなりドラマデビューをした時から、演技は楽しいと思えた。
「最初は、『すごく設定を細かくつけられたごっこ遊び』くらいにしか思っていなかったんです。でもごっこ遊びが本当に好きで、要は『クレヨンしんちゃん』のネネちゃんだったんですよ(笑)。『じゃあ私はOLだけど、けっこう疲れてて』とか、『残業続きでいいかげん嫌になってる人』とか設定を考えて(笑)。兄(お笑いコンビ『オズワルド』の伊藤俊介)も表現する仕事をしていますが、兄も私もゼロイチ=“0から1を生み出す”っていうのが苦手なんです。でも『1をどうにかして面白くしよう』とか『深くしていこう』というのは好きなんですね。だから、ゼロイチは用意していただいて、そこからを自由にできるというのは性に合いすぎかと(笑)」
最近ではエッセイ本「【さり】ではなく【さいり】です。」(KADOKAWAより6月10日発売)を執筆。言葉への愛に気づいたという。
「それまではなんとなーくでやり過ごしたり通り過ぎたりしていた過去が、いざ向き合ってみると『意外と苦しかったんだ』とか、『触ると痛いものだったんだ』ということに気づけたのは、面白くもあり、結構苦しい経験でもありました。声についてのコンプレックスとか。でも文章を書くのは意外と好きなんだなと自覚できましたし、言葉がとにかく好きなので、言葉に触れるお仕事は今後もしていきたいと思います。ナレーションなども含めて。何よりもお芝居は言葉と戯れている時間が長いので、そこでも『自分に合った職に就けたな』と思います」
映画好きで知られる伊藤は、好きな映画についても語り出したら止まらない。
「伏線回収、この四文字が大好物です(笑)。『フィッシュ・ストーリー』など、伊坂幸太郎さん原作の映画は全部好き。『あ、こうだったんだー!』と驚くのが好きなんです。古沢良太さん、三谷幸喜さんや宮藤官九郎さんの作品も大好きですね。笑えるのに泣けるとか、スカッとするけど胸くそ悪いとか、相対する両面を持ち合わせているものが好きなんです。洋画だったら絶対、ジム・キャリー。『ふたりの男とひとりの女』と『ディック&ジェーン 復讐は最高!』、『トゥルーマン・ショー』と『イエスマン “YES”は人生のパスワード』は一生見ていられます。『トゥルーマン・ショー』なんて最初の方は死ぬほど笑ったんですけど、後々になると全然笑えなくなっていって。そうなってくると、2回目に見る時は最初からずーっと胸痛い、みたいな。その両極がいいんですよ」
ふむふむ、伊藤の好みを聞いていると、蓬莱竜太、そして「首切り王子と愚かな女」も、まさにドンピシャに違いない。
「蓬莱さんは、わざわざ貼ってあるバンドエイドを剥がして傷触るじゃないですか。絶対Mだと思うんですよ(笑)。それが見ていて面白い。そういうのってありますよね、血が出ると痛々しいけれどちょっと面白いとか(笑)。そういうのが人間っぽくて好きなんです。きっと一度にいろんな味がする、おいしい作品になると思います」
パルコ・プロデュース「首切り王子と愚かな女」は6月15日~7月4日に、東京・PARCO劇場で上演される。以後、大阪、広島、福岡公演あり。詳しい情報は公式サイト(https://stage.parco.jp/program/kubikiri/)で確認できる。
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