カルメンという名の女

劇場公開日:

解説

ジャン=リュック・ゴダール監督が、ビゼーの名作オペラの原作として知られるプロスペル・メリメの短編小説を下敷きに撮りあげたラブストーリー。

現代のパリ。仲間たちと銀行を襲撃した美貌の女カルメンは、犯行中に出会った警備員の青年ジョゼフと恋に落ちる。2人は逃亡を図るが、ジョゼフは警察に捕まってしまう。やがて釈放されたジョゼフはカルメンのもとへ向かうが……。

後に「肉体の悪魔」などに出演するマルーシュカ・デートメルスがカルメン役で鮮烈なデビューを果たし、カルメンの伯父で精神病院に入院中の元映画監督ジャンをゴダール監督が自ら演じた。楽曲にはベートーベンの弦楽四重奏曲を多く使用。1983年・第40回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した。

1983年製作/85分/R15+/フランス
原題または英題:Prenom Carmen
配給:マーメイドフィルム、コピアポア・フィルム
劇場公開日:2023年4月28日

その他の公開日:1984年6月23日(日本初公開)

原則として東京で一週間以上の上映が行われた場合に掲載しています。
※映画祭での上映や一部の特集、上映・特別上映、配給会社が主体ではない上映企画等で公開されたものなど掲載されない場合もあります。

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(C)1983 STUDIOCANAL - France 2 Cinema

映画レビュー

4.0映画ならではの味わい

2023年12月7日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

楽しい

知的

一つ一つのシーンが、上等で珍しい料理を摘み食いさせてもらっているような味わいで、興味深くて最後まで目が離せない。美しい絵画とか、ユニークな風刺画とか、はっとするようなショート動画、個性的なものが映し出されている写真、それらをまとめて連続でみているかのような贅沢さ。
そこに音、音楽まで加わって。
映画ならではの味わい。
とりわけカルメンがすてきだった。

ストーリーはあるけれど、それ自体はどうとういうことはないとおもう。
さらに、ひとつひとつの場面は、常識的に考えればおかしく感じるものが多く、これらが皮肉なのか冗談なのか、現実なのか作りごとなのか、境界線も曖昧になってきた。
でも、そんな中でも、人間らしい<本物のもの>がテーマとしてはある。ごちゃごちゃな世界だからこそ逆にそれが美しいものとして効果的に浮かび上がってくる。
こっち側とあっち側・・・それらを繋ぎとめようとするが、それはとても細く弱く力不足だった。そして、ストーリーはあっけなく終わってしまう。

現実離れした表現がされているようにみえて、でもよく考えてみれば、私たちが生きている世界はこんな混沌とした変なもので、か弱いものなのかもしれない、と視点を変えさせられる。
そして人間らしい何か掴んでいる、何かできていると思いこんでいたくても、実は相当、非力なのかもしれない、と。

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あま・おと

3.0さっぱりわからなかった。

Mさん
2023年6月2日
Androidアプリから投稿

「映画大好きポンポさん」で「女優を美しく撮れたらそれで映画は成り立つ」みたいなことを言ってた気がするが、そんな感じ。

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M

3.5ゴダールが「ファム・ファタル」と「ノワール」に改めて向き合ってみせた濃密な愛憎劇。

2023年5月15日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

おお、これは80年代のゴダールのなかでも、例外的にストーリーがしっかりあって、観ていてふつうに面白かったな。
難解は難解だけど、ちゃんとぎりぎりのところで、臨界点でせめぎ合う男女のドラマとして成立してる。
少なくとも『パッション』や『ゴダールの決別』あたりの正真正銘の意味不明映画と比べれば、100倍見やすいと思います(笑)。

