マルモイ ことばあつめ

劇場公開日:

マルモイ ことばあつめ

解説

1940年代の日本統治下の朝鮮半島で言語が朝鮮語から日本語に変わり、名前も日本式となっていく中、母国語を遺したい思いで全国の言葉・方言を集めた「マルモイ(ことばあつめ)作戦」の史実をベースに描いたドラマ。親日派の父親を持つ裕福な家で育ったジョンファンは、失われていく朝鮮語を守るために朝鮮語の辞書を作ろうと各地の方言などあらゆる言葉を集めていた。盗みなどで生計をたてていたパンスは、ジョンファンのバッグを盗んだことをきっかけに、ジョンファンとかかわるようになる。学校に通ったことがなく、朝鮮語の読み書きすら知らなかったバンスはジョンファンの辞書作りを通して、自分の話す母国の言葉の大切さに気づいていく。「タクシー運転手 約束は海を越えて」の脚本家オム・ユナが初監督と脚本を担当。バンス役を「ベテラン」「王の男」のユ・ヘジン、ジョンファン役を「犯罪都市」「ゴールデンスランバー」のユン・ゲサンが演じる。

2019年製作/135分/G/韓国
原題または英題:Malmoe: The Secret Mission
配給:インターフィルム
劇場公開日:2020年7月10日

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映画レビュー

4.0アイデンティティ

2024年10月18日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

言語と名前は自分のアイデンティティであるそして、自分まで連綿と繋がってきた祖先からの大切な預かり物である。また次の世代へと繋いでゆく大切な預かり物である。 1930年代の日本統治時代に朝鮮語の使用禁止や創氏改名を主とする朝鮮民族固有の文化への弾圧がはじまった京城。総督府の監視も厳しく、朝鮮語を守ろうとする学者たちは息を潜めて辞書編纂のために「マルモイ ことばあつめ」をしている。 総督府や警察からの弾圧や同じ朝鮮民族でも生き延びるために親日派となったであろう者たちからの妨害で難航する作業。 命がけで作業を進める「学会」のメンバーたち。そして非識字者であったが「学会」と出会い識字できることで世界が広がっていくうるさくて家族思いだがうだつの上がらないパンス。中盤のたるみをチャラにしてしまうエネルギーが後半に炸裂する。 言葉は魂であり、民族やその文化圏を繋ぐもやいでもある。その言葉をもって親が子に授ける名前は言霊の最たるものだ。 当たり前に日本語を話し、親からもらった名前と自らの意思で選んだ名前で生きていることに感謝と誇りを持とうと感じた。 118-47

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イズボペ

5.0文化を守る、その意義を伝えてくれた

2020年9月29日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

言語とは文化の土台であり、最も基本的なものだ。存在するのが当たり前すぎて、忘れがちになるが、言葉もまた誰かが守らないとなくなってしまうようなものなのだ。この映画で描かれたように占領統治の政策で危機に陥ることもあれば、地方の方言のように徐々に標準語に侵食されていくことでなくなる場合、民族自体が少数となり使える人間がほとんどいなくなってしまうなど、様々な理由がある。 どの民族にも固有の表現があり、物語がある。土台である言語がなくなれば、それらはほとんど全て消えてしまう。この映画が描いた言語を守るという行為は、その民族の全ての文化を守ることだ。 映画館の使われ方がとても印象的だ。映画というのは、戦前・戦中・戦後も色々な国でプロパガンダとして使われたメディアだ。日本も例外ではない。その映画館で密かに辞書編集の大会議を開き、言語を守る戦いをしていたというのはなかなか皮肉が効いている。国や人種、民族の違いを超えて、文化を大事にする人々との連帯を大切にしたいと思った。

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杉本穂高

4.5【”言葉は民族の精神”大日本帝国支配下の朝鮮で、母国語の辞書作りに命を懸ける人たちの姿を描いた逸品。ユ・ヘジン演じる文盲の男と朝鮮語学会の代表との交流と別れが沁みる作品でもある。】

2024年6月24日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

悲しい

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幸せ

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NOBU

4.5「辞書」の持つ重み

2023年12月28日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:VOD

「博士と狂人」や「舟を編む」などの作品同様、本作も「辞書」の編纂がストーリーの柱だったが、言葉を集めて意味を定義するという、「辞書」の持つ意味と重みを考えさせられた。 言葉は、文化そのもの。文字の読み書きができないパンスであっても、暴力に関わる微妙な言葉づかいの違いには敏感だったり、方言集めにユニークな発想を持ち込んだりと、彼がこれまで生きてきた道のりが、辞書の内容の豊かさや正確さに繋がっていく。そのパンスが少しずつ文字を獲得し、自分の世界を広げていく様は、「言語の確立=文化の成熟」を観客に追体験させる仕掛けになっていたように感じた。 また、この映画は、その国の言葉の使用を意図的に制限するというのは、正に「蹂躙」そのもので、相手の尊厳を踏みにじる目的以外の何物でもないことをきっちりと描き出す。 劇中に登場する「日本語しか話せない少年たち」を見て、きっと誇らしく思う日本人はいないだろう。その居心地の悪さは、これからも大事にしていきたいと思う。

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sow_miya