【ハリウッドコラム】ロバート・ダウニー・Jr.肝煎りの新ドラマ「ペリー・メイスン」に夢中 超有名キャラクターの新たな物語
2020年7月12日 09:00
[映画.com ニュース] ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
アメリカで新型コロナウイルスの感染が再び拡大しており、7月3日(現地時間)の新規感染者はこれまでで最多となる5万人を突破した。テキサス州やフロリダ州、アリゾナ州など経済活動の再開を急いだ州で爆発的に増えており、うまく対応できていたはずのここカリフォルニア州でも感染者が急増。レストランやバーの営業は中止、海岸への立ち入りも禁止となり、制限措置が後戻りしつつある。僕は7月4日の独立記念日あたりには感染が落ち着き、映画館に行ったり、レストランで食事できる日常が戻ってくるという期待を抱いて耐えてきたわけだけれど、マスクの着用ですら政治論争化するこの国では、感染を止めることなどもはや不可能じゃないかと絶望的な気持ちになっている。
かくして外出自粛生活が継続することになったわけだが、幸いなことに、憂鬱な気分を紛らわせてくれるドラマがスタートした。米有料チャンネルHBOの新ドラマ「ペリー・メイスン」がそれである。
物語の舞台は、大恐慌の真っ只中にある1931年のロサンゼルス。主人公のペリー・メイスンは、やさぐれた私立探偵だ。妻子と別れ、酒に溺れた彼は、映画俳優のスキャンダルを追いかけて生計を立てている。
そんななか、誘拐された赤子が殺される痛ましい事件が発生する。恩師である弁護士の依頼を受け、メイスンは調査を開始。腐敗した警察組織や謎の新興宗教、トーキー(発声映画)への移行で勢いを増すハリウッドなどが絡み合うダークな世界を分け入っていく、というストーリーだ。
まず驚かされるのは、圧倒的なスケールだ。1931年のロサンゼルスというとっくに過ぎ去った世界が、見事に再現されている。演出を手がけるのは、「ザ・ソプラノズ」から「ボードウォーク・エンパイア 欲望の街」「ゲーム・オブ・スローンズ」といった大作を手がける重鎮ティモシー・ヴァン・パタン監督だ。出演者も豪華で、主人公のメイスン役にマシュー・リス(「ジ・アメリカンズ」)をはじめ、恩師の弁護士E・B・ジョナサン役にジョン・リスゴー(「スキャンダル」)、カリスマ宣教師役をタチアナ・マスラニー(「オーファン・ブラック 暴走遺伝子」)と、派手さには欠けるかもしれないけれど、実力派を揃えている。
芳醇な物語世界で展開する良質なミステリードラマの核にあるのは、アンチヒーローの成長物語だ。第1次世界大戦でトラウマを負い、自分を見失っていた男が、今回の事件捜査を通じて人生の目的を見いだす。それは、弁護士として、無実の罪に問われた人々を助けだすことだ。
実は、執筆時点で「ペリー・メイスン」はまだ最初の2話しか見ていない。それなのに、なぜ先の展開を具体的に予想できるかといえば、弁護士ペリー・メイスンといえば、アメリカでは知らない人がいないほどの有名キャラクターだからだ。
ペリー・メイスンは、E・S・ガードナーの推理小説「ビロードの爪」に初登場し、その後、多くの作品に登場する辣腕弁護士だ。並外れた決断力と行動力で、数々の難事件を解明していく。ラジオドラマ化されたのちに、米CBSでレイモンド・バー主演の「弁護士ペリー・メイスン」(1957~66)が放送。その後、テレビムービーシリーズとして「新・弁護士ペリー・メイスン」(1985~95)が放送されている。
だが、今回米HBOが手がける「ペリー・メイスン」は、設定がいろいろと変わっている。主人公は弁護士ではないし、主人公が活躍するはずの法廷もいまのところは出てきていない。つまり、2005年の「バットマン ビギンズ」(クリストファー・ノーラン監督)や09年の「スター・トレック」(J・J・エイブラムス監督)と同じように、人気キャラクターの過去を描く前日譚となっているのだ。
このリブート版「ペリー・メイスン」の実現には、人気俳優のロバート・ダウニー・Jr.が大いに関わっている。かつて「ペリー・メイスン」は映画として企画されており、11年にダウニー・Jr.が主演兼プロデューサーとして参加することになった。「シャーロック・ホームズ」で、アーサー・コナン・ドイルの人気キャラクターを自己流にアレンジした彼が、アメリカを代表する弁護士役に食指を動かしたのは当然の流れといえる。
だが、映画化は頓挫し、その後、16年に米HBOでドラマ化の企画がスタート。当初は、「TRUE DETECTIVE」シリーズのニック・ピゾラットが企画・制作総指揮、ダウニー・Jr.主演で企画されていたが、ピゾラットが「TRUE DETECTIVE」シーズン3の制作に集中するために離脱。18年に「ボードウォーク・エンパイア 欲望の街」や「Weeds ママの秘密」を手がけた脚本家のロリン・ジョーンズとロン・フィッツジェラルドがショーランナーを務めることが決定し、制作にゴーサインが下りるものの、肝心のダウニー・Jr.は「アベンジャーズ」シリーズや「ドクター・ドリトル」への出演が決まっていた。そこで、ダウニー・Jr.は妻のスーザン・ダウニーとともに制作総指揮に退き、裏方に徹することになった。自身のツイッターでも、積極的にドラマの宣伝を行っている。
米批評サイトRotten Tomatoesにおける「ペリー・メイスン」の現時点での評価は76%と、思ったほど高くない。でも、批評を読んでいくと、どれも「弁護士ペリー・メイスン」との比較で語られており、必ずしも単独の作品として評価されていない。原作モノは知名度があるので映像化を実現しやすいものの、先入観を持たれてしまっているというハンデがある。その点、僕のように、原作シリーズもドラマも知らないまっさらな人のほうが、純粋に楽しめるのかもしれない。とはいえ、弁護士E・B・ジョナサンの女性秘書デラ・ストリートや、腐敗した警察で働く真面目な警官のポール・ドレイクは、のちにメイスンの重要なパートナーとなるなど、原作を知っている人に向けたさまざまなネタが仕込まれているようだ。
とにかくいまの僕は「ペリー・メイスン」に夢中だ。このドラマの実現に寄与してくれたダウニーJr.にも感謝の気持ちでいっぱいだ。
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