劇場公開日 2023年12月22日

PERFECT DAYS : インタビュー

2023年12月21日更新

ヴィム・ヴェンダースの音楽、音、機材へのこだわり オノ セイゲンと対談

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第76回カンヌ国際映画祭で役所広司が最優秀男優賞を受賞、米国アカデミー賞国際長編映画賞の日本代表選出も決定したヴィム・ヴェンダース監督の「PERFECT DAYS」が公開となる。

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本作では予告編で印象的に流れるルー・リードの代表曲「Perfect Day」をはじめ、音楽に造詣の深いヴェンダース監督のセンスが光る数々の楽曲が選ばれ、風景や登場人物の心象の一部のように用いられている。これまでも、様々な都市へ独自のまなざしを向けてきたヴェンダース監督が、東京という大都会で自分らしさを見失わずしなやかに生きる主人公、平山さんの日常を描く“Good Feeling”ムービーだ。

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このほど、ヴェンダース監督の初期代表作「東京画」「パリ、テキサス」「ベルリン・天使の詩」などを含む 「ヴィム・ヴェンダース ニューマスターBlu-ray BOX」全作の音声マスタリングを手掛け、録音エンジニアとして、1982年の「坂本龍一/戦場のメリークリスマス」から、ジョン・ゾーン、アート・リンゼイら国内外のアーティストのプロジェクトに参加するオノ セイゲン氏が、ヴェンダース監督と対談。新作「PERFECT DAYS」の話題をはじめ、音、音楽、機材へのこだわりを語りあった。(取材・文/編集部、撮影/松蔭浩之

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▼ヴェンダース監督のチェックの下、オノ氏がリマスターを手がけた「ヴィム・ヴェンダース ニューマスターBlu-ray BOX」

オノ(以下O) 昨年のBlu-ray BOX発売時にはお会いできなくて。12作すべて、一生懸命マスタリングしました。

ヴェンダース(以下W)全部聞きましたよ。音質がとても良くなっていました。マスタリングの作業は1作あたり2~3日くらいかけましたか?

O いえ、もっと時間をかけました。僕の好きな作品ばかりでしたので、シーンごとに精査し、トータルで4カ月くらいかかったんです。

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W ということは、あなたはこの時期の私の作品のディテールの秘密をたくさん知りましたね(笑)。

O そうかもしれません。でも、音に関して何かを足したり、引いたりはしていません、ただ音を磨いただけです。

W そう、(製作当時の私の意図から)何も変わっていなかったのに音がすごく良くなっていました。

O ありがとうございます。

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▼東京で撮影された「PERFECT DAYS」 木漏れ日、光と影

O 僕は渋谷区に住んでいるので、劇中に出てくる2つのトイレを体験しています。特に坂茂さん設計の、透明のドアのトイレには驚きました。

W そうですね、最初は入るのが怖いのですが、1度入ると中がとてもきれいなので、楽しくなります。私はあの仕掛けが大好きです。

O 役所広司さんが演じる平山さんがフィルムカメラで撮る、木漏れ日が印象的です。僕は、この映画を試写で見てから“ヴェンダースごっこ”と称して散歩途中に木漏れ日の写真をモノクロで撮るようになりました。木漏れ日は、英語では何と言うのでしょうね?

W 木漏れ日に該当する言葉がないので、二つのセンテンスを用います。"Sunshine freeze leaves producing a game of light,on the wall on ceiling" このような感じで、“木漏れ日”のように美しくはないのです。

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O 木漏れ日の光の広がり、奥行き、輝きは、撮影監督アンリ・アルカンのライティングを思わせますね。僕は1988年にミラノの家具の展示会で、アンリ・アルカンの照明、ピーター・リンドバーグの撮影で、僕はオリジナル音楽のライブ演奏をしました。その時に、アンリ・アルカンの照明を体感し、正にコクトーの「美女と野獣(1946)」の世界に飛び込んだ気分でした。ヴェンダース監督の「ベルリン・天使の詩」でも彼の照明が美しかったです。あのマジックはどのようにできあがっているのでしょう?

W その通り、彼は“マスター・オブ・木漏れ日”ですね。私は、アルカンとの前に、ロビー・ミューラーとも多くの仕事をしています。ミューラーも照明を大事にしており、いろんな方向から光を当てても、床に落ちる影はひとつだけなのです。一方、アンリ・アルカンは、多くの影を作りました。彼はそれを気にせず、多くの光源から多くの影ができることを楽しんでおり、それが彼のスタイルの豊かさでした。これはミューラーとアルカンの大きな違いです。

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▼「PERFECT DAYS」で平山さんが使ったカメラ、各種機材へのこだわり

O 次はカメラの話を伺いたいです。「PERFECT DAYS」で、平山さんはフィルムカメラ(オリンパス μミュー)を使って、木漏れ日を撮っていましたね。今日、僕も持ってきたんです。このカメラを映画で使うことはヴェンダース監督のアイディアだったのですか?

