トイ・ストーリー4のレビュー・感想・評価
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うーん納得はいかないなぁ…
今までのウッディーが大事にしてきたものが全て壊れてしまった作品だった…
今回は、悪役という悪役は出てこなかったがギャビーギャビーは本当にそれで幸せなのかというふうに思ってしまった。素直に「よかったね」とは言えなかったなぁ
つまらなくはないが、がっかりしたところが多かったです。
ストーリーとしては凡作。だがテーマとしてはあり。
トイストーリーも4ともなるとかなりの蛇足感があり、それを全く拭えてはいない。
ストーリーも取ってつけたような展開で、ちゃんと練られているかも怪しいレベル。3のインパクトが強いのでかなり肩透かしという印象。おもちゃは遊んでもらってなんぼ、という何万回やるの?って内容だしね。
ただ、子供にとって何がおもちゃたるか、それを大人が決めつけてはいけない、ということをフォーキーを通して理解できるところは良い。ゴミからできたへんてこりんの出来損ないみたいなものも、子供にとっては心の支えになるくらい大事なことだってある。大人はそこを忘れないようにしたい。
また、おもちゃを無くす、ということについて、迷子になっているのではなく、おもちゃは自分の意思で離れていくのだ、というのが全世界でおもちゃを無くしてきた元子供達に、ある種の救いをもたらしていると思う。
僕らはおもちゃを無くしたのではなく、おもちゃが自らの運命を切り開いたのだ、と解釈すれば、少しは無くした時の残念な気持ちが和らぐような気がする。
終わり方についてですが、あれで良かったと思います。むしろ批判する側の心理があまりよく理解できないくらい。ウッディはあのままだと、押し入れに長いこと入ることになるでしょう?それよりは外の世界で、他のおもちゃたちを持ち主を持たせることを生き甲斐を感じた方が何倍も意味のあることでしょ。
うーん…
前評判は聞いていたのでそれなり覚悟はしていたけれど、ううん…という気持ちが拭えない。
色々整理しよう。
気になったところ
・ポーキーの存在意義
おもちゃとして作られた存在でなくても、その子にとってはかけがえのない「おもちゃ」になることもある、という主張。という話ならわかるのだけど、いかんせんポーキーがそこまで活躍しない。話の筋に関わらないから、魅力が伝わってこない。むしろ自分を嬉々としてゴミだと言い、さらにウッディーにもゴミだと言い放ってしまうのは頂けない。おそらくは赤子同然からおもちゃとしての自覚を得るキャラクターとして映したかったのだろうけど…。ウッディーの足を引っ張るなどヘイト面が目について可愛げがどうにも見えてこない。
・3までのおもちゃが活躍しない。新しいおもちゃ達に可愛げが見当たらない。
基本指示待ち。そして、出番が少ない。
特にバズ。君は内なる声なんかを頼りにしなくても、冷静な判断力、考える力、そして行動力があるはずじゃないか。今更備え付けられた決まり文句に従って何になるんだ。
新しいおもちゃ達がホラー。ここはまあ演出なのでアリ。しかし、映画の全体的に言えることながら、ネガティブな言動が目立つことが残念。おもちゃ達も人間の邪魔をする迷惑な存在としてしか見えない。今までの彼らはもっとスマートに解決していた。おもちゃ中心的で、人間のためを思う行動が見えてこない。もちろん、3では大通りの車に迷惑をかけるシーンがあるのだけれど…何か違う。
・ウッディーが活躍しない。情に流されてしまう
1,2,3と総じて活躍してきたウッディーがまるで引っ張られ役。保安官としてのリーダー格より、空気のよめない(と周りから見えるような)場面が目立つ。今までなら冒険活劇の先人はウッディーが切り、その姿に爽快感を覚えたのだけれど今回は無し。主人を慮る人情に溢れたヒーロー…という魅力も、終盤で語られる「すべては自分のため」という内なる自分の声によって否定されてしまう形。また、敵役に相当する女の子人形にひどいことをされても自己犠牲を払ってしまうモヤモヤ感。ウッディーも心から納得していない上に、救済措置もないとあってはしんどい。
他のおもちゃの為にウッディーがとことん貧乏くじを引いてしまうことが、面白くない。
そしてなんといっても、3で頂点に達した、「自分の持ち主の為に自分はある」という使命感が、恋心という私情に流されてしまうこと。あれだけの頑張りはなんだったのか、たとえ忘れられても、持ち主の意向に沿うのがおもちゃの本懐と語ったことは一体…となってしまう。
前評判を聞いていなくても、何か微妙な違和感を感じることは免れなかった気がする。
なるほど、これはあまり評判が上がらないのも頷ける…といったところが正直な感想。
しかしここまでつらつらと文字を重ねてしまうのは、やっぱり1,2,3と良かったからだと思う。
ウッディーには、やっぱり「俺がついてるぜ」と言って欲しいキャラクターだ。
