【若林ゆり 舞台.com】波瀾万丈、数多の受難を乗り越えたミュージカル「イリュージョニスト」が見せる、極上の幻惑!
2021年1月29日 11:00
オリジナルの作品を作る時は、どんなものでも産みの苦しみがつきものだ。しかし、日英合作ミュージカル「The Illusionist イリュージョニスト」ほど数多の試練にさらされ、数奇な運命を辿った作品も稀だろう。これはスティーブン・ミルハウザーの短編小説「幻影師、アイゼンハイム」(白水uブックス「バーナム博物館」所収)をニール・バーガー監督が脚色、エドワード・ノートン主演で映画化した「幻影師アイゼンハイム」をミュージカルとして生まれ変わらせようという意欲作。梅田芸術劇場が、イギリスでヒットメイカーとして知られる演劇プロデューサー、マイケル・ハリソンと手を組み、約5年をかけて企画・制作にあたってきたオリジナルミュージカルである。イギリスの精鋭スタッフを迎え、2020年の12月から21年1月にかけて、日本で華々しくワールドプレミアの幕が上がる……はずだった。
ところが20年7月、主演に決まっていた(19年秋に行われたワークショップにも参加していた)三浦春馬さんが急逝。新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、上演決行か中止か、何カ月もかけて協議が重ねられた。そしてようやく11月、主役・アイゼンハイムに、当初皇太子レオポルド役でキャスティングされていた海宝直人が、皇太子役には成河が代役として出演、21年1月後半に上演することが発表となる。ところが稽古も白熱していた12月中旬、今度は出演者・スタッフ複数名が新型コロナウイルスに感染していることが判明し、稽古は中断を余儀なくされた。クリスマスには演出内容を変更し、コンサートバージョンで上演することが決定する。結局、日程は1月27日~29日の3日間と短縮され、緊急事態宣言で客席数も半減。楽しみにしていた多くのミュージカルファンにとって、「The Illusionist イリュージョニスト」はまさに"幻"の公演になってしまったのだ。
その貴重な公演の公開稽古が、1月26日に行われた。これが、実に素晴らしいものだった。何度も大波を被りながらも航海を止めず、「できうる限りのことをやろう。なんとしても観客に楽しんでもらおう」というスタッフ・キャストの熱意と心意気が、見事に結実した舞台。急ごしらえとは思えないし、コンサートバージョンの領域を遙かに超えている。これがたった3日しか公演できないなんて!
コンサート形式と言えば、ミュージカルナンバーをキャストが客席に向かって歌い、ナレーションなどでつないだものを想像する人も多いだろう。しかし、この作品は違う。セリフはすべて演じられ、振りやダンスも、豪華な衣裳も早替えもある。舞台奥にはレッドカーテンとオーケストラがあり、舞台中央に、四角い舞台上舞台。ないのはセットだけなのだ。これがかえって面白い効果を生んでいた。なぜなら、セットのない舞台空間に幻惑の作品世界が立ち上がり、見る者の想像力をものすごくかき立ててくれるからだ。
物語の舞台は、19世紀末のオーストリア・ウィーン。芸術の都で人々を夢中にさせていたのは、アイゼンハイムという奇術師による大がかりなイリュージョンショーだ。ある日、噂を聞いたオーストリア皇太子レオポルドがショーを見に訪れる。その時アイゼンハイムが舞台に上げた皇太子の婚約者こそ、彼が少年時代に恋に落ち、身分違いで引き裂かれた公爵令嬢ソフィだった。一瞬にして恋心を再燃させるアイゼンハイムとソフィ。そんなふたりに皇太子の腹心でもあるウール警部が目を光らせ、ふたりの密会を知った皇太子は怒りに震える。そこに悲劇が。皇太子と言い争った夜、ソフィが遺体となって発見されたのだ。真相を突き止めようとするアイゼンハイムの舞台に、ソフィの幻影が現れる……。
原作ものの映像化では、多くの場合、文字を読んだ時に個々が思い描いたイマジネーションを超えるのは難しい。ただ、「幻影師アイゼンハイム」の場合はストーリーが別物すぎて、かえって抵抗なく見られるかもしれない。なにしろ原作ではソフィもウール警部もわずかに触れられているだけだし、皇太子は登場しない。奇術師と奇術についてのシンプルな物語に、まるで奇術のような大がかりな仕掛けを施し、マジカルな恋物語に仕立てたバーガー監督の手腕はなかなかのものだ。ただし、映画でいただけないところがある。それは、イリュージョンの描写。あからさまに嘘っぽいCGで描いているので、興ざめしてしまうのだ。ここが、想像力を超えられないところだった。
その点、今回の舞台は想像力で補う余地がある。シンプルだが、旨みはたっぷり。キャストが大道具や椅子を出し入れしてなめらかに展開していく舞台は、スリリングでまさにイリュージョンのようなのだ。
