峠 最後のサムライ

劇場公開日:

峠 最後のサムライ

解説

幕末の動乱期を描いた司馬遼太郎の長編時代小説「峠」を、「雨あがる」「蜩ノ記」の小泉堯史監督のメガホン、役所広司、松たか子、田中泯、香川京子、佐々木蔵之介、仲代達矢ら日本映画界を代表する豪華キャストの共演で映画化。徳川慶喜の大政奉還によって、260年余りにも及んだ江戸時代が終焉を迎えた。そんな動乱の時代に、越後長岡藩牧野家家臣・河井継之助は幕府側、官軍側のどちらにも属することなく、越後長岡藩の中立と独立を目指していた。藩の運命をかけた継之助の壮大な信念が、幕末の混沌とした日本を変えようとしていた。「蜩ノ記」に続いて小泉監督作に主演する役所が主人公となる継之助に扮し、継之助を支え続ける妻おすがを松が演じる。

2022年製作/114分/G/日本
配給:松竹、アスミック・エース

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(C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

映画レビュー

4.0ある意味でこれが「最後の日本映画」になるかも知れない。

2022年6月28日
PCから投稿

小泉堯史監督といえば、黒澤明監督作品の助監督を務め、黒澤組のスタッフを引き継ぐように監督デビューした人物。作風や作家性が同一ではないにせよ、画作りや演出におちて、確実に黒澤映画のメソッドを受け継いでいるし、小泉組の常連スタッフたちも、もはや日本映画史の伝説と言っていい。

司馬遼太郎の同名長編小説を原作に、長岡藩家老・河井継之助を主人公に描いた本作は、正直、前知識がない人にはキツイ、というか、限りなく不親切設計だと思う。例えるなら、MCUの知識が一切ないまま『アベンジャーズ エンドゲーム』を観るのに近い。河井継之助という破天荒で矛盾に満ちた人物の、最後の一年間にだけ焦点を絞り、滅びの美学に殉じていく姿を静かに見つめる。そんな構成は、いきなり最終回一回前から見るのにも似ているかも知れない。

サムライの美学、滅びの美学といった、いささか人迷惑な陶酔に溺れすぎているきらいはある。しかし、ちゃんと画面の内外に人を配し、ロングのカメラ複数台で撮影していくというもはや滅びつつある映像はずしりと腰が座っていて、そこで詩のように紡がれる「滅びの一歩手前の静かな時間」は、上品なエモさであふれている。

モブの顔つきがみんないいのもこの映画の長所であり、いずれにせよ手間と暇をかけることを厭わない姿勢に感心すると同時に、こういう豊かな映画作りは今の疲弊した日本では消えていくしかないわけで、最後のサムライならぬ最後の日本映画になるのではないか、とそんな感慨にとらわれた。人は選ぶが、題材に興味がある人にはおすすめです。

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村山章

4.5「司馬遼太郎」×「黒澤明組スタッフ」が総力を挙げて作り上げた「サムライ(武士)」の最後を描く本格的な時代劇映画。

2022年6月17日
PCから投稿

本作のメインとなる舞台は、現在の新潟県です。
なぜ新潟県なのかというと、実は新潟県は明治初期の段階では「全国の都道府県で人口が最多の県」であり、日本のメインでもあったのです。
本作は、徳川家によって統治された260年余りにも及んだ江戸時代が終わりを告げる「大政奉還」から始まります。
この最後の将軍・徳川慶喜による「大政奉還」のシーンは、もはや映画の現場ではほぼ見かけない「フィルムカメラ」で、2,3台という体制で7分間を超えるような長回しをしています。
本作のメガホンをとったのは黒澤明監督に師事し、黒澤明の遺作シナリオ「雨あがる」でデビューを果たし、日本アカデミー賞で最優秀作品賞をはじめ総なめにした小泉堯史監督です。
本作は「黒沢組スタッフが集結した集大成のような作品」となっているのです!
そして本作の主役は、越後の長岡藩(現在の新潟県長岡市)の家老である河井継之助(つぎのすけ)です。
「大政奉還」により❝平安の時代❞が訪れるはずが、新政府を樹立する薩摩・長州を中心に「徳川慶喜の首が必要だ」となり、国が「東軍(旧幕府側)」と「西軍(新政府を樹立した明治天皇側)」に二分し、「戊辰戦争」という日本最大の内戦に至ります。
この最後の動乱を経て、サムライはいなくなりますが、まさに「サムライとは何だったのか」を象徴する人物が、司馬遼太郎の長編時代小説「峠」で描かれた河井継之助なのです!
「忠義は重んじるものの、無用な争いが起こらないように死をも恐れず誠心誠意を尽くす」姿は、今の世の中に響くものがあります。
そして、この国の行く末を考える際に、福沢諭吉が説く「教育」の重要性が出てくるなどキチンと本質を洞察していた人物であることが分かります。
主演の役所広司の渾身の演技は言うまでもなく、妻役の松たか子はナレーションも上手く、時代劇が無くなりつつある今、見るべき本格的な時代劇となっています。

