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【中国映画コラム】「アバター」は映画の教科書だ グー・シャオガン監督が語り尽くす「春江水暖」

2021年2月14日 15:00

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「春江水暖 しゅんこうすいだん」(公開中)
「春江水暖 しゅんこうすいだん」(公開中)

北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数279万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!


第72回カンヌ国際映画祭批評家週間クロージング作品に選出され、カイエ・デュ・シネマベストテン(2020年)の第7位にランクインを果たし、フランスでの一般公開では動員14万人突破――世界中の映画関係者、映画ファンを驚かせたグー・シャオガン監督の傑作「春江水暖 しゅんこうすいだん」が、ついに日本公開を迎えました。

グー・シャオガン監督は、「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ」のビー・ガン監督と同じく、世界から注目されている中国新世代の若手監督。中国・山水画の傑作「富春山居図」からインスピレーションを得た本作では、絵巻を広げていくような長回しを使用し、今までにない“映画言語”を生み出しました。

グー・シャオガン監督
グー・シャオガン監督

物語の舞台となるのは、大河・富春江が流れる杭州市富陽区。昔の富陽は、まるで奥多摩のように自然が豊かでした。しかし、近年は中国経済の急速な発展によって、街全体が再開発の対象となっています。物語は、激動の時代に生きる大家族に焦点を当てながら、中国の“今”を絵巻のように表現しています。

この“映像絵巻”をどうやって完成させたのか。

中国新世代の才能は、どのような人生を歩んできたのか。

グー・シャオガン監督は、2度もインタビューに応じてくれました。その内容をまとめましたので、是非ご一読ください!

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――まずは、企画の経緯について教えて頂けますか?

最初は、両親の話を撮りたいと思ったんです。私の両親は、以前レストランを経営していました。杭州は、G20杭州サミットを経験してから、街全体がどんどん変わっていきました。その様子はリニューアルとも言えるほどです。その結果、両親のレストランも、新しいビルを建てるために無くなってしまいました。

当時、既に私はレストランの話を撮りたいと考えていて、取材を開始していましたが……時代の変化が、想像以上に激しかったんです。ジャ・ジャンクー監督の「長江哀歌(エレジー)」を思い浮かべましたね。杭州は、2022年のアジア競技大会開催都市にもなっているので、本当に別の街に変化したような感覚です。私たちが住んでいる富陽区は、杭州市に属しています。今回のアジア競技大会における3会場が同区にあるため、地下鉄も通りましたし、高速鉄道に乗れば、大体4時間で約1200キロ先にある北京にまで行けます。この変化に驚きました。

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――この10年間、中国の変化は本当に激しいですね。

だからこそ、可能な限り、この時代の変化を表現したいと思ったんです。その上で「家族の物語を入れられたら」と考え、企画をスタートさせました。そこから、2つのテーマに興味を抱きました。ひとつ目は「愛」ですね。今回の物語には、私のこと、友達に関することがたくさん入っています。

江先生と顧さんのラブストーリーは、私の親戚の話なんです(笑)。まるでシェイクスピア的な世界のような、階級、経済的な理由で家柄が合っているかどうかという問題があります。私はその点に好奇心を抱くんです。中国は発展し続け、現代的な考え方を持っている方も多いのですが、なぜこのようなことが起こるのか――私は、議論したいほど気になっています。「春江水暖 しゅんこうすいだん」は三世代の物語でもあります。三世代それぞれで価値観は異なり、それは時代の変化によって変化しています。

もうひとつ描きたかったテーマは「親孝行」です。私の親世代の方々は、まだ一人っ子政策の影響を受けていないので、皆兄弟姉妹がいます。一方、私たちの世代は大半が一人っ子。両親の世代に比べて、扶養問題、子育てに関しては、それほど複雑なものは抱えていません。

小津安二郎監督の「東京物語」に少し似ていますね。「東京物語」では、長男が患者を選ぶか、自分の両親を選ぶか、非常に悩んでいるじゃないですか? 人生には色々なことがあり、難しいことばかり。「春江水暖 しゅんこうすいだん」は、特に両親世代の人生について描きたいと思ったんです。

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――2つとも大きなテーマですね。一方、山水画のような描き方は、本当に斬新でした。この手法をとった理由をお聞かせいただけますか?

