トゥルーマン・ショー

ALLTIME BEST

劇場公開日:1998年11月14日

解説・あらすじ

人生のすべてをテレビのリアリティショーで生中継されていた男を描いたコメディドラマ。離島の町シーヘブンで生まれ育った男トゥルーマン。保険会社で働きながら、しっかり者の妻メリルと平穏な毎日を送る彼には、本人だけが知らない驚きの事実があった。実はトゥルーマンは生まれた時から毎日24時間すべてをテレビ番組「トゥルーマン・ショー」で生中継されており、彼が暮らす町は巨大なセット、住人も妻や親友に至るまで全員が俳優なのだ。自分が生きる世界に違和感を抱き始めた彼は、真実を突き止めようと奔走するが……。主人公トゥルーマンをジム・キャリー、番組プロデューサーをエド・ハリスが演じ、第56回ゴールデングローブ賞で主演男優賞と助演男優賞をそれぞれ受賞。「刑事ジョン・ブック 目撃者」のピーター・ウィアーが監督を務め、「ガタカ」のアンドリュー・ニコルが脚本を手がけた。

1998年製作/103分/アメリカ
原題または英題:The Truman Show
配給:UIP
劇場公開日:1998年11月14日

スタッフ・キャスト

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受賞歴

第56回 ゴールデングローブ賞(1999年)

受賞

最優秀主演男優賞(ドラマ) ジム・キャリー
最優秀助演男優賞 エド・ハリス
最優秀作曲賞 ブルクハルト・ダルウィッツ

ノミネート

最優秀作品賞(ドラマ)  
最優秀監督賞 ピーター・ウィアー
最優秀脚本賞 アンドリュー・ニコル
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映画評論

映画レビュー

5.0 面白い

2026年7月20日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

題材が良い。でも、出落ちにならず、内容も面白かった。

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け

4.0 設定がまずぶっ飛んでて良い

2026年6月4日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:VOD

笑える

怖い

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山肉

3.0 何が真実で、何が虚構なのか。

2026年5月5日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

いわゆるリアリティ・ショーは、視聴者の興味に直接に訴えかけるということでは、抗しがたい魅力(?)があり、テレビ番組としては、それなりの視聴率も稼げる「看板番組」なのかも知れません。

実際、評論子自身も、いわゆる「警察24時」系や「大食い」系の番組は、番宣を見かけると「面白そう」と思ってしまいますし、実際に視聴したりもしています。

しかし、「もっと面白く」「もっと面白く」と視聴者の欲求・欲望を追求していくと、人の欲求・欲望には際限がないことと相俟って、プライバシーの侵害やいわれのない炎上などの事態に行き着くことは、改めて論ずるまでもないでしょう。

対象人物のプライバシーの侵害にまで至ることは、今さら評論子が指摘するまでもありません。

本作の主人公トゥルーマンは、本作が「作話」であることを知らないという設定ですけれども。
実際、本当にトゥルーマンが本作の作話性を知らないのであれば、本作の設定は、彼の人格権を著しく損なうことは、明らかです。

映画.comレビュアーの皆さんが正当に指摘するとおり、何が真実で何が虚構なのか―いわゆるリアリティ番組の危険性を浮き彫りにした一本としては、なかなかの佳作だったと、評論子も思います。

(追記)
<映画のことば>
「一人の人間の人生を晒し者にする権利が?」
「私は彼に普通の暮らしを与えている。
君が生きている現実の世界は、病んでいる。シーヘヴンは理想郷。」
「でも、彼は自由のない囚人だわ。」
「それは違う。生きる目標を持ち、本気で事の真相を知りたいと願うなら、我々は止め
ない。率直に言って、君が腹立たしく思っているのは、彼自身が、君の言う「監獄」を
気に入っている事実では?」

本作を観終わって、上記のほか、評論子には別の感慨もありました。
それは、別の一面で本作は、昨今の社会における民主主義のあり方についての強烈な皮肉になっているのではないか、ということです。

つまり、評論子のその受け止めによれば、

○本作でのテレビ番組トゥルーマンショーの「出演者」のうち、本作の主人公であるトゥルーマン・バーバンク以外は、政治家(とくに昨今では政治活動をすることが、もはやその生業となっている職業政治家)

○番組トゥルーマンショーをテレビの前で見ている視聴者は、主権者としての意識の意識が薄く、いわゆる「政治的アパシー」と称されるような、政治の動向をただ批判的な捉えるだけの「有権者」

○テレビ番組トゥルーマンショーの製作者であるクリストフは、もはや職業家と化してしまっている政治家を、その背後から操っている「官僚(ないしは官僚組織そのものの象徴)」

○本作のトゥルーマンは、何らかの理由で(誤って?)主権者として政治の世界に足を踏み込んでしまった…つまり、もはや専門化・職業化してしまっている政治の世界に、誤って迷い込んでしまった有権者

という立ち位置なのだろうと、評論子は受け止めたわけです。

すなわち、民主主義の世の中で、政治は、本来は主権者であり、それゆえ政治の「中心」を担うはずの有権者は、政治の専門化・職業化が進んでしまった今の民主主義国家では、すっかり「素人」に成り下がってしまったということでしょう。

