「2001年宇宙の旅」70ミリ版はどれだけすごい? 企画者が語る“莫大な価値”
2018年9月29日 06:00
[映画.com ニュース]スタンリー・キューブリック監督作「2001年宇宙の旅」(1968)のニュープリント“アンレストア”版70ミリ・が、いよいよ10月6日から東京・京橋の国立映画アーカイブで期間限定上映される。フィルム撮影に熱い思いを込める名匠クリストファー・ノーラン監督が監修し、公開当時の本来の映像と音の再現を追求したニュープリントだが、果たしてどれだけすごいのか? 本企画を実現させた、同アーカイブの主任研究員・冨田美香氏に話を聞いた。
「今回の70ミリ版は“荒々しい”んです。いうなれば情感的に“激しい”んですね」。オスロで鑑賞してきたという冨田氏は言葉に力を込めながら、身を乗り出した。デジタルリマスター版などの映像と比較すると、アンレストア版70ミリは荒々しさがある。しかしそのことは欠点ではなく、むしろ望外の感動を呼び起こす“最大の魅力”であるという。「宇宙の闇の暗さ、未開の風景やサルの猛々しさが、フィルムの粒子感とともに、空気感や立体感をともない立ち上ってくるんです。野生的ですらあります。ボーマンがHALを破壊していくシーン、そこにこもっている憤りや情念までが、ドッと押し寄せてきます。作品が本来持っていた密度、映像表現が、現代と微妙に違うということがよくわかると思います」と話す口ぶりから、その興奮がひりひりと伝わってくる。
ニュープリントのアンレストア版70ミリは、オリジナル・カメラネガからの素材をもとに、デジタル処理を一切施さずに、製作当時キューブリック監督がフィルムへ封じ込めた“オーラ”を再現している。ノーラン監督の言葉を借りれば、「50年前に映画館で観客が体験した“事件”の再現」だ。冨田氏は「アンレストア版70ミリでは、フィルムやネガに入っている傷が消されていないんです。“人類の夜明け”のシーンなど、実は数カ所に傷が入っているんですが、それすらもそのまま。ノーランたちは、これらを消したり差し替えたりせずに、“オリジナルの映像”として残したんですね」と説明したうえで、「アンレストア版70ミリを見ながら感じたことは、テレビやDVD、ブルーレイ、そして1970年代以降に劇場で見られていた『2001年宇宙の旅』は、キレイに傷を消したり補正したり、あるいはデジタル化を通して、輝度の高いちょっとフラットな画になってしまっている、ということでした。情念的な荒々しさが削ぎ落とされた感がある、とでもいうか。オリジナルの映像と音の“復元”をフォトケミカル技術だけで追求したノーランたちが、今回のプリントを“アンレストア”版と名付けたのには、一般的に言われる“デジタル復元”に対して、『本来の意味での“オリジナルの復元”とは何か』という問いが込められているんです」と述べる。
デジタル修復は、功罪相半ばするのか。鮮明な美しさを獲得する一方で、作品が本来持っていた執念にも似た“煌めき”を失っているのではないか。「本来の映画表現の再現」を使命とする国立映画アーカイブはもちろん、映画を愛するファンにとっても、今回の70ミリ上映は学ぶところが多いかもしれない。「この“アンレストア”版をノーランと一緒に作成したワーナーの復元担当者は、68年のオリジナルを子どものときに見ていて、1999年のカメラネガの補修にもかかわっていたそうです。今回のアンレストア版70ミリを上映し、鑑賞したときの心境を『ボーマンが最後、老人になっているシーンがあるだろ。その気分だった』とインタビューで答えていました」(富田氏)。
5月に開催された第71回仏カンヌ国際映画祭でお披露目された後、欧米各地を巡回していた本作。話題は世界中を駆け巡り、日本でも上映を望むファンの声が高まっていたが、国内に70ミリフィルムを上映できる民間の映画館は存在しない。そこで35ミリと70ミリの兼用機を保有し、昨年に黒澤明監督作「デルス・ウザーラ」70ミリ版上映を実現した国立映画アーカイブが、ワーナー・ブラザース・ジャパンと共催し実施することとなった。
上映回数は6日間で計12回だが、冨田氏いわく「1日2回が限度」。というのも70ミリ上映は、技術だけでなく“技師の体力勝負”でもあるからだ。フィルム1巻は15分前後の映像であり、164分の今作では10回フィルムチェンジをしなくてはならない。
1巻あたりの重量は、約15キロ(リールなど含む)。しかも国立映画アーカイブの兼用機は、地上から約2.5メートルの器具にリールを掛けなければならない。したがって技師は、約15分ごとに重たいフィルムを上げ下げすることになる。それもフィルムを傷つけたり、映写事故を起こさないよう、細心の注意をはらいながら。3人1組でリールの巻き戻しや掛けかえの補佐などを分担しているが、かなりの重労働だ。「今回の映写は緊張の連続ですし、安全とクオリティを保てるラインが1日2回と考えています。映写トラブルやフィルム、映写機の破損などが起きれば、即上映中止ですからね」(冨田氏)。
技師が何日もかけてフィルムの検査を行い、接続テープなどの備品を揃えたほか、「画面に余分な光を入れないため」字幕は別スクリーンに投影するなど工夫を凝らした。さらに70ミリフィルムを海外から取り寄せるには、通常100万円単位で輸送費がかかるなど負担は大きいが、それでも上映を敢行することには“莫大な価値”があると、冨田氏は力説する。
「気がつくと、もう日本では70ミリ映画を見られなくなってしまっている。『ザ・マスター』『インターステラー』『ヘイトフル・エイト』『ダンケルク』、今年では『オリエント急行殺人事件』『ファントム・スレッド』などは、欧米だと70ミリで見られました。同じ映画でも、70ミリの密度の濃い投影映像で見ると全然違います。『デルス・ウザーラ』も、極寒のシーンの凍りつくような空気感、風の粒子、舞っている細かい氷までがわかるんです。70ミリ上映がなくなっているからこそ、70ミリで表現できるものを撮ろうとする作家がいて、それを受容できる文化が欧米には残っている。しかし日本では、新宿ミラノ座が閉館した時点で、基本的には70ミリの上映が可能な映画館はなくなりました。一映画ファンとして、IMAXでもフィルム上映ができない今の日本では、70ミリを見る機会は奪われてしまっている、と残念に感じますね。今回の反響をみて、当館以外でもどこかで70ミリ上映ができるようになってくれれば、こんなに嬉しいことはありません」
日本では最初で最後となるかもしれない、「2001年宇宙の旅」製作50周年記念アンレストア版70ミリの上映。貴重な164分間を目撃できた観客は、ぜひとも感想や体験談を、さまざまな場所で語ってほしい。
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