演出のトム・サザーランドは日本でもミュージカル「タイタニック」や「グランドホテル」を手がけた人で、群衆や空間の使い方がうまい。舞台の奥と手前で、別々の場でのやりとりを同時に立ち上げたり、アンサンブルの出入りで物語を立体的に見せ、聞かせたり。棺などの大道具、赤白の紙吹雪で象徴的に描いていく、効果的な演出プランにゾクゾクしっぱなし。
加えて、曲がいい。転調に次ぐ転調で、作品にふさわしい幻想感と情緒を醸し出す音楽を手がけたのは、イギリスのナショナル・シアター作品などで注目される若手作曲家マイケル・ブルース。この名前、今後のために覚えておこう。
そしてもちろん、キャストがすごいのだ。間違いなく日本ミュージカル界で最高レベルの表現が、めくるめく観劇体験をもたらしてくれる。全員がハイレベルな歌唱力を持っているが、自分に酔うような歌い方をする人はいない。役の感情をメロディに乗せ、伸びやかな声で訴えてくる。この作品に、三浦さんの幻影を見るのではないか、と思う人もいるだろう。もしかしたら、三浦さんの作品に寄せていた思いは、見えるかもしれない。その思いを無にしてはならないと全力を尽くした海宝の説得力は、圧倒的のひとことだ。奇術に魅せられたミステリアスな顔から、恋のためにすべてを賭ける男の一途さまで、力強く繊細に演じきった。「観客の心に刻みつけよう、この姿を」と歌う彼の姿は、くっきりと心に刻みつけられたのだった。
助演陣も、非の打ちどころがない。冷静さと過激さを併せもった皇太子を色濃く演じた成河。映画のポール・ジアマッティとは違ったシリアスなタッチで観客と物語をつなげてくれた、ウール警部の栗原英雄。はかなげでしなやか、ヒロインの存在感を発揮したソフィの愛希れいか。そして、映画ではエドワード・マーサンが演じていた興行師役を女性に変えた、ジーガ役の濱田めぐみ。この役はミュージカルの醍醐味。たくましく、したたかで、カッコよく、愛情深い彼女の存在が、作品をパワフルに引っ張っていたことも忘れがたい。
グイグイ引きつけられ、ノンストップであっという間の1時間50分。少ない時間で、限られた条件下で、ここまで作り込んで楽しませてくれたスタッフ・キャストの努力は並大抵のものではなかったはずだ。心から感謝。このバージョンの完成度が想像を絶するクオリティだったので、いつか絶対に上演されるはずのオリジナル演出バージョンが楽しみで仕方なくなった。セットが組まれ、イリュージョンもしっかりと仕掛けられ、場面転換や"間"のもたらす余韻や情緒が加わったら、いったいどうなるのだろう? 待ちきれない気持ちだ。
初日を目前にしたゲネプロの終演後、海宝は感慨深げに挨拶をした。
「いよいよお客様をお迎えできることに喜びを感じています。この作品はたくさんの山を乗り越えて、ここまでたどり着きました。三浦春馬さんを失い、コロナのこともあり、どのような形で上演すべきなのか、中止すべきなのか私自身悩み、いろいろなことを相談させていただきながら進んできました。その中で、クリエイター・チームのみなさんと、キャスト・スタッフすべてが『決して諦めることなく、作品を必ずお客様に届ける』という思いに共感して、強い思いで今日までやってきました。心折れそうな瞬間も不安もありましたが、全員が諦めずに前進してきたからこそ今日を迎えられたと思っています」
さらに、作品の内容について「今の時代にマッチしている」と掘り下げ、観客へのメッセージとした。
「この作品は真実、嘘、何が正義で何が悪なのかを問いかけています。今は、果たして何が本当なのか、フェイクなのかを考えていかなければならない時代。僕自身もこの作品について考えることが、自分の思考の凝り固まったところに対して、違う方向から見たら違う事実が見えるのではないかと考えるきっかけになりました。今のように追いつめられ、疲弊している状況では、刺激的で自分の感情をぶつけられる人を信じやすいという危うさがあります。公演をご覧になるお客様にも、正義について改めて考えていただく機会になればと思います。もちろんそれだけでなく、音楽や豪華な衣装などたくさんの見どころがあります。尊敬する共演者のみなさんと短い期間で作ってきましたが、明日はその苦労を決して感じさせることなく、楽しい作品をお届けしたいと思っています」
ミュージカル「The Illusionist イリュージョニスト」は1月27日~29日、東京・日生劇場で上演。詳しい情報は公式サイト(http://illusionist-musical.jp/)で確認することができる。
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