ウッディ・アレンが語る、50作のキャリアでお気に入りの作品、音楽への思い入れ
2020年7月2日 13:00
ウッディ・アレン監督の最新作「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」。ティモシー・シャラメ、エル・ファニング、セレーナ・ゴメスら人気俳優を起用し、運命のいたずらに翻弄されながらも、自分らしく正直に生きていく若者たちを軽妙なタッチで描いたロマンティックなラブコメディだ。7月3日からの日本での劇場公開を前に、アレン監督に話を聞いた。
アカデミー賞の授賞式を欠席し、ニューヨークでクラリネットの演奏を優先したという逸話が残るほどジャズを愛するアレン監督。今作では、数多くのミュージシャンが演奏するスタンダードナンバー「Everything Happens To Me」を、アレン監督自身を投影したかのようなティモシー・シャラメ演じる主人公のギャツビーに弾き語らせ、美しいラストシーンにも印象的に用いている。直訳すると「僕(私)にはどんなことも起こる」というタイトル、様々なハプニングに巻き込まれる悲哀を自嘲的に歌うナンバーだ。皮肉にも米国で今作が公開されないという事態となり、今のコロナ禍をも予言したかのように感じる。そしてここには、この楽曲がフランク・シナトラのヒット曲であることも記したい。アレン監督は音楽への思い入れをたっぷりと語る。
「『Everything Happens To Me』は、本当に美しい曲だと思う。1920、30、40、50年代に生まれた“グレイト・アメリカン・ソングブック”(=アメリカのスタンダード曲)の中でも最も美しい曲のひとつだと思うんだ。“グレイト・アメリカン・ソングブック”の中には、最も優れた構成の曲が多い。つまり、ジョージ・ガーシュウィンから、アービング・バーリン、ジェローム・カーン、リチャード・ロジャース、ハロルド・アーレンなどの作品だ。その時代に生まれた曲は、アメリカが生み出したポピュラーソングの中でも最高に美しいものばかりだと思うんだよね。だから僕は今回、選ぼうと思えば、その他の美しい曲も選べたわけだけど、『Everything Happens To Me』はその中でも僕が一番好きな曲のひとつなんだ。だけど、その他にも選べる曲はたくさんあった。その時代には本当に美しい曲がたくさん書かれていたからね」
「脚本も書いて、編集も終わって、まだ映画に音楽が付いてない時に、この曲が好きだったからまず選んでみたんだ。それで映画に合っていると思ったんだけど、試しに違う曲でもやってみた。すると、やはりこっちの方が良いと思えて、結局この曲を使うことにしたんだ。作曲家にスコアを依頼したわけではないけど、映画には自分が好きな曲を何だって選べるわけでね。ガーシュウィンだって、ベートーベンでも、デューク・エリントンでもいい。ルイ・アームストロングがぴったりだと思えば、それを選ぶことだってできる。僕が良いと思ったものは何でも使える。音楽を選ぶというのは、映画の制作過程の中でも、すごく楽しい部分なんだ」
「それで、アメリカでこの映画が公開されないことについては、もちろん曲との結び付きについては考えてなかったけど、どうだろうね……。もしこの映画が良い映画でなかったら、アメリカ人はお金を損しないで良かった、ということになるね。でも良い映画だったら、いつの日か見てもらえることになるんじゃないかな。アメリカ以外の国の人達は、見てくれるわけだからね。だから、僕はそれほど気にしていないんだ。どうすることもできないからね。映画というのは、作ってしまったら、そこから先の運命はどうすることもできない。可能な限り良い結果になって欲しいと願うくらいでね」
今作では若者の恋愛模様や成長を軽やかに紡ぎながらも、“運命”という人間が避けては通れない普遍的なテーマが描かれる。劇中では「生きるのは一度きり、運命の人と出会えたら幸せ」というセリフを、セレーナ・ゴメスが演じるチャンに言わせている。様々な人生経験を経てきた監督自身の言葉そのものだろう。「そうだね、もちろん人生を二度体験できるなら、それに超したことはないよ。だけど、こればかりはどうしようもないんだ」
「カフェ・ソサエティ」「女と男の観覧車」に続き、ビットリオ・ストラーロが撮影監督を務めた。言わずと知れた名カメラマンのストラーロとほぼ同世代のアレン監督は「彼は天才だと思うんだ」と称える。「彼とは映画を撮り始める前にどうやって撮影するのか話し合うんだ。これで3本目だけど、いつも彼とは上手くいく。僕がこの脚本をどうやって撮りたいのかというのがあって、彼には彼なりの提案がある。それをじっくりと話し合って、アイディアとしてまとめていく。僕は彼のような天才的なカメラマンと仕事できてラッキーだと思うよ」
今作は記念すべき50本目となる。長年のキャリアの中、現時点でアレン監督自身が気に入っている作品を聞いてみた。「僕は映画を作ったら次の作品に進み続けてきたからね。過去の作品を振り返ったりしないし、それに例えば黒澤とか、ベルイマン、フェリーニ、ブニュエル、トリュフォーのようなレベルで優れた映画ばかりを作ってきたわけでもない。中には良い映画もあるけど、そうでもない映画もたくさんある。でもその中で自分でも気に入っているのは、『カイロの紫のバラ』(85)だね。それ以外だと、『マッチポイント』(05)、『ブロードウェイと銃弾』(95)、『夫たち、妻たち』(92)、『それでも恋するバルセロナ』(08)かな」
コロナウイルスの影響で映画界は大打撃を受けている。ニューヨークの一市民としての現在の生活、そして新作への影響をアレン監督はこう語る。
「僕の子どもたちは今は家にいないんだけど、1人は、彼女が通っている大学がある街にそのまま残っていて、それからもう1人は、カリフォルニア州にいる僕の姪と甥たちのところにいる。そこの方が安全だからね。だから、僕と妻だけがニューヨークにいる。まず朝起きたら、エクササイズをする。僕はトレッドミルをやって、その他いくつかね。それから仕事して、クラリネットの練習をして、時々妻と一緒に外に散歩に出かけたりもするんだけど、それほど楽しくもないよね。外に出るのに十分気をつけなくてはいけないからね。ディナーに行けないのも残念だしね。だから、家の中でつぶす時間が増えてしまう。僕は楽器の練習をしたり、本を読み、TVを見て、ニュースを確認して……という感じだけれど、でも誰もこの状況を楽しんでいる人はいないわけでね。何かしらの危険を感じながら生きているわけだから。もちろん僕も楽しんではいない。でも可能な限り規則正しく生活するように頑張っている。朝起きて、着替えて、ヒゲを剃って、何も起きていないかのように振る舞う。だけど、実際は世界が悪夢に襲われていると思うよ」
「もちろん僕の映画制作にも多大なる影響を及ぼしている。だって撮影できないわけだからね。本当はこの夏パリで撮影する予定だったんだ。このパンデミックは、あらゆるビジネスを完全に止めてしまった。それは映画監督から、ペットショップのオーナーにいたるまで、すべてを一時停止にしてしまったんだ」
「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」は7月3日から東京・新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国で公開。
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