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大泉洋と松岡茉優に「価値観が変わった1冊」を聞いてみて分かったこと

2021年3月22日 12:00

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丁々発止のトークを繰り広げた大泉洋と松岡茉優
丁々発止のトークを繰り広げた大泉洋と松岡茉優

俳優の大泉洋が主演を務める映画「騙し絵の牙」は、成り立ちからして少々複雑だ。作家・塩田武士氏(「罪の声」「デルタの羊」)が、大泉をイメージして主人公を「あてがき」し、出版業界と大泉を4年間にわたり徹底的に取材して執筆した意欲作。だが、映画は大泉を主演に迎えながらも、メガホンをとる吉田大八監督が原作をいったんバラバラに解体して脚本を再構築している。大泉とヒロインの松岡茉優は、吉田組の現場でどのようなことを体感し、目撃したのか……。縦横無尽に弁の立つ2人に話を聞いた。(取材・文/編集部、写真/間庭裕基)

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映画のメインビジュアルで、出版社「薫風社」のカルチャー誌「トリニティ」の速水輝編集長に扮する大泉は不敵な笑みを浮かべているが、その奥で吉田監督が確信犯的にほくそ笑んでいるに違いない……と観る者に思わせる仕上がりになっている。吉田監督は、「スターとしての華を持ちながら、疑い深くて慎重なところ」と大泉の魅力を評しているが、その洞察眼が、そのまま作品にも反映されたと解釈することもできる。

同作は、大手出版社「薫風社」では創業一族の社長が急逝し、次期社長の座を巡り権力争いが勃発するところから始まる。専務の東松(佐藤浩市)と常務の宮藤(佐野史郎)が派閥争いを繰り広げるなか、東松が進める大改革によって売れない雑誌は次々と廃刊のピンチに陥る。「トリニティ」編集長の速水も無理難題を押し付けられて窮地に立たされるが、人当たりの良いソフトな笑顔の裏にはとんでもない“牙”を隠し持っていた…。

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斜陽産業と言われて久しい出版業界は、劇中でも不況にあえいでいる。書店に行かずとも、ワンクリックで自宅に欲しい本が届く世の中だから、さもありなん。日進月歩のデジタル社会にあって、それでも「活字」「紙」「書店」を支持する層は少なくない。今作の主要な登場人物たちも、立場は違えど各々が本に愛情を持っている。活況を呈した全盛期、雑誌の発行部数は分かりやすいバロメーターであり、広告クライアントにとって出稿の判断基準になった。面白いか否かは別にして、満稿と思しき当時の人気雑誌は分厚く、勢いがあった。

映画では、そういった背景を原作が書かれた時代から更にアップデートしているのだが、それ以上に瞠目すべきポイントがある。筆者は、19年10月30日のクランクイン直後に脚本を読む機会に恵まれたのだが、まさに目を瞠(みは)った。原作は刊行直後に読了していたが、吉田監督は潔いほどに原作をいったんバラバラに解体し、映画として成立させるために今一度、映画用に「あてがき」して再構築するという、途方に暮れそうなほどに緻密な作業を敢行していた。完成した本編を鑑賞し、更に驚かされた。大泉をあてがきして作られたはずの主人公・速水から、「大泉洋」らしさというものが排除されていたからだ。ふたりは脚本を読んでどのような印象を抱いたのだろうか。

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大泉「わたしは割と早い段階から読んでいましたから、最初に読んだときに『おお、だいぶ変わったな』という感じは確かにしましたね(笑)。おっしゃる通り、原作を一度バラバラにして、映画用に作り直しているんですね。そのうえで、映画にしてお届けするエンタテインメントとして面白いものになっているんじゃないかな。原作の面白さもありながら、『騙し絵の牙』というタイトルの通りの作品になっているかなという気がしています」

これだけ完成度の高い話題作に手を加えるのは、相当の勇気と覚悟が必要なのは言うまでもない。そこを躊躇することなく、大胆かつ繊細にやってみせた吉田監督と楠野一郎の仕事ぶりには、驚きを禁じ得ない。創刊100年を超える「小説薫風」から速水に引き抜かれる形で「トリニティ」に異動してきた新人編集者・高野恵役の松岡は、意外な点に着目していたようだ。

