劇場公開日 2016年6月25日

嫌な女 : インタビュー

2016年6月24日更新
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いちずな思いを貫いた、黒木瞳監督の軌跡

黒木瞳が、映画監督に挑戦する。タイトルは「嫌な女」。それだけで注目するには十分だった。原作小説の映画化権取得から脚本、撮影、編集、そして音楽と余すところなく愛情を注いだこん身の一作。「監督をするのが目的ではなく、この作品が映画になって多くの方に喜んでいただきたい」という、いちずな思いを貫いた「瞳監督」の軌跡に迫った。(取材・文/鈴木元、写真/江藤海彦)

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まさか、監督として話を聞く機会がくるとは思ってもみなかった。本人もそんな気持ちは微じんもなかったそうだが、2011年、徹子と夏子という2人の女性の半生を描く桂望実さんの小説「嫌な女」との出合いが、後に運命を大きく変えることになる。

「小説としてすごく面白かったのは、徹子の主観で書いてあって夏子が一切登場しない。その手法が初めて読む感覚だったんですね。徹子は人と関わる際に距離感があったり、トラウマを抱えていてどちらかといえば暗い女なんですけれど、夏子とは腐れ縁みたいに関わっていく。それで、人って年をとる、いつか死ぬという当たり前のことに納得させられて、本当にいろんなことがあるけれど、それも自分の人生として受け入れて生きていかなきゃいけないんだというところに感動しました。それが映画になったら面白いのではという思いと、ちょうど(東日本大)震災の頃だったので、エンタテインメントの世界で一歩前に出る勇気や希望、元気を与えられるんじゃないかというせん越なことも思ったんです」

早速、出版元と交渉し、桂さんには映像化のイメージを書面で伝えた結果、映画化権を取得。「映画 怪物くん」やアニメ「TIGER&BUNNY」シリーズなどで知られ、現在はNHK朝のテレビ小説「とと姉ちゃん」の脚本を手掛ける西田征史氏に依頼し、共同で脚本開発を進めていった。当初は自分でどちらかを演じるつもりだったが、本業もこなしながら3年ほどが過ぎた頃、周囲から監督をやってみればという声に一念発起する。

「この作品って、私の思いが一番強いなというところにたどり着いたんですね。冗談じゃないって感じだったけれど、待てよ、私が一番知っているなと。それで、やって…みる?みたいな(笑)。ですので、撮り終わった時にも言ったんですけれど、監督をするのが目的ではなくて、この作品が映画になって多くの方に喜んでいただきたいという思いだけで撮らせていただいた感じです」

不安だらけでのスタートだったが、主演の2人にイメージしていた世代の吉田羊木村佳乃をキャスティングできたことで大きく前進する。

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「実績もなければ、自信もないわけでしょ。もしオファーが来ても、女優は二の足を踏むと思うんですよね。私なら面白いなって思うんですけれど。本当に面白がってくれる女優がいたらいいねえって感じだったんですけれど、羊ちゃんも佳乃ちゃんも本当にバッチグーなキャスティングになりました」

昨夏の撮影はかなりタイトなスケジュールで、新人監督にとっては試行錯誤の連続であったことは想像に難くない。自らを鼓舞しつつ、同じ女優として主演2人の心理状態が推し量れる利点を生かし、配慮も忘れなかった。

「未知の世界を1歩1歩踏みしめているような感じでしたけれど、私がそうだといけない。いろんな場数を踏んできた女優としての軌跡もあるわけですから、自信を持たなきゃって自分で叱咤激励していました。役者ってのめり込んで演出の手が届かなくなるところがあるんですけれど、そういう時は役者の方が強いのでその生理を壊しちゃいけないと思ったり、今どんな声をかけてもらいたいかが分かるので、極力アドバイスしたりと、同業者ならではのところもありました」

クランクアップ後も編集作業、脚本の時点から夏子に歌わせたいと決めていた竹内まりやの「元気を出して」と、そこから広がった主題歌「いのちの歌」、2人の子ども時代を描くオープニングで流れるインナの「イン・ユア・アイズ」と使用楽曲にもこだわりを見せた。映画全体を俯瞰(ふかん)したことで、新たな感慨も生まれたという。

「監督はすべての人に愛情を注いでいるんだと、あらためて知りました。スタッフ全員の名前を覚えたのも初めての経験です。本当に1人欠けても成立しなかったと思うくらい、皆が一生懸命やっている姿は感動ものですよね。今までもスタッフには、女優として感謝はしていましたけれど、もう全然違う感謝でした」

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スタッフ、キャストの思いをすべて受け止め、全身全霊を懸けた処女作。公開が近づくにつれて「すっごく、嫌」と表情をゆがませる。「失楽園」の完成披露試写、初日などで森田芳光監督が一喜一憂していた姿を思い出したそうで、今ではその気持ちがよく分かるという。その完成披露では、桂さんに「あなたに決めて良かった」と言われたことを明かし、少しは留飲を下げたのではないだろうか。

「女優は役を演じるので、自分じゃないんですね。その女性を生きることに命を懸けるんですけれど、監督の場合は私が出る。徹子の中にも夏子の中にも黒木瞳が見えたとおっしゃった人もいました。(演技指導で)しぐさをつけたり、こう言われた時はこういう感情になっていくといったことは、結局は私の気持ちを伝えるので、学んだとしたら本当に監督の色に染まる、初心に戻るということだと思います」

超がつく堅物の弁護士・徹子と、詐欺師といわれるほど自由奔放な夏子を対比させ、徐々に本音をぶつけ合うことで、笑いとペーソスにあふれた女性讃歌となった「嫌な女」。特に同世代の女性から共感を得られているそうで、「女性が1歩前に踏み出すという思いが伝わればいいなというのが出発点」という信念がぶれなかった賜物(たまもの)だろう。

「(撮影が)終わって、女優として次の現場に行くでしょ。スタッフが『監督』って言った時に、振り向く自分が怖かった(爆笑)。あっ、私じゃないって。それくらいどっぷり入っていたんですよね」

当然、反省点も多々あるだろうが、大仕事をやり遂げた実感はあるに違いない。「クリエイティブな仕事は性格に合っていました。私、好きなんだなって。それはすごく発見」と手応えも感じている様子だった。

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