ある種の硬派な主人公は、色恋に流されたくなるところをスパっと立ち切って、自分の使命に殉ずるような潔さを求めたくなる…のは、自分本位な願望だろうか。
掘り下げ過ぎ
幼い頃にトイストーリー1を観たきりでその後が気になっていたので一気に2〜4を観ました。
どのお話もツッコミどころは多々あれど総じて面白く最後まで鑑賞できますし、キャラクターの表情の可愛らしさは流石ディズニー、一貫して素晴らしいです。
とは言え、ナンバリングが進むにつれて違和感が増していったのは事実でした。
もともと、(もし見ていないところでおもちゃたちが動き出してドタバタ劇を繰り広げていたら楽しいな)っていうささやかな空想をもとに物語にしたのがトイストーリーだと思っていました。
だから、ここまで"命を吹き込まれてしまったおもちゃの人生"を深く掘り下げるとは思っていませんでした。だって、おもちゃは子どもにとって友達だと思ってたのに、ゴミに命を吹き込むっていう神様のような役割を人間に与えたり、人間が振り向いてくれなきゃ存在する意味がないみたいなジレンマを浮き彫りにしたり、作品が生まれた当初(こうだったら楽しいな)って無邪気に空想していた子どもの夢を打ち砕くようなおもちゃと人間との溝を露わにして冷たい現実を目の当たりにさせる描写が観ていてひたすらに苦しかった。
どうして、楽しい空想を幸せな夢として終わらせてくれなかったんでしょうか。
そして、"命を吹き込まれたおもちゃとしての人生"を描くなら、その死がしっかり定義されていないところも不十分な気がします。
生を語るのに、人間の寿命のような死の表現が徹底して避けられているのが混乱します。生き物ならその生き物ごとにある程度はどこまで生きられるかが決まっていて、無意識でもその最期を見据えてどう生きるか考えるものだと思います。
なのに、ウッディはアンディにあんなに遊び尽くされてきたのに状態は綺麗でまだまだ生きていられる。2で綺麗に修理されたとは言え、普通のおもちゃなら散々遊ばれたらどんなに綺麗に直しても素材の痛みは経年劣化含めてあるはずなのにそれが無い。
粉々に壊れるか焼却炉で焼かれない限り不死身なんでしょうか。そんな存在が人間と同じように幸せや生きることを語っても良くわかりません。
ボニーの家に残った仲間たちは果たしてこれから何人の子どもの成長を見守れば幸せな終わりを迎えられるのか?終わりがないのであれば広い外の世界に出たウッディすら、その先に満足があるのか疑問です。
そして最後に、おもちゃと子どもとの相互関係が3までの大きな魅力の一つでした。観ている私はおもちゃに同情して、子どもに共感して、どちらからも愛を感じたからこそ愛に溢れた良い映画と感じていたんです。
今作、完全にボニーからウッディへの愛は無くなっています。
今まで愛されてきたトイストーリーの要素を打ち砕いてでも新たなメッセージを込めたかったのでしょうが、正直そこまでするなら続編でなく完全新作のアニメでやればよかったのに、と思います。
結局、あまりに詳細に"意思を持ったおもちゃ"を描いてしまったせいで、モノであるはずのおもちゃが生き物のように動いている違和感をより強く感じさせてしまったような気がします。
おもちゃは意思なんか無いし動かない、そんな少し寂しい現実よりも、子どもの目を盗んで愉快に暮らすおもちゃ達の楽しい空想を描いていたはずなのに、シビアに子どもに飽きられ見捨てられる現実を描こうとして空回りしているように感じました。
こんな事ならそのまま動かず大学に行って捨てられることもなくずっとアンディの側にいるウッディの方がよっぽどリアルです。
見せたかったのは空想なのか現実なのか、理解に苦しみます。
子らには見せたくない
何たる消化試合。
死ねない玩具がましな最期を求め彷徨う3、終われない無間地獄に踏み込む4。
これら無きものにして快作2の正調続編に戻せ。
このままでは半端な「玩具はつらいよ」と化す。
被承認欲求だけを生き甲斐に受け身根性の生き様など子らに見せたくない。
残念すぎる(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)
星一つもつけたくない!
ウッディとバズは大親友なのに、どうして離れてしまうのか。
君は友だちっていう歌の歌詞に
いくつもの年がたっても
僕らの友情は終わらないよ、と。
ウッディとバズのことですね!
なぜ、ウッディとバズを切り離したのでしょうか?
残念すぎる衝撃エンディング。
子供たちの夢を見事にぶち壊しました。
ウッディが親友や仲間を裏切って、旅にでるなんて。
絶対にウッディらしくないはず!
ウッディはそんなキャラじゃないはず!
いつも、仲間を大切にして、守り続ける正義感あふれていた。
いつも仲間を助けて、いつも仲間を気にかける優しいところがウッディの魅力で、ファンはそういうウッディが大好きだった!
ウッディはみんなのリーダー!