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松岡「私は先に脚本を拝読したのですが、そのあとに原作を読んだときに『あ、大泉さんとのラブシーンが全てなくなっている!』と思って、チェッと思いましたね(笑)」

大泉「ははははは。原作の企画が動き始めた当初から映像化を視野に入れていたようなので、私が原作の塩田先生に言っておいたんですよ。『もちろん大人の物語として濡れ場も描きなさい』と。出来上がってきたものを見たら、本当にあったもんだから笑っちゃいましたよ。映画では、綺麗になくなっちゃいましたねえ(笑)」

松岡「(原作では)机の下で足を絡め合ったりしていますもんね。大泉さんとは上司と部下、もしかしたら親子なんてことも可能な年齢差があるので、今作でラブシーンが出来なかったのは残念ですね」

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大泉「まあ、だいたいこういうことを言いながら、事務所がラブシーンNGを出していることが多いんですよ(笑)」

松岡「違う、違う! 私の出演が決まる前から脚本は出来上がっていたわけですから!」

夫婦漫才のようなやり取りを繰り広げるふたりだが、大泉は松岡を「いつも僕と話をするときに『我々は』と、僕と松岡さんをまとめて言ってくれる。確かに僕たちは考え方が似ている」と話している。

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大泉「そうそう、とにかく気を遣われるんですよ。トークをしていると、彼女も面白いことを言いたいタイプなわけですよ。そういった時、ちょっと失礼なことを混ぜたりするわけだけど、彼女はちゃっかり言っても、その後ちゃんとフォローしているんですね。芸能界の中でどう泳いでいこうとしているのかという雰囲気が、似ているんです(笑)。松岡さんも、ちょっとそう思っていらっしゃるんじゃないかな」

「いえいえ、恐縮です。私が勝手に尊敬しているだけですから」と照れ笑いを浮かべる松岡は、真っ向から対峙した大泉に何を思ったのだろうか。

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松岡「今作の大泉さんは、ちょっと怖いんですよ。母が大泉さんの大ファンということもあって、ずっと羨望の眼差しで見てきたのですが、印象が変わる作品だと思いました。何を考えているのか分からないから。役としても、お芝居をするときも、『この人、本音を言っていないな』というのが分かる感じというか。お茶の間のスターで、時に励まされ、時に笑わせてもらってきた大泉さんが、大泉さんじゃないんです。そんな意識で、ちょっとドキドキしながら劇場に足を運んで頂きたいなと感じています」

松岡の発言に満足したのか、穏やかな面持ちで「うんうん」とうなずく大泉だが、筆者の口から発せられた次の質問で、表情に微妙な変化が生じたことを筆者、そして松岡も見逃さなかった。

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出版社を取り巻く話の延長線上として、「これまで読んできたなかで価値観を変えてくれた本は? 最近読んだなかで印象に残っている本や雑誌は?」と聞いたときのことだ。大泉は、聞いたこともないような小声で、松岡に「どうぞ」と先を促した。

松岡「わたしは本の世界に額をこすりつけたいくらい本が好き。読み方とか死生観を変えてくれたのは、天童荒太さんの『悼む人』。ガランと世界が変わった本でした。あとは、恩田陸さんの『Q&A』にも影響を受けました。やはり、人の生と死に関わる本というのは、印象深いものがありますね」

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大泉「………。恥ずかしいんだけど、わたしは本当に本を読まないんですよ。だから、『ダ・ヴィンチ』という雑誌の表紙の仕事が実は苦手でね(笑)。もともと、『騙し絵の牙』もそこから始まっているんですよ。表紙のお仕事の時、毎回オススメの本を持ってくれと言われる。私は本を読まないから、持ちたい本はないと。仕方がないから、編集者に『俺に主人公が出来そうな本を教えてくれ』と。将来的に私のもとへ映像化の話が来るかもしれないと思えば、読みたくなるからって(笑)。それで、その編集者が『じゃあ、いっそのこと作りましょう』という話になり、塩田さん執筆で『騙し絵の牙』という形になったんですよ(笑)」

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なるほど、本についての話はあまりしたくないのだということは理解できた。だが、筆者は不発に終わることを覚悟しながらも、無言のまま微笑みを浮かべて先を促してみた。すると……。