トゥルーマン自身が、本作の社会では「迷い子」とも言える彼自身の境遇を本当に気に入っているのかどうか。
(否、むしろ、評論子の受け止めとしては、満足はしていなくても現実を是として受け止めた上で、なんとかより良い状況を求めようとしている=ローレン(シルヴィア)が住むフィジーへの旅に出ようとしている、というのが評論子の理解なのですけれども)
つまり、上掲の映画のことばでクリストフがいうように、トゥルーマンが、彼にとっては「監獄」ともいうべき「この社会」を気に入っているかどうかは、ひとまず措くとして。

現実に彼が位置している「この世界」から旅行に出たいいというトゥルーマンの意思は、民主主義国家における有権者(=主権者)としての主体的な行動とみるべきでしょう。

しょせんが「作り物の世界」の中で、彼のその主体的な行動を、荒唐無稽として、嘲笑(あざわら)うことは、評論子らには、とうてい不可能なことではないか、とも思います。

空中からの落下物で飛行機の安全性に疑問を持つように仕向けられたり、乗るべき飛行機が満席で予約が受け付けられなかったり、ようやく乗ることのできたバスは車輌故障で運休。マイカーに乗り換えても、渋滞で他車に進路を塞(ふさ)がれたり、山火事が起こったり、果ては「原発事故」とやらで、道路が封鎖されてしまう―。
ようやく海に活路を見いだしても、またまた「意図的に作り出された嵐」に翻弄されるなど、幾多の妨害工作に、たとえ遭遇させられたとしても―。

ましてや、幼少の頃に父と遭遇した海難事故でのトラウマからか、それまでは水が怖くて川にかかる橋すら渡れなかった彼が、妻・メリルの助けを借りてとはいえ何とか渡り切り、あまつさせ、ヨットまで仕立てて本懐を貫き通そうとする、彼のその主体的な意思、選択を。

一応は民主主義社会の体裁は保っていても、それぞれの社会の中での立ち位置が固定化してそれぞれの役割をひたすら果たすだけという、もはや「劇場と化してしまっている国家」(theatre state)から、周囲からの同調圧を跳ね退けても自分の「個」を貫こうとするトゥルーマン。

両者を対比し、本当の意味での「民主主義」というものに思いを致すとき、果たして「病んでいる」といえるのは、トゥルーマンの方であって、彼を取り巻く現下の社会の方なのではないと、誰が、どういう根拠で断定できるでしょうか。

一見すると荒唐無稽なコメディとも受け取られそうな本作ですけれども。

あながち、そうとも決めつけられない。
現下の民主主義社会に対する風刺的な作品としても、十分な評価が与えられてしかるべきだとも、評論子は思います。

(追記)
<映画のことば>
「世界中が見てる前で、彼を死なせるのか?」
「生まれた時も同じだ。」
「転覆だ!」

世上では「官僚の独善」ということが、ときとして世論の批判の的になったりもしますけれども。

「人々に希望と喜びを与えているテレビ番組の製作者」と自らを位置付ける、そのクリストフが、徹底してリアリティを追求することで、トゥルーマン自身も現実の世界を気に入っているという、彼のその「決め付け」も、上掲の映画のことばと併せて、その「独善性」を指し示すもの以外の何ものでもないことでしょう。

クリストフの「官僚性」は、これらの徴表からも充二分に窺われると、評論子は思います。

随所に仕掛けられたカメラやスタジオセットの機材を自由自在に操るように、その世界でのルール(法律)に基づいて権限を与えられている官僚は、常に、自らの「独善性」を疑い、自戒しなければならないのだとも、評論子は思います。

(追記)
<映画のことば>
「私が話したことは、全部本当よ!
空も海も全部、舞台装置。
番組の一部なのよ。
彼らの話は全部嘘よ!」

いわゆる「民主主義国家」とやらになって、政党政治が普遍化してからは、政治の劇場化は、著しくなったとの指摘もあります。
いわゆる「党義拘束」による制約など、自身の政治的信念に基づく個々の議員の主体的な議員活動は、政党政治の歴史を刻むごとに困難にもなっているとも聞き及びます。
(もちろん、政治の世界に身を置いたことのない評論子の傍聞(かたえぎき)する限りの話ではありますけれども。)

そんな中でも、ローレン(シルヴィア)のような、主体的な活動をする「政治家」もいたことを、印象深くも思いました。

(追記)
<映画のことば>
「人生は、どうなるか分かりませんよ。」

これからも幾多の困難は待ち受けているでしょうけれども。

しかし、評論子は、トゥルーマンには(番組「トゥルーマンショー」の放映打ち切り(?)後も変わることなく、その主体性を貫いてほしいものだとも思います。

作中で効果的に使われている音楽―トルコ行進曲(モーツァルト:ピアノソナタ第11番 イ長調 K.331:第3楽章)の軽快で、活気的な雰囲気の調べのように。

これからも屈することなく、有権者としてのその主体性を貫き通すであろう彼への、精一杯のエールとして。

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talkie

4.5 病むわこれ。

2026年4月6日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

怖い

興奮

斬新

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かなりあ