主演は演技未経験の少年!リアルとフィクションを行き交う「泳ぎすぎた夜」撮影秘話
2018年4月15日 15:00
[映画.com ニュース] フランスと日本の若き才能の“出会い”によって誕生した「泳ぎすぎた夜」。共同監督という体制をとった「若き詩人」のダミアン・マニベルと「息を殺して」の五十嵐耕平が、主人公として起用したのは、演技未経験ながらも類まれなエネルギーを宿した当時6歳の少年・古川鳳羅(こがわ・たから)くんだった。「子どもって何を考えているのかという謎が深まったんですよ」という五十嵐監督の言葉通り、本作は決してひと筋縄ではいかない「新しい冒険」だった。(取材・文/編集部)
マニベル監督と五十嵐監督の初顔合わせは、2014年のロカルノ国際映画祭までさかのぼる。互いの作品に感銘を受け、偶然ランチの席をともにした2人は意気投合し、やがて映画製作を約束。共同監督については「一緒に映画を作ろうといった時点で、役割を分担することは一切考えていませんでした。全ての作業を2人でやる。単純に楽しそうだなと。ダミアンと一緒だったら、問題があっても問題にならない気がしていました」(五十嵐監督)と気負いはなく、ロケ地となった青森県弘前市での約1カ月の滞在を経て「子どもがひとりで何かをする」という素案へとたどり着いた。
両監督の脳裏に浮かんだのは、「大人は判ってくれない」(フランソワ・トリュフォー)、「白い馬(1953)」「赤い風船」(アルベール・ラモリス)、「鏡」(ジャファル・パナヒ)といった子どもにフォーカスを当てた名作の数々。これらに共通する「悪い大人というハードル」「社会的な壁にぶち当たる」という要素から離れた「対立構造のない子ども映画」を目指すことになった。作品の推力となったのは、同地で気になる子どもに話を聞いて回った“野生キャスティング”。偶然開催されていた音楽イベントで縦横無尽に走り回る鳳羅くんに惹きつけられたが、最初は「本当に彼と映画を撮ることはできるのだろうか」と悩んだようだ。
主演に鳳羅くんを迎えるにあたり、ある「現実」をフィクションの世界に持ち込んだ。それは父・孝さん、母・知里さん、姉の蛍姫さんを、劇中の家族として起用すること。「主人公の少年が海へ行く」という展開を考える際に、孝さんが漁業市場で働いていることが判明し、そのまま設定として取り入れた。この出来事がきっかけとなり「夜明け前に目が覚めた6歳の少年が翌朝、漁業市場で働いている父親に、自分が描いた絵を届けに行く」というメインプロットの方向性が固まった。
五十嵐監督「鳳羅くんは(役者が演じている)“お父さんと呼ばれる誰か”を父親と思うことができません。そういうフィクションを受け入れられないんです。だったら、鳳羅くんのお父さんに出てもらった方がいいのではないかと考えました」
ダミアン監督「僕たちは鳳羅くんの本当のリアリティを撮りたかったんです。この映画はフィクションだけど、ドキュメンタリー的な一面もあるんです。登場する絵は鳳羅くんが実際に描いたものですし、彼の衣装も私服なんですよ」
全編を通じてセリフを排した演出。当初はこのスタイルを選択する予定ではなかったが、鳳羅くんのエネルギッシュな動きを見て、考えを改めたようだ。「アクションひとつひとつに複雑な感情がのっかっているのが、画面を見ているだけでわかるんです。そこに言葉を足す必要を感じなかった」という五十嵐監督。撮影地となった弘前市の「雪が降った時、全部音が吸い込まれるような静けさ」を印象づけるための手法でもあり「(本作は)鳳羅くんのポートレートでもあり、弘前市のポートレートでもある」と説明する。
フィックスの映像が続く点については「(カメラを)パンやフォローを多用すると、ドキュメンタリースタイルに近づいていくですよ。固定の映像の方が、鳳羅くんがより自由に見える」と五十嵐監督が意図を明かすと、マニベル監督は「もちろんこの部分はチャレンジだとは感じました。でも、カメラは鳳羅くんのエナジーではない。あくまで私たちの目なんです。だからこそセパレートする必要があった。この距離感が面白いんです」と補足する。4:3の画面比率に関しても「鳳羅くんのサイズ感にぴったり。チャップリン、バスター・キートンといったサイレント映画を代表する俳優みたいに感情がダイレクトに伝わってくる」(五十嵐監督)と主演俳優の存在がフォーマットを呼び寄せたことを明かした。
6歳の子どもに芝居をさせるという難しさ――演出は試行錯誤の繰り返しだった。「まずは大人が考えたイメージではなく、実際に子どもが自発的にやりそうなことを設定したんですが、撮影は常に鳳羅くんの現実的な感情に左右されました。例えば『おもちゃを買ってもらえなくて悲しい』という時に、楽しそうに遊んでいるシーンを撮ろうと思ってもできないんです。状況に合わせて撮影を進行することが大事でした。どう声をかけるか、タイミングの問題です」と苦労を語る五十嵐監督。しかし「(演出の意図を)100%理解はしていなかったとは思いますが、きちんとお芝居をしていた」と振り返る。
ダミアン監督が「この子はアクティングがわかる」と感じたのは、冒険の最中、駅を訪れた少年の頭に偶然雪が落ちるというシーンでのこと。ここで鳳羅くんは帽子についた雪を振り払うと、雪が積もっていた標識を“2度見”するのだ。フィクションとリアリティの境界を、行きつ戻りつ歩みを進める鳳羅くん。そんな彼にとってNGテイクとは理解の範疇を超えるものだ。
五十嵐監督「NGがNGじゃないんですよね。彼は僕らが伝えたことを100%やっているだけ。でもNGだったりすると『今、ちゃんとやったじゃん』と(笑)。だからこそリテイクは難しいんです」
ダミアン監督「映画の撮影とは常に困難続きです。でも、この映画の撮影は特に難しかった。雪、子ども、コントロールできない偶然がたくさん。もとから監督が2人必要だったのかもね(笑)」
第74回ベネチア国際映画祭のほか、第65回サンセバスチャン国際映画祭に正式出品され、第18回東京フィルメックスでは学生審査員賞とFilmarks賞の2冠に輝いた本作。「自分の子ども時代を思い返した」など、2人のもとには多くの感想が寄せられたが、なかでもユニークなものが、ベネチアの地でスクリーンに映る自分の姿を見た鳳羅くんの言葉だろう。映画の結末から生まれたその感想は「この映画はまだ終わっていない。(ある行為を完遂するまで)撮影を続けなきゃいけない」。鳳羅くんの「新しい冒険」は終着地点に達していなかったのだ。
6歳の少年が父のもとへ向かう。シンプルな物語ながらも、フラットな日常の延長、子どもが“ひとり”で冒険に出るという行為はあまりにもスリリングだ。電車に乗る、車が行き交う道を横断する、大雪に見舞われる、その対象が幼い子どもとなるだけで「一体どうなってしまうのか」という不安がよぎり、スクリーンから目が離せなくなってしまう。国境を超えてタッグを組んだ新鋭監督2人の果敢な挑戦に、あなたは“出会う”べきだ。
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