一筋縄では行かない作品だが、主演二人の演技の熱量に目を奪われ最後まで引きずられていった。
ウィレム・デフォーとロバート・パティンソンの千変万化の顔面が、物語の大半を彩ると言ってもいいかも知れない。下からランプで照らされるデフォーの顔が怖い。パティンソンの目に宿る狂気も尻上がりにすさまじい。不穏な展開になる予感しかしないし、次に何が起こるか分からない恐怖を、彼らの表情から常に感じた。
撮影カメラはヴィンテージ、こだわりのモノクロームフィルム、1.19:1のアスペクト比。これらの「いれもの」が見る側をうまいこと物語の世界に連れて行ってくれる。
色々暗示的な描写があって、それは精神分析学やギリシャ神話に依拠するものらしいのだが、私は詳しくないので考え込むのは後回しにした。二人の顔芸(リスペクト込めて)と昔のサイコサスペンス映画の雰囲気を味わうくらいの構えで見てもいいのかも知れない。
なお余計なお世話だが、私の隣にカップルがいたので思ったこと。まだうきうきしている時期のデートムービーとしては絶対にお勧めしない。男性の性的暗喩や妄想その他諸々、気まずくなりそうな要素が多いので(私見)。
時折場違いなお笑い要素とおぼしき一瞬が挟まれるが、陰鬱な雰囲気や二人の演技合戦との落差が大きすぎて、全くほっこりしない。デフォー演じるウェイクはしょっちゅうオナラをするのだが、あ、お腹ゆるいんですね……くらいしか思う余裕がない。
こんな上司と離島に二人きりとか、そりゃ頭おかしくなるよな……というのをたっぷり見せられた後、当てにしていた連絡船が嵐で来れないことが分かり、兆しのあったウィンズローの妄想と狂気が暴走を始める。
そこからは、荒波に翻弄される小舟のような、二人の不安定な情緒の格闘だ。アルコールと妄想も混じって、泥沼でもがくかのごとき心身の取っ組み合いが続く。不条理が加速する展開に最早どういう趣旨の描写なのかよく分からなくなってくるが、彼らの顔に見入っているだけでそのまま狂気の世界に連れて行かれそうな、ぞっとする瞬間があった。
内容は全く関連がないのだが夢野久作の「ドグラ・マグラ」を思い出した。狂人を客観的な描写で見せるのではなく、その内的世界に引き摺り込むことで恐怖を感じさせるような……この受け止め方が、どこまで合っているか分からないが。そういえば「ドグラ・マグラ」も巻頭歌の後は「……ブウウーーーンンンーーー……」から始まっている。こちらは時計の音ではあるが、狂気の世界への導入が偶然似るというのも面白い。
パンフレットに伊藤潤二氏の漫画が載っていると聞き、鑑賞前に買って読んだ。カモメの描写で個性を出してるなあと思って鑑賞したら本編に全く忠実で、むしろ本編のカモメの方が不穏なのでちょっと笑ってしまった。
エガース監督、アリ・アスター監督と仲良しなのね。納得です。