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細野真宏

4.0新選組のように有名ではない幕末のサムライ。戦略を立てながら平和を願う彼の姿にサムライの在り方を改めて考えさせられる

2022年6月16日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:試写会

司馬遼太郎の「坂の上の雲」「竜馬がゆく」などは大河ドラマなどで有名だが、彼が書いた「峠」については知らない人が多いのかもしれない。
1977年の大河ドラマ「花神」の原作の1つとして採用はされたが、あくまで1部であり、本作の映画化により初めてその全貌が映像化された。
映画化された本作は、幕末に生きた河井継之助の話で、戊辰戦争前後の長岡藩の話である。
そもそも長岡という地名も新潟県民でないとピンとこないのかもしれない。
しかし、司馬遼太郎が「侍とは何か」を考えるべく白羽の矢を立てたのが河井継之助であり、「峠」により越後長岡藩の家老・河井継之助を世の中に知らしめることとなったのだ。
それは「藩」や「武士」などという仕組みから解放を模索し続け、時代の先を読んでいた人物だからだ。
「侍は民のために存在する」と、戦いのない世を願ったにもかかわらず、時代の転換期による動乱に巻き込まれていく悲劇は「最後のサムライ」の姿を見た思いだ。
幕末の風雲児・河井継之助を演じた役所広司と、その妻を演じた松たか子は、文字通り夫婦そのもので、その凛とした夫婦関係が心に染みた。
この2人以外のキャストも豪華で、「もっと出て欲しい!」と名残惜しく思うほど贅沢な使い方であるが、主役(役所広司)を中心に描くべき作品のため、この思いっきりも潔い。
本作は、徳川幕府の終焉と、あまり知られていない幕末の風雲児と越後長岡藩を改めて学ぶ大事な機会であり、歴史を大局的に把握し、人情的に見ると、より作品の良さが伝わる。

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山田晶子

1.5おつかれさまでした

2022年11月27日
PCから投稿

演技者みんな力が入ってて言いにくいのですがあんぽんたんな映画でした。

河井継之助には先見性がありましたが、時代は幕末、開国派と攘夷派が対立していて、そのあいだにも佐幕やら尊王やら、みんながバラバラにこうすべきだああすべきだと言って譲らず、争っていました。だから継之助もやらざるをえなかった。近代的合理主義を持っているのに時代に翻弄された栗林忠道のような人だと思いました。その立脚点も武士らしい哲理も解りましたし、悲運に朽ち果てるのは不憫でした。

しかし、ぶきっちょすぎる描写とあほなせりふによってむしろコメディでした。
みえを切りすぎです。愁嘆場も設けすぎです。なにやってんだこのひとたちは。へんな描写もいっぱいありました。奥さんと芸者あそびしたり、しみじみオルゴール聴いたり、城を奪還したら村で踊っちゃって、足撃たれたら歌っちゃって、俺を戦場に置いていけと言ったのに屋敷でゆっくりしちゃって・・・ちぐはぐなシーンが、崇高な武士のいきざまをことごとくずっこけに見せてしまっていました。

それをみて、あらためて監督は罪深いものだと思いました。
なぜなら役所広司はじめ演技者全員が渾身の力演だったからです。
黒澤明と仕事していた業界の長老が監督やっていることもあるんでしょうが、みんなにピリッピリに演じさせておきながら、その力みがまったく映画と絡んでこない。ひたすら演技者の空振りが伝わってくる映画でした。おつかれさまでした。

ところで、中盤で政府軍に嘆願書を渡そうとする場面があります。
応対した吉岡秀隆(演)の態度、変じゃなかったですか?わたしは爆笑しました。
吉岡秀隆が演じた岩村精一郎は終始、怒髪天なやつでした。(結ってはいましたが。)
ウィキペディアの岩村精一郎(岩村高俊)にこんなことが書かれています。

『北越戦争時に、山縣有朋が小千谷の新政府軍本営に着いた際、岩村は贅沢な朝食を地元の娘に給仕させており、激怒した山縣は土足のままその膳を蹴り上げたという。長州人の岩村への評価は「キョロマ」であり、木戸孝允も同様の評価をしている。
佐賀県権令としても、ドナルド・キーンの「無能で横柄な岩村の抜擢は、最悪の選択だったと言える」との厳しい評がある。』
(ウィキペディア、岩村高俊より)

なおキョロマとは古い長州の方言で「短気で考えが浅いやつ」だそうです。キョロマでぐぐるとトップにこの岩村精一郎の逸話がでてきます。

継之助の信念を描くためか、嘆願書をしつこく頼む場面が比較的長くとられていますが、そんなキョロマなやつに取り次ぎを粘るのも、なんだかな──でした。
司馬遼太郎の小説のなかでは悲劇のヒーローですが、河井継之助には賛否があります。新潟県民や郷土史家にもアンチがいます。

わたしは、継之助が良いのか良くないのか解りませんが、すくなくとも「短気で考えが浅いやつ」岩村精一郎役を吉岡秀隆が演ったのはかんぜんなミスキャストだと思いました。
吉岡秀隆といえば「短気で考えが浅いやつ」の逆です。少なめに見積もっても100人中80人がそう見るでしょう。笑わせにきてるとしか思えませんでしたし、じっさい笑いました。

また、常在戦場の箴言を知らず錠剤1,000錠だと誤解し、大殿が痛みどめをくれたんだ──いい大殿だなと思いました。きょうび変換が間違っていたとしても誰もそれを指摘しません。意味が通じてしまうからです。錠剤1,000錠でわたし的には完全納得でした。

さて映画は幕末の悲劇をあつかっており、それに対する認識としては、現代の平和は先代のひとびとの苦労のうえに成り立っているゆえに、諧謔的なレビューはきわめて不謹慎です。そんなことは解っています。ただ映画自体はあんぽんたんもいいところでした。

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津次郎
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