以前、北京の書道教室に通い、書道を勉強していたことがありました。習い始めて1年以上経つと、中国の伝統文化に対する見方が変わってきたんです。私は、中国の伝統文化に対して……あなたにもわかるかもしれませんが、伝統文化といえば、面白くなく、古いものだと感じますよね。だから、自分とはあまり縁のないものだと思っていたんです(笑)。

しかし、書道は、私の考え方を大きく変えました。それまでは伝統に対する誤解から、内実を知ろうともしませんでしたし、現代社会に対してどのような意味合いがあるかもわかっていませんでした。書道は、映画を撮り始めるきっかけだと言ってもいいと思います。

無意識のうちに「この作品は富春山居図だ!」と思うようになっていたんです。「富春山居図」は、私の故郷・富春江沿岸の景色を描いていたもの。描かれた時代から六百年が経っていますが、川の両岸はあまり変わっていませんでした。だからこの絵は、当然映画の一部だと思っています。逆に言えば、この映画は「富春山居図」の六百年後の物語とも言えるでしょう。「中国の絵画を、どうやって映画で表現するのか?」。色々考えを巡らせた結果、映画のタイトルを「富春山居図」にし、皆さんが鑑賞している時も「富春山居図」として見て欲しいと思ったんです。

――だから、英題を「Dwelling in the Fuchun Mountains」(「富春山居図」の英訳)にしたんでしょうか?

そうです。ですから、本質的に映画として扱ってなく、絵画として表現しているんです。なので、絵巻という形式で構築し、映画を三部作……いえ、三巻にしました。「春江水暖 しゅんこうすいだん」を見終わった時、「あ、これは第一巻だったんだ」と感じられるようにしているんですよ。

2022年にアジア競技大会を迎えることを考慮して、杭州の10年間の変化を、映画を通して見せたいと思っています。「清明上河図」のように! 「清明上河図」は芸術的価値だけでなく、文献としての価値もあると思います。当時の市井の人々の風物詩のようにも見えますから。

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――絵巻を想起させる映像は、時間と空間の概念を最大限に表現しました。ちなみに「春江水暖」は、大詩人・蘇東坡の詩からの引用ですよね?

その通りです。この言葉は、中国人であれば皆知っていますし、富春江の話でもあります。川は、この映画において、絵巻とともに、もうひとつの重要な視点。流れているということから、さまざまなことが感じられるはずです。

――“長回し”を多用されていますよね。

絵巻のように、四季を表現したかったんです。私の手法は、長編デビュー作にしては“常識ナシ”なイメージですよね。ウォン・カーウァイホウ・シャオシェンといった巨匠であれば、大作の体制で製作ができますが……そもそも、最初はこんなに難しいことだとは思わなかったんです(笑)。

脚本に関しても同様です。完全に未経験の状態からスタートし「4人兄弟だから、4つの季節に分ける。春夏秋冬で、それぞれの家庭の物語を展開させる」と構想しましたが、こんなにも複雑な作業だとは思いもしませんでした。撮影期間も長かったので、チームを維持するため、カメラマンを2人にしています。エンドロールを見ればわかると思いますが、季節ごとにスタッフの名前を記載しているんです。現場は常にスタッフが出たり、入ったりしていました。

最も大きな問題は、やはり資金でした。出資者の信頼を得るためには、相当な時間がかかります。私は新人監督ですし、より難しい問題です。最初の1年は、親戚や先生、友人から借金をしながら撮影を続けていました。やがて、その資金もなくなり、ネットでさまざまな方法を模索しました。時代は常に変わっていくので、私たちは待つことはできない。撮影を続けなければなりませんでしたが、ようやく出資者にめぐり逢えました。本当に感謝しています!

――撮影期間は、2年間。今の映画業界では、なかなかできないことですよね。

今回の撮影は、かなり贅沢でしたね。特に、メインスタッフやカメラマンについて、そう思います。中国映画業界の発展は非常に速く、多くの映画人が、この1、2年の間に、いくつかの映画に携わっています。でも「春江水暖 しゅんこうすいだん」の撮影に入れば、作品に集中しないといけませんし、他の作品に参加できなくなります。2年にわたる撮影は、相当大変でしたし、覚悟を持たないといけませんから、私は参加の強制はしませんでした。参加したい人は来ればいいし、楽しくなければ、次回作では来なくても大丈夫というスタンスでした。

現場の雰囲気は常に変わっていきましたが、参加した人々は団結していました。映画を撮ることの楽しさと意味を実感しましたし、この職業の醍醐味は「まさにこれだな」と改めて認識しました。本当に幸せでした。

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――ホウ・シャオシェン監督、エドワード・ヤン監督の作品と比べられていますが、やはり「台湾ニューウェーブ」からの影響は大きいのでしょうか?

