わたしたち : 映画評論・批評
2017年9月12日更新
2017年9月23日よりYEBISU GARDEN CINEMAほかにてロードショー
残酷さとみずみずしさが入り混じる一瞬一瞬で紡がれる少女たちの世界
「オアシス」「シークレット・サンシャイン」のイ・チャンドン監督と言えば、誰もが認める韓国の名匠だが、2010年の「ポエトリー アグネスの詩」を最後に新作が届かなくなって久しい。しかし後進の育成にも力を注ぐイ監督は、「冬の小鳥」のウニー・ルコント、「私の少女」のチョン・ジュリといった才能を確かな眼力で見出し、そのデビューを後押ししてきた。くしくもこの2作品はどちらも女性監督であり、キム・セロン扮する謎めく孤独な少女が主人公という共通点があったが、ここに新たな少女映画が届いた。数本の短編映画で現代の子供たちを取り巻く現実を描いてきたというユン・ガウン監督の初長編である。
小学4年生の夏休みを迎えようとしている女の子ソンを主人公にした本作は、スクールカーストやイジメといった極めて深刻な問題を扱っているが、冒頭5分を観ればこれが“型にはまった社会派映画”でないことはすぐにわかる。そこでは体育の授業におけるドッジボールの組み分けが行われているが、カメラはソンをクローズアップで捉え続け、そのあどけない笑顔にかすかな不安がよぎり、失意に変わりゆく様を映し出す。白昼の校庭で誰にも気にかけられることなく、そして自分が疎外される理由さえまったくわからないまま、ひとりの少女が集団から独りぼっちではじき出される瞬間。繊細かつ大胆な演出に裏打ちされたこの導入部のさりげない恐ろしさを鋭敏に感じ取った観客は、自身が子供だった頃の苦い記憶を呼び覚まされ、甘いノスタルジーとは真逆のハイレベルな緊張を強いられることを覚悟しなくてはならない。
終業式の日に裕福な家庭の転校生ジアと出会ったことでソンの夏休みは輝き出すが、経済的格差の歪みは子供たちの世界にも影を落とす。たちまち意気投合したはずのソンとジアの友情はささいなことから引き裂かれていくのだが、ここでもユン監督は説明的な描写に陥るのを避け、子役たちの生々しいリアクションを撮り続ける。劣等感や嫉妬、決して他言してはならない秘密。この世界の複雑さに初めて触れてしまった少女たちの動揺が幾度となくスクリーンに表出し、その残酷さとみずみずしさが入り混じった一瞬一瞬に観ているこちらまで身震いさせられる。
そして少女たちが経験する喜びも悲しみも痛みもヴィヴィッドにすくい取ったこの映画のさらに優れた点は、宙ぶらりんの曖昧な瞬間までも捉えていることだ。はたして新学期のドッジボールの授業で何が起こるのか。「わたしたち」という示唆に富んだ題名が脳裏をよぎるラスト・シーンがそこにある。
(高橋諭治)