劇場公開日 2021年6月25日

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1秒先の彼女 : 映画評論・批評

2021年6月22日更新

2021年6月25日より新宿ピカデリーほかにてロードショー

時間と記憶をめぐる恋愛物の要素を継承しつつ、ジャンルを鮮やかに更新するポップな好作

世の常識やテンポに合わせられず、どこかずれてしまうアウトサイダー。そんな人々を描いてきたのが、“台湾ニューシネマの異端児”チェン・ユーシュン監督だ。誘拐された少年と犯人やその家族との奇妙な交流の日々を綴るデビュー作「熱帯魚」(95)しかり。都会に暮らす若者たちの不器用な恋や生き様を描く「ラブゴーゴー」(97)しかり。これら2作はまた、2000年代のジャン=ピエール・ジュネ監督作「アメリ」やミシェル・ゴンドリー監督の諸作に備わる、ポップで繊細でちょっとシュールな感性と映像センスを先取りしたかのような魅力も放っていた。

長いブランクを経て10年代に発表した「祝宴!シェフ」と「健忘村」(「エターナル・サンシャイン」を思わせる記憶消去装置が鍵になる)は、予算も内容も規模が大きくなり娯楽色が濃くなった分、かつてのアウトサイダー感覚は後退。だがこの長編第5作で、初期2作の原点に回帰しつつ、時間と記憶をめぐる恋愛物の要素を巧みに織り込みアップデートすることに成功している。

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物語の前半では、何をするにもワンテンポ早い郵便局員シャオチーが、“失った1日”の謎を探るうち、忘れていた大切な記憶に行き着く。演じるリー・ペイユーは長身で手足の長いモデル体型だが、愛嬌のある顔立ちで変顔もちょいちょい見せて親しみが増す。後半は、常にワンテンポ遅いバス運転手グアタイ(リウ・グァンティン)の視点で、シャオチーとの出会いや、突然の“与えられた1日”にとった行動を明かしていく。彼の内気な性格や、初恋の相手を心の支えにし、想いを手紙に込めるといった設定も、初期2作の主要人物を反復する。

時間と記憶をめぐる恋愛映画の中では特に、「恋愛睡眠のすすめ」「フローズン・タイム」「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」に近い要素が認められる。これ以上の具体的説明は控えるが、上記3作が好きな人なら「1秒先の彼女」もきっと気に入るはず。懸念される点として、恋慕の情に突き動かされた行動が相手の気持ち次第でロマンチックにもセクハラにもなるという難問をはらむが、これは恋愛を扱う創作物が何世紀にもわたって語り、刷り込んできた悪しき伝統とも言える。恋愛物における倫理観もまた、時代に合わせてアップデートする必要が、表現者とオーディエンスの双方にあるのだろう。

高森郁哉

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