自分は、比較的に中国、東洋文化が好きなんです。でも、どこの国の映画でも見ていますよ。台湾、日本、イラン映画もそうです。アジア的な作品は、チェックしたいと思っています。これは何故なんでしょうね。おそらく親近感というか、本能的に近いものを感じているんだと思います。

もちろん、日本からもかなり影響を受けています。私はアニメを見るのが好きなんです。小さい頃からずっと見ていますし、高校時代は、コスプレが大好きでした(笑)。ですが「春江水暖 しゅんこうすいだん」に関しては、完全に中国文化を背景にしています。だからこそ、ホウ・シャオシェン監督、エドワード・ヤン監督と似ているんでしょう。

ホウ・シャオシェン監督は、3本の商業映画を撮った後、チュー・ティエンウェンさんから沈従文の作品を受け取り、それを読んだ後「悲天憫人」(意訳:腐敗した社会や人々の苦しい生活に強い憤りを感じる)という視点を発見しました。それから「風櫃(フンクイ)の少年」を完成させ、自らの映像美学を確立しました。元々、その美学のスタイルも中国文化の文脈を継承したものですから、そういう意味では「春江水暖 しゅんこうすいだん」も同じです。

カメラマンのリー・ピンビンさんは「ホウ・シャオシェンの作品は文学的で、散文に近い。私のカメラも、本を読むような感じで進めています」と話しました。「春江水暖 しゅんこうすいだん」も、この言葉と同じような感覚だと思います。もちろん、違うところもありますが、絵巻の撮影構成、長回しなど、根本は中国の絵画からきたものです。

中国の絵画では、これを“人とモノの空間共有”といいます。画面の中における「近景・中景・遠景」では、全て異なる叙事が行われています。だから、私は映画の中でも、そのような表現をしたいんです。横移動スクロール――これは確かにエドワード・ヤン監督の「ヤンヤン 夏の想い出」に似ていますね。私は、巨匠たちのようには上手く撮れません。何かを継承し、良い作品に近づくことができればと思っています。

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――中国は、まだ発展の最中ですから、これから更に激しい変化があると思います。伝統文化、原風景も間違いなく影響を受けるでしょう。ただ、この作品は「現代の進歩」と「伝統」、そのどちらかを否定したいわけではないように思えます。

本作は、対立の話ではありません。町が変わり、経済が急成長したからといって、伝統自体は消えていませんから。おそらく日本にも同じ問題があるんじゃないでしょうか。伝統と現代は、いかに融和し、共存するべきなのか――。そういう意味において、日本は伝統をよく守っていると思っていたので、作品のヒントにもなりました。私たちのカメラは、観客にある視点をずっと提示しています。その視点を通し、観客は、いつでもどこでも「昔」と繋がることができるんです。

――「春江水暖 しゅんこうすいだん」は、三部作の第一巻です。第二巻では、どのようなお話を描くつもりでしょうか?

本作のオープニングに「春江は銭塘に入って東海に合流する」と記した通り、この“変化”に合わせて、新しい空間と新しい物語を作りたいと思っています。次は銭塘――いわゆる杭州ですね。杭州は富陽と比べると、歴史や文化も深く、近代化も進んでいて、かなりの大都会。2022年のアジア競技大会を背景にして物語を描く予定なんです。昨年、新型コロナウイルスの感染拡大によって、映画業界は大きな影響を受けましたが、私は割と余裕ができたので新作の構想を細かく練っていました。今は取材を続けている最中ですが、2022年に撮影、2023年の上映を目指しています(補足:2月5日、第二巻のタイトル「銭塘茶人」が発表された)。

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――そもそもの話になってしまいますが、いつ頃から映画の世界に入りたいと思い始めましたか?

それは、非常に複雑で、話が長くなります(笑)。起因は、ヒンドゥー教に触れたからですね。インドを中心とした宗教ですが、中国にもあります。大学時代に興味を持ち始めました。そして、ジェームズ・キャメロン監督の「アバター(2009)」を鑑賞した後、色々考えさせられたんです。「映画とは何か」「映画の魅力とは何か」がわかった気がしました。それはCG効果ではありません。私にとって「アバター(2009)」は、ある意味、映画の教科書だと思っています。インドに根付いた宗教を、どうやって取り上げるのかを教えてくれたからです。

「Avatar」という言葉はサンスクリット語で「(神や仏の)化身」を意味しますよね。インドの宗教、インド文化を商業映画として取り上げ、世界中の人々に面白く体験させる。それと同時に、哲学、宗教の要素まで入れ込んでみせる。まさに教科書でしょう! その体験から、映画製作にも興味を持ち始めたんです。当初は、そんなに深い考えは持っていませんでしたし、遊び半分で色々撮っていました。ちょうどその頃に中国のインディーズ映画祭に作品が選ばれ、それを契機にプロを目指して頑張ってきました。

――最後の質問となりますが、日本映画にはどのような印象を抱いていますか?

是枝裕和監督、小津安二郎監督、溝口健二監督、黒澤明監督……中島哲也監督も! 大好きな方が多すぎて数え切れません。何より岩井俊二監督ですね。岩井監督の青春映画が、映画を好きになる最初のきっかけになったんですから。


インタビューはいかがでしたでしょうか? 最後に、私が企画・プロデュースを務めているWEB番組「活弁シネマ倶楽部」では、森直人さん、月永理絵さんとともに「春江水暖 しゅんこうすいだん」について語り尽くす番組(https://youtu.be/hZzn0RcdOgM)を制作しました。よろしければご覧ください!

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