「ファム・ファタル」(運命の女)というテーマは、『気狂いピエロ』やいくつかの初期作においてもゴダールがある程度意識的に追っていたものだが、これだけ「もともと堅気の男性主人公よりも犯罪的性向が強固で」「圧倒的な性的魅力で翻弄してくる」「関わっただけで猛烈に運命を狂わされる」“ザ・ファム・ファタル”ともいうべき女性が君臨するゴダール映画は珍しいかも。どちらかというと、ゴダール映画の女性は、むしろ騙されたり、翻弄されたりしていることのほうが多いから。

作風がまんまフィルム・ノワールっぽいのも、新鮮だ。
シネフィルとしてのゴダールが、40~50年代のアメリカン・ノワールが大好きなのは知ってたけど、ここまで露骨にオマージュを仕掛けてくるとは。
要するに、戦前・戦中の米ノワール映画で銀行強盗やってたような「社会のはみ出し者」の役回りに、パリの武闘派極左テロ組織を当てはめてみたわけね。

メリメ原作、ビゼー作曲のオペラ『カルメン』を本歌取りして、「確信犯的な極左テロ&強盗集団の女性メンバー」と「警備員」の報われない愛の物語として上書きしてみせたのは、なかなかのアイディアだと思う。
結局のところ、歴史に名高い「男を狂わせる女=ファム・ファタルの源流」をコンテクストとして引っぱってきつつ、ほぼほぼ「フィルム・ノワール」のパロディ以外の何ものでもない映画を撮るという、一石二鳥のアイディア。
ゴダールは、「古典の本歌取りであることを明確に示しながら、そこから如何に逸脱し、べつの次元へと飛翔するか」を常に創作の基盤においていた映像作家だった気がする。

もともとゴダールは『勝手にしやがれ』において、フィルム・ノワールの強い影響下に監督業をスタートさせつつも、その後『はなればなれに』や『気狂いピエロ』などノワール小説を原作とする映画を何本か撮りながら、ノワール本来の有り様からはどんどん離れて、独自色を強めていった経緯がある。
そのゴダールが、久々に商業映画の世界に戻ってきて『勝手に逃げろ/人生』『パッション』の次に撮ったのが、原点復帰ともいえる「ノワール映画」――それもファム・ファタルと、意想外な犯行計画と、計画の破綻と瓦解、そして男女の逃避行を中核に据える、まさにバリバリにジャンル感を漂わせる映画だったというのは、大変に興味深い。

齢を相応にとって、過激な政治的闘争に一区切りをつけて、商業映画に復帰したゴダール。
まずは、いかにも彼らしいひたすら難解な2本を撮りあげて、より「コマーシャルな映画を」と周囲に求められたとき、選んだ題材が「ノワール」フィルムだったということか。
本作を観るかぎり、ゴダールは「コマーシャリズム」についてはけっこう真面目に考えたうえで、いろいろと「譲歩」しているようにも思える。ふだんより「わかりやすい」映画にする、ふだんより「楽しめる」映画にする、既存の観客がゴダールに求めるだろう「男女の駆け引き」をテーマとした映画にする……といった具合で。
彼なりに「エクスプロイテーション」の要素(客をひきつけるためのひっかかり)も考慮して作っている気配も感じられるし。

出だしからゴダール本人が、カルメンの「おじさん」役で登場するのも、ファン・サーヴィスとしてはなかなかに愉しい趣向だ。精神病院に詐病で寄生している元映画監督という役回りも、何となく本人の境遇がオーバーラップしているようで笑える。
で、おじさんの「犯罪」性向は、姪のカルメンにも色濃く受け継がれているという(笑)。

向こうのWikiを見ると、カルメン一味が映画クルーと称しながら大規模な強盗計画を実行に移す設定は、米30年代の伝説的犯罪者ジョン・デリンジャーが実施した同様の犯罪計画を元ネタにしているらしい(映画のなかでそんなこと言ってたっけ?)。Gメン対ギャングの飽くなき抗争というのは、40~50年代の犯罪映画のメインモチーフ。それをそのままゴダールは(当時の)現代パリに移入してみせたわけだ。
劇場型の犯罪者という意味でも、人を惹きつける魅力があるピカレスクという面でも、大衆を煽動すること自体を犯行動機の一部とする点でも、本作のカルメン一味とデリンジャー一党の間には、ある種の共通点があるように思える。

