【「オアシス」評論】現実と幻想の境界線を詩的に越える極限の純愛映画
2020年8月22日 20:00

[映画.com ニュース] 新型コロナウイルスの影響により、多くの新作映画が公開延期となり、映画ファンの鑑賞機会は減るばかりです。映画.comでは、「映画.comオールタイム・ベスト」(https://eiga.com/alltime-best/)に選ばれた、ネットですぐ見られる作品の評論をお届けいたします。今回は「オアシス」です。
Netflixで配信中の韓国ドラマ「愛の不時着」や「梨泰院クラス」などが人気だ。2003年から日本で社会現象を巻き起こしたドラマ「冬のソナタ」から数えて、日本における“第4次”韓流ブームが来ていると言われている。韓国のドラマや映画には常に刺激を受け、そのクオリティの高さに嫉妬してきた。
1999年あたりから、特に2000年代に入ってからの韓国映画の勢いは凄まじく、パク・チャヌク、ポン・ジュノら新しい才能が、「JSA」(2000)、「殺人の追憶」(2003)といった数々の秀作、傑作を生みだした。国際的にも高く評価され、日本でもミニシアター系で公開されて熱狂的なファンを獲得してきた。
そんな流れの初期、日本では2004年に公開されたイ・チャンドン監督の「オアシス」(2002)は、恋愛映画の概念を覆すような、詩的でありながら破壊力を持った作品だ。ソル・ギョングが演じる社会に適応できない青年と、ムン・ソリが演じる脳性麻痺の女性の極限の純愛を描き、第59回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(最優秀監督賞)、ソリがマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞した。
まず、主演ふたりの演技に驚愕することだろう。ギョングが演じる刑務所から出所したばかりの青年ジョンドゥは、落ち着きがなく、周囲をイラつかせる。29歳ながら子供のように無邪気で、家族からも煙たがられてしまう。ソリが演じる脳性麻痺のコンジュは、白いハトや蝶々が飛んでいるように見える部屋で、壁にかけられた異国の絵を眺め、ラジオを聴いてひとり夢想していた。そんな社会から厄介者扱いされていた二人が出会い、彼らなりの愛を育んでいく姿に心打たれる。ギョングもソリもこの難役を「生きている」ようにしか見えない。チャンドン監督の名作「ペパーミント・キャンディー」(1999)でも共演しているが、同じ役者だとは気づかないかもしれない。
そして、脚本も手掛けているチャンドン監督の演出には唸らされる。障がい者を扱ったデリケートな物語であるが、二人の純愛を極限まで描き切ることで、映画的なファンタジー、もしくはコメディの領域にまで高めてしまう。車椅子の上で自由に動けずにいたコンジュを映していたカメラがパンしてジョンドゥを映していると、コンジュが健常者の姿になってフレームインし、普通のカップルのようにじゃれ合うシーンなどは秀逸だ。現実と幻想の境界線を軽やかに越え、交じり合わせてしまう映画表現には胸が熱くなるし、改めて映画の力を感じる。コンジュの部屋の絵が再現されるシーンも、愛し合う二人だけが見ることができる世界なのだろう。
元教師で小説家でもあるチャンドン監督は、韓国社会の片隅でもがき苦しみながらも純粋に、必死に生きようとする人間を、独自の視点で描き続けている。「オアシス」には、実際にはあり得ない表現もあるのかもしれない。でも、もしかしたら二人の刹那で純粋な願望や幻想の世界を垣間見ただけなのかもしれないと思わせてくれる余韻が残る。韓流ドラマやK-POPのブームとはまた違った側面で、韓国映画が成し遂げてきた功績は非常に大きく、その底力を痛感することができる一本だ。
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