成瀬巳喜男監督作「浮雲」は「腹立つ名言がたくさん」 呉美保&川本三郎が魅力語る
2016年11月1日 17:40
[映画.com ニュース] 「めし」「乱れ雲」などで知られる成瀬巳喜男監督の最高傑作と称されるラブストーリー「浮雲」(1955)の4Kデジタルリマスター版が11月1日、第29回東京国際映画祭の日本映画クラシックスで上映され、映画監督の呉美保(「きみはいい子」)、評論家・脚本家の川本三郎氏が東京・EXシアター六本木でのトークショーに出席した。
小説家・林芙美子氏の代表作を「山の音」の水木洋子氏が脚色し、「ゴジラ(1954)」の玉井正夫が撮影、「不滅の熱球」の斎藤一郎が音楽を担当した今作。戦中・戦後の混乱期、農林省のタイピストとして仏印へ渡った幸田ゆき子が、奔放で自堕落な技師・富岡兼吾と出会い、不幸を承知で愛欲に溺れていく姿を描いた。
ゆき子を演じた高峰秀子の代表作とされ、富岡役の森雅之も“ゲス男”を熱演。「成瀬巳喜男 映画の面影」を出版した川本氏は、「この映画は本当に暗いです」といい、「若い人たちがご覧になると、『どうしてこんな男についていく?』と思う方も多いのでは。この映画を理解するには、舞台が戦争直後ということが大事。仏領インドシナから引き上げてきた男女が、激変する日本社会にだんだんついていけなくなり、追い詰められていくんです」と説明する。一方の呉は対照的な意見で、「私としては、ものすごく男と女の普遍、生きることの意味を感じられました。今の若い人、男女間のいろいろを思っている人こそが、これを見ればいいとも思いました」と評した。
物語は環境の犠牲になる女性の悲恋を切々と映し出しており、呉は「腹が立つ名言がたくさんあるんですよね。自分のことしか考えていない富岡を、毎回、煮えくり返る思いで見ています」と身を乗り出す。これを受け、川本氏は「同時代の黒澤明や小津安二郎の映画には、こういうダメ男はほとんど出てこない。成瀬作品だけなんです」と語り、「この映画の森雅之に驚くのは、女性に金を借りるシーン。自分の奥さんの葬式代がないから、愛人に金を貸してくれという」と苦笑した。
それでも川本氏は、「でも森雅之がやっているから許せちゃうんですね」とも話す。「森雅之はもともとは舞台出身の俳優で、三船敏郎のような大スターではなかった。それが今から3年ほど前、『キネマ旬報』で全俳優ベスト10をやったら、森雅之が第1位になったんです。これは本当に驚きました。森雅之はやさぐれてはいるけど、下品なところが全くない。崩れた気品があって、そこに魅力を感じるんでしょうね」と声を弾ませると、呉も「そうですよね!」と同調していた。
第29回東京国際映画祭は、11月3日まで。
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