W そうです。撮影監督のフランツ・ルスティグが、最高のコンパクトカメラのひとつだと勧めてくれたのです。

(ヴェンダース監督、オノ氏のカメラを使って取材風景を撮影する)

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O ヴェンダース監督は3D映画も発表していますし、最新の撮影技術も使われますね。僕は、1990年頃にもヴェンダース監督と東京でお会いしているんです。僕はマイルス・デイビスが亡くなる2か月前のモントルージャズフェスティバルのハイビジョン用のミキシングをしていたタイミングで。その時はソニーのハイビジョンセンターの担当者が一緒でした。

W ああ、そのことは憶えていますよ。

O 「都会のアリス」では発売される前のポラロイドSX-70を使っていました。70~80年代の作品ではポータブルレコードプレイヤー、ジュークボックスも登場していました。最先端のガジェットを用いることもあれば、今回の「PERFECT DAYS」ではフィルムカメラと、カセットテープというアナログな小道具が平山さんのアイコンのような役割を果たしています。

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ヴェンダース監督が撮影した取材時の模様
ヴェンダース監督が撮影した取材時の模様

W 僕は、ハイレゾリューションや3Dも大好きで、それはデジタルでしかできないことです。「PERFECT DAYS」は、フィルム撮影も考えましたが、時間的な制約があり不可能でした。16日間で撮影しましたから。真夜中のシーンでも、暗闇でも鮮やかに撮影できるデジタルカメラを選びました。

現代ではノスタルジックな存在ですが、私はフィルムが好きだし、その粒子が好きです。でも、問題が多く起こるんです。私はたくさん旅をするので、必ず荷物の放射線検査を受けなくてはなりません。そこで、影やおかしな影響が出てしまい、多くのフィルムを失いました。このように、旅には適さないので、次第に使わなくなりました。カセットテープに関しては、NAKAMICHIのドルビーA、B、C付きのカセットレコーダーを今でも使っています。

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O 僕はウォークマンプロフェッショナルD6を今でも4台使っています。

W 私も2台持っていますよ。ウォークマンプロフェッショナルD6を使って、1度だけサウンドエンジニアも自分でやりました。「東京画」の時です。カメラマンとふたり体制だったので、彼が16ミリカメラを回し、私が音を録りました。しかし、もう二度とやりたくない経験です。なぜなら、ヘッドホンをつけて下を向いていて、良い音が録れた!と思って、カメラマンが撮った映像を見たら、別のものを撮っていましたから(笑)。

▼「PERFECT DAYS」の楽曲について、過去作に出演もしているルー・リード

O 「PERFECT DAYS」というタイトルについて教えてください。劇中ではルー・リードの「Perfect Day」が使われていますが、この曲がきっかけだったのですか? また、劇中で使っている楽曲の選曲について教えてください。

W まず脚本が先です。ルー・リードの曲を2曲使うことは決めていて、タイトルは後から、共同脚本の高崎卓馬さんと二人で決めました。脚本がとても早くできて、撮影もとても早かったのです。でも急かされた気はしませんでした。僕は早く仕事をするのが好きなので、PERFECT TIMINGな映画でした。

楽曲の使用許諾を取る担当者たちは、素早く仕事をしなければいけませんでした。時間を無駄にしないよう、彼らはベルリンで仕事をしていました。彼らがとても一生懸命やってくれたのでほとんど許諾を取れましたが、想定した2、3曲は使えませんでした。

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使った曲のいくつかは、すでに許諾が取れており、あらかじめ脚本段階で決めていたものです。実際、ニーナ・シモンの「Feeling Good」の歌詞は脚本の一部でした。歌詞が平山のひととなりを象徴(描写)している、と私は感じ、脚本制作以前から念頭にあったことです。そして、楽曲はラストシーンで使用しました。

O ルー・リードは、「ベルリン・天使の詩」(87)の続編、「時の翼にのって ファラウェイ・ソー・クロース!」(93)にも出演していますね。僕は1982~88年、デビッド・ボウイやデペッシュ・モードが録音した、ベルリンの壁の横にあったハンザトンスタジオへ何度かレコーディングに行きました。あの場所で、東の世界が覗けたことがとても思い出深いです。

1989年にベルリンの壁が壊され、東西ドイツの国境が開かれる日が来るとは誰も思っていなかった時代でした。壁があったベルリン、そして東西ドイツの統合につながる壁の崩壊、それをまたいだ2本の映画「ベルリン・天使の詩」と「時の翼にのって」が、まるで今の混沌とした世界を予見するように感じるのです。「時の翼にのって」には、ミハイル・ゴルバチョフ元ソビエト大統領も出演しているのに驚きました。

W ゴルバチョフ氏は当時の政治を語る上で非常に重要な人物です。彼にはベルリンの壁の崩壊の責任があり、そして、彼は先見的な政治家でした。私にとって、彼以上に先見の明のある人はいません。ですから私は彼本人を映画に出演させたかったのです。そして彼は私たちに30分だけ時間をくれました。それで十分でした。ルー・リードとゴルバチョフをひとつの映画に撮ることができたのは、魔法のようでした。とても幸運なキャスティングですよね!

O ああ、対談終了の時間がきました。今日はどうもありがとうございます。

W とってもいい話ができましたね、どうもありがとう。

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