ゴダール自身の出演、派手な銃撃戦に加えて、ニューヒロイン、マルーシュカ・デートメルスの鮮烈なヌードも、立派なエクスプロイテーション要素の一つに数えられるだろう。
ゴダールは当初カルメン役に選ばれたイザベル・アジャーニに、撮影に入ってから逃げられている。代打で見つけてきたマルーシュカは、まさにファム・ファタルを地で行く魅力を発揮して、ゴダールの大抜擢に見事にこたえてみせた。少女性と成熟した女性性、純真さと穢れを兼ね備える、不思議な魅力をもった本当にいい女優さんだ。
いたいけな面差しに、少したるんだ目袋。
少女のような肢体に、ヤマアラシのような陰毛。
ニンフェットな要素と「ただれた」部分の混じりようが絶妙で、こたえられない。
裸体がしっかり「カルメン」のキャラクターの「ファイナル・アンサー」となっているのだ。
それと、あの縛られたカルメンが男子用小便器で用を足す、鮮烈なシーンのインパクト!
あれはふつうに、映画史上に残る「名場面」だよね。

それと観ていて思ったのだが、海が出てきて、老いたアーティストの別荘があって、望遠で撮られる肉弾戦があって……この映画のロケーションって、通例は『気狂いピエロ』っぽいってきっと言われてるんだろうけど、なんかロバート・アルトマンの『ロング・グッドバイ』っぽくもあるような。そういやあの話も、本来は正義と悪の側に分かれる者どうしの結ぶ絆と、出てくる男たち全てを翻弄するファム・ファタルの物語だった。

BGMはなぜか作中に登場するカルテットがずっと練習している、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲(ビゼーの曲は口笛でハバネラが出てくる程度)。
ゴダールって、こういうクラシックの使い方多いよなあ。バッハとか、『悲愴』とか。
もっぱら、第9、10、14、15、16番の断片が四六時中流れていて、カルテットの練習シーンは、カルメン一派の犯罪計画の進捗と平行モンタージュで呈示される。
カルテットと極左集団の並列描写は、カルテットに所属する主人公ジョセフ(=ホセ)の妹クレア=清純で献身的な「聖女」と、カルメン=奔放で裏切りに満ちた「悪女」の対比と呼応している。両者はそれぞれ、映画のカタストロフに向けて緊迫の度合いを深め、それぞれの「本番」へとなだれ込んでゆく。血腥い銃撃戦が展開するなかも、演奏をやめないカルテットは、なんだか『タイタニック』みたいだ。

その他、「部屋にフランス人はいますか??」と叫び続ける狂人とか、トイレでカルメンのエロすぎる痴態を目撃しながらヨーグルトを指でほじって舐めつづける親父とか、「お嬢様」を決め台詞とする謎のホテルマンとか、脇の登場人物全般にネタ感が強く、観ていて飽きさせない。
ラストのあっけなさ、唐突さにも独特の味があって、僕は嫌いではない。

後期ゴダールの入門編として、おすすめの一本だと思った。

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じゃい

1.0私の名前はカルメンです(by ピンク・レディー)

2023年5月14日
スマートフォンから投稿

不自然に長いカット、噛み合わない会話、よくわからないシーンの断片、ぶつ切りのクラシックBGM…ゴダールはまともに物語を語ろうという気はさらさらないようだ。かつてはそういう先鋭的なスタイルに惹かれた頃もあった。今はもうちょっとしんどい。
そんな「カルメン'83」。あー勿論役名にきまってます。本名はマルーシュカ・デートメルスです。胸の形がきれいです。

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梨剥く侍