【中国映画コラム】“山口百恵”が存在したかも?注目の新鋭ビー・ガン「ロングデイズ・ジャーニー」を語る
2020年3月1日 17:00
北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数277万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!
中国新世代の鬼才ビー・ガン監督をご存知でしょうか? 最新作「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ」では、映画史に残る驚異の“3Dのワンシークエンスショット”によって世界に衝撃を与えました。同作だけでなく、「パラサイト 半地下の家族」のポン・ジュノ監督やギレルモ・デル・トロ監督が絶賛していた長編デビュー作「凱里ブルース」(4月18日公開)も控えるビー・ガン監督にインタビューを試みました!
企画へと至った明確なきっかけはありません。私は日常のなかで閃いた発想をまとめて、ひとつの作品を作ることが多いんです。もしも“きっかけ”と紐づけるのであれば、後半に登場する“廃墟の監獄”は、本作のインスピレーションのひとつになっています。
撮影時の修正を除けば、執筆に2年かかりました。修正に関してですが、現場に行ってみると、脚本通りに撮れないことがあったり、新しい発想がでてくることも。コストがかかっても価値があると思う場合は、脚本を修正しているんです。本作では“リンゴを噛む”という場面が憶測を呼んでいるようですが、あれは「ここで何かを噛むシーンが欲しい」と考えて、追加したもの。最初はチキンレッグ、ラーメンという案もありましたが、やはりリンゴが一番雰囲気に合っていました。
脚本を執筆する際は、新鮮さを保つため、前もってタイトルを決めないことにしています。今回は「アポロ10号」と適当に付けていました(笑)。「地球最後の夜」に決めた理由は、ほぼ直感です。プロデューサー陣の意見も聞きましたが、良いタイトルは出ませんでした。
凱里は、中国・貴州省東南部の峰叢地形の中にある小さな町です。近年は経済発展によって、凱里の中心部も現代都市になっていますが、近郊に行くと昔の原風景が体験できます。
“3D”の話が聞かれるたびに、まずは映画自体の良し悪しと、撮影の大変さは全く関係がないとお答えしています。本作での“3D”パートの撮影は、もちろん非常に難しかった。“3D”に関しては、2つの質問に分けて考えた方が良いと思います。それは「どうやって?」と「どうして?」というものです。
まずは「どうやって?」にお答えしましょう。撮影をするためには、半月以上の準備が必要でした。役者、照明、道具に関わるスタッフも含めた長時間のリハーサルを行ったんです。1度目の本番に撮られたものが、私のイメージと異なったため、2回目に挑んだですが――そこから1カ月弱の準備を要し、再び本番に入るような形でした。撮り終えるまでに、2~3カ月はかかりましたね。
「どうして?」に、お答えします。理由は非常に単純。本作が“記憶”の映画だからです。私の記憶のイメージは、3D映像とほぼ同じ。リアルではありませんが、映画的な感じだと思っていました。また、本作は“映画についての映画”とも言えるでしょう。観客側にとってもそうですし、私たち製作サイドにとってもそう。全員が映画の中にいて、映画を体験しているんです。
“映画についての映画”だったため、ヒロインは、皆が知っている“顔”にしたかったんです。その要素に加え、女優としての魅力も感じられる方を優先して考えた結果、タン・ウェイさんをキャスティングすることになりました。あの役は「本当の名前を持つべきではない」と考えていたんです。四文字の役名をつけたかったので、最初にピンと来たのは、実は“山口百恵”なんです。発音の良さから採用していたのですが、最終的には別の名前に変更となりました。
“ワン・チーウェン”は雪が好きというイメージがあったので、音楽にその要素を入れました。中島さんのお名前(=本名)にも“雪”が入っていますし、何より曲が最高なんですが……実は私、そんなに音楽のことを研究していませんし、こだわりがないんですよ。音楽アプリが薦める曲を聴いて、良いものをセレクトしただけ(笑)。今のアプリはすごいですよね。私よりも“私が何を聴きたいか”ということに詳しいのかもしれない。
凱里は小さい町なので、私が高校を卒業するまで、市内には映画館がひとつしかありませんでした。よく香港映画が上映されていたので、両親と一緒に見に行っていましたが、当時は自分で映画を撮りたいなんて思いもしませんでしたし、映画監督という職業すら理解していなかった。大学で“監督コース”を見つけて、勉強をしに行ったことが始まりです。
大学時代のことは忘れることができません。本当にたくさんの作品を見ました。見るべきものは全部見たというくらい。そのなかには、一般公開されている作品以外もありましたね。学校の近くに、非常に良い海賊版ショップがいくつかあるんです。オーナーは映画に詳しくはなかったのですが、なぜか良い作品のタイトルを全部知っている(笑)。毎週、私たち学生にオススメの作品を教えてくれました。私と同じ世代の若手監督は、そのショップに育てられたと言っても過言ではありません。
当時はお金に余裕がないのに、見たい作品はたくさんありました。同じ学生寮に住んでいる友達に、よく作品をオススメしてましたね。良作である理由もきちんと説明するんですが、実は私も見ていなかったんです。ただ彼に作品を買わせて、一緒に見たかっただけなんです(笑)。
在学中、まずはいくつかの短編を撮りました。賛否両論でしたが、校内で話題になり、私の先生が非常に気に入ってくれたんです。その後、長編映画の脚本を書き始めたんですが、就職活動を始めていた私は、故郷へ帰る予定でした。すると先生が「今の年齢でデビュー作を撮るべきだ。今の時期を過ぎると、情熱がなくなり、後悔するかもしれない」と仰ってくれたんです。「お金がないんです」と返答すると、先生は「私が出します」と即答してくれました。「凱里ブルース」の製作実現は、私の先生、そしてプロデューサー・丁建国(ていけんこく)さんのおかげ。彼らが私の創作活動をサポートしてくれたからこそ、完成できたんだと思います。
20万元の次が、4000万元――理性的ではないですよね(笑)。「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ」の企画プランは、私の想像を超えてしまい、余計な時間や経費がかかってしまったんです。最初の予算は2000万元(約3億2000万円)。かなりオーバーしています。幸いなことに、出資者の皆さんは、私のことを信頼してくれていましたし、作品の完成を待ちわびてくれていたんです。
最初に中国のアート映画ブームに火を付けたのは、シン・ギョクコン監督作「The Coffin in the Mountain(英題)」だと思います。有名な役者はひとりもおらず、監督も無名――ですが、業界からの注目度は高く、一般の口コミも良かったんです。「凱里ブルース」は、16年に中国で上映されたのですが、ロカルノ国際映画祭での受賞(新進監督賞と特別賞)も後押しとなり、非常に注目されました。「The Coffin in the Mountain(英題)」はサスペンス要素もありましたが、「凱里ブルース」は完全なアート映画。ちょうど映画業界自体も急成長していた頃だったので、アート映画への関心度は飛躍的に上がったと思っています。
ほぼ毎日、止まることなく仕事していますよ。「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ」の中国公開が終わり、やっと落ち着きました。「凱里ブルース」の撮影は14年だったのですが、ここまで本当にあっという間の日々でした。「凱里ブルース」によって、中国国内からの注目度も高まったと感じています。映画業界や批評家の期待外れにならないように、さらに頑張っていかなければならないと強く思っています。
好きな監督や作品はとても多いですし、私の創作活動にも影響を与えています。あえて1本をタイトルをあげるとするならば、伊丹十三監督の「タンポポ」です。あの作品は、最高の映画体験でした。
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