大泉「そうですねえ、最初にちゃんと読んだ本ということでいえば、リリー・フランキーの『東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~』じゃないかなあ。16~17年くらい前でしたかね、ドラマに出演させて頂くことになって、さすがに読まなきゃいけないなと。どこか仕事で海外へ行くときに飛行機の中で読んで、もうボロボロ泣いてね。うん、最初にちゃんと読んだ本は『東京タワー』だと思います」

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筆者「大泉さん主演で3本も映画化された、東直己さんの『探偵はBARにいる』シリーズは読まれたんじゃないですか?」

大泉「そうですね、『探偵はBARにいる』は読みました。自分が出演するものの原作は、そりゃあ読みますよ」

松岡「ということは……、大泉さんに読んでほしいという方は……」

大泉「そうです、そうです! 大泉主演で将来映像化したいんだ! という方々は、ぜひご連絡ください。そういう作品は読ませていただきますから!」

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なんとか会話が回ってくれたことに安堵しながら、吉田監督の演出について話を振ってみた。配給の松竹が吉田監督を立てて映像化権を獲りにいき、各社との争奪戦を制したのは18年春のこと。松岡にとっては、自身のキャリアにとってターニングポイントとなった「桐島、部活やめるってよ」で起用されたことで、その後の躍進へと繋げた。いわば、吉田組は8年ぶりの“ホーム”といえる。

松岡「がっかりされたくないというのが、オファーを頂いた時からありました。『8年ぶりでこれかよ』って思われたくないという一心。当時は16歳で学生でしたから、まだまだ甘えもありました。8年経って、もう大人ですし、俳優として生きているんだから…と自問自答しました」

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その思いが、最後の寄りのカットで結実することになる。ある種、松岡の吉田組への思いが溢れ出る形で成立した表情といえるのではないだろうか。

一方、大泉は福田雄一監督作「新解釈・三國志」、福澤克雄が軸となって演出したドラマ「ノーサイド・ゲーム」を経てからの吉田組となった。

大泉「福田組からダイレクトで吉田組じゃなくて良かったですね。ジャイさん(福澤氏の愛称)の現場を挟むことで、相当緊張する場を経てきていますから。インまでは、めちゃめちゃ脅されていましたから。リリー・フランキーからは『吉田組は30テイクくらい平気でやる』って。30テイク? まじか! と思って、怯えまくって現場に入ったのですが、蓋を開けてみたらそこまでじゃなかった。1発OKなんて簡単に出ることはないんだけど、指示は的確で分かりやすかったので、そこにアジャストしていく作業は面白かったです」

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松岡「『桐島、部活やめるってよ』の時は10代の役者が多く集まっていたからか、あまりテイクを重ねるという印象はなかったんですよね。リリーさん、確かに私にも『少なくとも50より上のテイクだ』っておっしゃっていましたね(笑)」

大泉「ははは。どんどん増えていってるな、あの人(笑)」

松岡「演出助手の方からうかがった話だと、最大で3桁のテイクがあったらしいですよ」

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大泉「3桁? そう考えると、この現場はたまに1発OKあったよね。監督が『OK!』と言った瞬間、共演者たちが顔を見合わせたよね(笑)。スタッフさんもテストみたいな気持ちでやっているから、『ええっ!?』みたいな顔をしていたなあ」

疾走感溢れる内容だが、キャスト陣の芝居場はしっかり用意されている。宣伝文句にもあるように「騙し合い」を繰り広げるだけでなく、同時に「次なる一手」を考えながら動いている。ふたりは今後のキャリアについて、いまどのようなことを考えているのだろうか。

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松岡「今年で26歳になりまして、20代前半が終わったわけです。今回、木村佳乃さんや小林聡美さんという年上の女性とご一緒させていただいて、素敵だなあ、格好いいなあって改めて感じました。お話しさせていただいたら凄く柔らかくて…。私もそういう柔らかい女性になりたいなと思っています。30歳に向けて、挑戦を続けていきたいです」

大泉「私は今年48歳になりますから、もうすぐ50歳になってしまいますよ。そこに向けてどうしていけばいいかしらと思いながら、なかなか将来を考えずに生きてきたもので…。でもね、2011年に『大泉ワンマンショー』というのをやったんですが、久々にこのワンマンショーをやりたいということで話をしているんですよ。何年後かに、またやりたいと思っています。関係者には一切案内を出さずにやりますけどね(笑)」

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