「地下鉄道」における音楽の重要性 バリー・ジェンキンス監督&作曲家ニコラス・ブリテルが語る
2021年5月27日 10:00
第89回アカデミー賞作品賞に輝いた「ムーンライト」のバリー・ジェンキンスが手掛けるドラマシリーズ「地下鉄道 自由への旅路」が、Amazon Prime Videoで独占配信中。ジェンキンス監督は、米SXSWで行われたQ&Aに出席し、長年タッグを組んでいる作曲家のニコラス・ブリテルとともに、同作の制作経緯を語ってくれた。(取材・文/細木信宏 Nobuhiro Hosoki)
ピューリッツァー賞を受賞したコルソン・ホワイトヘッドの小説を、全10話でドラマ化。タイトルの「地下鉄道」とは、19世紀アメリカの黒人奴隷たちが、奴隷制の廃止されている北部へ向かうために使用した逃亡路、彼らを手助けをした組織を指す言葉だ。ジョージア州のプランテーションを脱走した少女コーラ(スソ・ムベドゥ)が、南部の土壌の下にある線路とトンネルの秘密のネットワークを発見し、自由を求めて逃走。歴史的史実を飛躍させた物語を展開しつつ、奴隷制の過酷な状況をしっかりとらえている。
ジェンキンス監督は、ホワイトヘッド作品について、処女作「The Intuitionist(原題)」の頃から好きだったようだ。
ジェンキンス監督「コルソンの作品は、いつもチェックしていた。実は『The Intuitionist(原題)』を脚色したいと思っていたが、彼と連絡が取れず、映画化権も得ることができなかったという過去がある。だから、小説『地下鉄道』のことを聞いた時、黒人が地下鉄道を作っている姿を想像し、それが奇抜な発想だと思ったから『コンセプトは予想できない作品になっているだろう』と勝手に思い込んでいたくらいだ。それからすぐにAmazonで原作を買った。読んでみると、すぐにこの原作に関わりたいと思った。だから『ムーンライト』がテルライド映画祭でプレミア上映される前、コルソンに『ムーンライト』のスクリーナーのリンクを送ったんだ」
「ムーンライト」でオスカーを手にしたことで、「地下鉄道」の映画化権も獲得。脚本執筆を開始したそうだが、脚色作業にはずいぶんと時間がかかったとのこと。また、本作は主人公コーラの視点が中心に。そのためキャスティング次第では、全く別の作品になる可能性があった。なぜムベドゥの起用へと至ったのだろうか。
ジェンキンス監督「僕自身は、俳優を雇う上で、門戸開放政策(自由貿易政策のことを指す。ここでは『全ての俳優に等しい機会を与えている』という意味で使用)を行っている。特に、原作を脚色する時は、実在の人物を演じる場合とは全く違う。そのため、オーディションの際は“俳優がどんな心持ちで、主役コーラを見せてくれるか”で決めている。冒頭、コーラは自分をちゃんと把握できず、自身を外部の人に表現することができていなかった。だからこそ、複雑な感情を内に秘めることができる。例えば姿勢だ。些細な表現でコミュニケーションがとれるような俳優が良いと、事前に判断していた。コーラは16歳くらいの子どもにも見えるけれど、大人の女性にも見える。スソをオーディションした際、彼女の見た目が年齢不詳だったので適役だと思った」
「ムーンライト」「ビール・ストリートの恋人たち」でもタッグを組んだブリデルとは、本作の音楽に関する話を数年前から進めていた。
ブリデル「バリーは、企画から今作の制作に入るまでに数年間費やしていたため、あまりにもたくさんの音楽のコンセプトを持っていた。そのコンセプトを念頭に置きながら、18カ月もかけて、音楽を手掛けていった」
制作が行われたのは、コロナ禍でのこと。隣り合って共作するという通常のスタイルは回避せざるを得なくなり、ジェンキンス監督は自身が活動のベースとしているジョージア州、ニックはニューヨークからZoomを通じてやり取りしていたそうだ。では、音楽はどのように完成していったのだろうか。
ブリデル「ある時、バリーからオーディオのメッセージが届いた。それを聞いてみると、ドリルで穴を開けているような音がしていた。しばらくして、バリーから『僕が送ったオーディオの意図がわかるかい?』と聞かれたんだ。何度か再生しているうちに、彼が何をしようとしているのかがわかったんだ。僕はそのオーディオを使って、色々なことを試してみた。結局、メッセージで送られてきたアイデアを『地下鉄道』で使うことになった。そんなアイデアが、バリーにはたくさんあったんだ」
ジェンキンス監督「このドリルの音は、撮影現場の近くで録音したものだ。工事をしていた人々は、撮影が昼休みに入った時に作業をしていた。工事の音が、撮影の邪魔にならないようにしてくれていた。その音を聞いた瞬間、僕はひらめきを得たんだ」
そして、ジェンキンス監督は「ムーンライト」「ビール・ストリートの恋人たち」とは「“音楽のアプローチ”が異なっていた」と明かす。「音楽に関するアイデアは、撮入前まで全くなかった。『ムーンライト』では具体的なアイデアがあり、『ビール・ストリートの恋人たち』では金管楽器の使用を考えていた。でも、今作ではこれまでとは全く異なる時代だったし、その時代に生きていた人たちの感覚で作るべきだと思った。しかし、当時の音楽は録音されていないし、証言もない。そのため、新たな音楽のアプローチを考えるしかなかった」と告白。その結果、逆再生の映像とともに“音も逆再生する”という発想に至ったそうだ。
ブリテル「僕らはスコアの段階に到達すると、まるで洞窟に入った時のような状態になる。外の世界を遮断し、手作業を行うんだ。バリーの熟考したアイデアを聞き入れ、作品として手がける――この過程は、僕自身の感情を揺さぶる体験になったんだ」
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