イ・チャンドン アイロニーの芸術 : 映画評論・批評
2023年8月22日更新
2023年8月25日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほかにてロードショー
現在から過去へ遡り、映画制作の原点と人生の意味を見つめ直していく旅
韓国映画の巨匠イ・チャンドンの初の本格的特集上映にあわせて、全6作品とともに4Kで堪能できる、彼の制作の原点に迫った新作ドキュメンタリーだ。作品に影響を受けたフランスのドキュメンタリー監督アラン・マザールの脚本を元に、被写体であるイ・チャンドン自らがコレボレーションした貴重な映像作品で、日本初公開となる。
これまでの監督作品を編集室でレストア(復元)作業しているところからはじまり、新作短編の撮影風景が映し出され、コロナ禍を経た新たな状況から、これまでの人生の意味を見つめ直したいと語る。そして、現在から過去へ時間を遡る方法で、1人の男の人生をエモーショナルに描いた「ペパーミント・キャンディー」(1999)のように、作品のロケ地や幼少期に過ごした場所など縁の地を訪れながら、現在から過去へ辿り、各作品を振り返っていく構成が心憎い。
直近作の「バーニング 劇場版」(2018)から、「ポエトリー アグネスの詩」(2010)、「シークレット・サンシャイン」(2007)、「オアシス」(2002)、「ペパーミント・キャンディー」、そして監督デビュー作「グリーンフィッシュ」(1997)は、カンヌ国際映画祭や韓国の大鐘賞映画祭などで多数の賞を受賞しており、世界中の映画人に影響を与えている。「時間的な観点から見れば 人生はアイロニーでしょう」と言う監督の時間的な観点、アイロニー(皮肉、反語)が意味するものとは。映画は見えないものをどう伝え、映画という媒体を通して何を伝えたいのか、各作品の当時の思いを語りあかしていくこの新作ドキュメンタリーは、監督と一緒に見えないものの真実を探す旅となる。
また、各作品に主演したハン・ソッキュ、ソル・ギョング、ソン・ガンホ、チョン・ドヨン、ムン・ソリ、ユ・アインや制作スタッフも登場し、撮影当時を振り返っているのも大きな見どころ。それぞれの作品から俳優として飛躍していった彼らの言葉からも、小説家だったイ・チャンドンの映画制作の原点と、各作品で何を語ろうとしたのかが見えてくる。各作品の名シーンとともに、ロケ地が映し出され、自ら語る監督とともにまさに聖地巡礼をしているような感覚を体験でき、6つの作品の世界と新作ドキュメンタリーが融合する。
現代社会の問題に切り込みながらも、抑制された語り口による独特な作風、青い空、沈みゆく太陽、分岐する線路、静かに流れる川、寂しげな部屋の壁に反射する光、風に舞う赤いスカーフなど、なぜか一度見たら記憶に焼き付いてしまう。「ペパーミント・キャンディー」で、トンネルから列車が出てくる鉄橋の下の川辺で、ソル・ギョング演じる主人公が顔に日差しを浴びながら涙するシーンは、思い出す度に胸が熱くなる。作品を未見の方には6作品を見てからこのドキュメンタリーを見ることをオススメするが、先に見れば、遡って作品を見てみたくなるはずだ。
(和田隆)