阿部純子、日露合作映画「ソローキンの見た桜」出演を経て見つめ直した“今の自分”
2019年3月21日 13:00

[映画.com ニュース]「孤狼の血」で鮮烈な印象を残した阿部純子は、主演最新作となった日露合作映画「ソローキンの見た桜」でのひと時を「なんて贅沢だったんだろう」と振り返る。1人2役、ロシア人俳優との芝居、そして初の時代劇――作品から多くの恩恵を授かった注目の女優は、着々と成長を遂げつつ、“今の自分”の立ち位置をしっかりと見つめ直していた。(取材・文/編集部、写真/間庭裕基)
第1回日本放送文化大賞グランプリに輝いたラジオドラマ「松山ロシア人捕虜収容所外伝 ソローキンの見た桜」を実写化。日露戦争時代、日本にはロシア兵捕虜収容所が数多く設置され、なかでも愛媛県松山市には国内初の収容所が設けられた。本作は同所で運命的に出会ってしまった日本人看護師とロシア将校の2人を軸にしたストーリーが展開。ロサンゼルスシネマフェスティバル・オブ・ハリウッドで3冠を達成したSF作品「レミニセンティア」の井上雅貴監督がメガホンをとっている。
阿部が挑んだのは、ヒロインのゆい、駆け出しTVディレクターとして現代を生きる桜子の2役。衣装&メイクスタッフのサポートによって、それぞれの役どころの心情を切り替えつつ撮影に臨めたようだが、クランクイン前、徹底的に作品への理解を深めようとした。「日露戦争の最中、そこに“生きていた人たちがいた”という事実をしっかり表現しようと思っていました」と話し、捕虜収容所に関する資料、日本兵、ロシア兵それぞれの視点から見た日記を熟読していたことを明かした。
当時の日本は、世界から一流国として認められるべく「ハーグ条約」の遵守を意識し、ロシア兵に捕虜でありながら「外出自由」「アルコールの購入」を許可し、様々な便宜をかけていた。当時書かれた日記を読んだ阿部は「ロシアの方々が手厚く扱われるあまり、やることがなくなってしまう――それがそのまま文章として残っていたんです」という。「劇中で描かれているようなことが、事実だったんだと驚きました。(松山市にある)ロシア兵墓地にも行きましたが、とても綺麗に掃除がされていて、当時生きていた方々の思いが、今にもきちんと届いていることを実感しました」と振り返った。
本作のキャッチコピーは“日露戦争時代のロミオとジュリエット”。ロシア人俳優との芝居については「ロシアの俳優の方々は劇団に所属されている方が多いそうです。演技の基礎、発声の仕方、そしてダンスもきちんと習得されていて、芝居に説得力がありました」と語りつつ、相手役のロデオン・ガリュチェンコとの共演に多くの刺激を受けていたことを告白した。
阿部「ロデオンさんは、芝居に情熱を燃やしている方なんです。『このシーンはこういう風にした方がいいのではないか』と熱心に、丹念に考えていらっしゃって。私の解釈とは異なる場合もあったんですが『そういう解釈もあるのか。だから、あのような芝居をしたんだ』と。そこから解釈のすり合わせが始まり、その後、監督やスタッフの方々も交えて、シーンの方向性を決める――この“意見交換”があったからこそ、各シーンの深みが出たんだと思っています」

特筆すべきは、深田晃司監督作「海を駆ける」でも披露した英語でのセリフ回し。ニューヨーク大学演劇科での鍛錬もあってか、そのイントネーションは驚くべきクオリティだ。
阿部「(英語での芝居は)セリフの“キャッチボール”が難しかったですね。練習をしすぎてしまうと、覚えたセリフを投げかけているというニュアンスが出てしますし、リズムに合わせて言ってしまわないように気をつけなければならなかったので、常にお芝居としての“キャッチボール”を意識していました」
その英語力を発揮できる場は着々と広がりつつある。デンマーク、日本、ノルウェーによる合作映画「MISS OSAKA」では、森山未來、南果歩と共演。「(合作映画の現場は)自分が思っていたことが覆される、良い意味で新しい感覚が生まれる場所なんです。色んなお芝居の仕方や映画作りがあるんだな、とたくさんの発見があります」と貴重な経験となっているようだ。第31回東京国際映画祭のセミナー企画「TIFFマスタークラス」では、イランの名匠アミール・ナデリ監督による「演劇論と俳優ワークショップ」に参加し「自分の中にある“本当の感情”」を掘り下げていった。2018年の年末に放送されたドラマ「平成ばしる」(演出:松居大悟監督)においては、コメディエンヌとしての才も発揮し、たゆまぬ努力の結果を見せてくれた。
そのアウトプットの基盤となる、インプットも欠かさない。映画鑑賞においては「自分の好きなタイプの作品ばかりを見ると偏ってしまいそうなので、それよりも周囲の人がおすすめしてくれた作品を見る」ことを心がけている。かつて相米慎二監督への“愛”を打ち明けてくれた阿部だったが、最近のめり込んでしまった監督が現れたようだ。その人物とは、第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門ノミネート作「寝ても覚めても」を手がけた濱口竜介監督。同作の公開を記念して開催された特集上映「濱口竜介アーリー・ワークス Ryusuke Hamaguchi Early Works」に通い詰め、“濱口ワールド”に酔いしれていた。
阿部「久しぶりに相米慎二監督のような方と出会えたと思いました。『(相米監督のような人が)生きてる!』って感じたんです。私のなかで“映画を見る”ということは、自分の世界を広げさせてくれるという感覚に直結するんです。濱口監督もそのひとり。(作品を見ると)『(世界が)広がった!』という感覚を抱かせてくれました」
時に悩みながらも、自らの女優道をひた走る。その果てにある未来を知るべく、ふと投げかけてしまった「今後の目標は?」という安易な質問に、阿部は軽々しく答えず、しばし熟考してみせる。彼女の念頭にあったのは、“今の自分が何をすべきか”ということだ。
阿部「なるべく目標を作らず、ひとつひとつの作品に向き合い、丁寧に演じていきたいと思っているんです。女優というのは、求められないと続けられない職業です。続けさせていただけることに対して、しっかりと応え、常に成長していかなければならないと思っています」
自らの根本にあるのは「映画が好き」という気持ち。その純粋な感情こそ、阿部の“進化”が止まらない、確固たる要因だろう。
「ソローキンの見た桜」は、3月22日から東京・角川シネマ有楽町ほか全国公開(愛媛県で先行公開中)。
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