ウッディとバズの友情も、ものすごく素敵で、とても感動していたのに。ファンはみんなそう感じていたはず。それなのにウッディを遊び人キャラに変えちゃうなんて、がっかりすぎでした。
今まで出てきた仲間たちの楽しい活躍も全く見れなかった。
トイストーリーは3で、終わりにしておくべきだった。
4で、トイストーリーファンはみんな幻滅感じてるはず!
仲間より、自由を選んだウッディの衝撃的結末に本当にがっかり!
今までのウッディとバズの友情はなんだったんでしょう!!!!
歌まで作っておいて。
4のゴミキャラは、はっきり言ってくだらなすぎた。
恐ろしい女の人形は気持ち悪かった。子供は怖くて泣くでしょう。
ホラー映画チャイルドプレイのチャッキーを思わせるシーンは衝撃映像としか思えない。
作者はオモチャに自由を与えたかったのかも知れない。でも、それは3までの内容を覆すことになる。
どんなことがあっても、みんな共に助け合い、共に行動をしてきた。
ウッディのオモチャとして生まれた本来の意味、自覚を忘れたのはなぜか。
目を疑うストーリーに唖然。
65点
映画評価:65点
な、なるほど……?
これはこれで、ありなのかな?
今までのトイ・ストーリーと違い
大人向けに作られている気がします。
勿論、オモチャをテーマにしているし
動いて、騒いで、笑いも感動もあるので
子どもも楽しめる作品?だとは思うのですが
テーマは完全に大人向け(?の意味です)
というのも、
今作はウッディの恋愛がテーマとなってまして、
大人にならないと理解出来ない心情が
いくつも散りばめられていました。
他にも色々と過去作との違う点があります。
例えば、このトイ・ストーリーといえば
子どもとオモチャの関係性を描いてきた訳ですが、
今作に関してはオモチャ同士の考え方がメインな気がします。
あんまり子どもが関係ないです。
次に今までの作品も色々とハチャメチャ
現実的にありえないだろ~みたいな事も
多々ある作品でしたけど、
今作に関しては、最後の車のシーンみたいな
目立てないオモチャの性質を無視した、
むしろバレてしまう様な行動を取り
どうにも人間側の気のせいにするには
流石に厳しい展開がありました。
そういった点も含めて賛否両論ありそうです。
私は別に否定している訳ではないですし、
作品自体は最高に面白かったです。
ウッディとボー・ピープの魅力が詰まった、
本当に素晴らしい表現でした。
新しいオモチャたちも
どれも個性的で、楽しいし面白い。
みんな好きになりました。
ただね、トイ・ストーリーの一ファンとして
ハムやレックス、ポテトヘッドなんかの活躍も期待していたので、見たかったなぁという気持ちはあります。
総じて、
シリーズ初めての方には超オススメ!
ファンの方には心して見てほしい
そんな作品ですかね。
ps.3で完結していると割り切りましょう。
【2020.9.15観賞】
賛否有るのも分かる、俺はこれで良いと思うけど、これを否定するのも正論だ。
前作を超える映画は数作しかない。
・ゴッドファーザー
・エイリアン
・オーシャンズ11 (12 はスルーで13)
(・シュガーラッシュの②も良かった!)
そして?
・トイストーリー だ!!!
三連続で!て考えると?
・トイストーリー だけ!とも言える。
トイストーリー③は完結編だった。
そこから無理くり繋いだ④は、驚きの結末。
ネタバレ気味になるから言わないけど言えないけど、エンディングは?トイストーリー①〜③を否定する内容なのかも知れない、確かに。
でも、俺はそうだとは思わない。
そうだ!と言う人の気持ちを否定したりはしない、その解釈も正答だ。
おもちゃは人前で動いてはならない。
おもちゃは子供を愛さなければならない/愛されなければならない。
等価交換のトレードオフ、何かを得る為に何かを手放さなければならない時も有る。
心の声に従おう。。。
日本語吹き替えの声優陣は、ディズニーいつも素晴らしい!度】☆⑤
トイストーリー⑤は作らないで欲しい度】☆④
トイストーリー⑤を作って欲しい度】☆④
じゃあな、相棒!
無限の彼方へ!さぁ行こう!
トイストーリー&ピクサーは最高!
ーーーーー
ディズニー御約束。
エンディングまでのちゃんときちんと見る事(`_´)ゞ
AIに人権を認める感性があるかによって評価が分かれる。
手塚治虫の鉄腕アトムの中で「青騎士」の話があった。
それは、ロボットが人権を求めて、人間に抗議する話だったと思う。
今回のトイストーリー4。
多くの方が賛否分かれる感想となっているが、1番の分岐点は、ウッディや他のキャラクターを
「おもちゃ」と見るか「独立した個人」と見るかによると思った。
1〜3(ショートムービー含む)は、やはりおもちゃの話だった。
4は、おもちゃの枠を超えて、価値観や自主性の有意義を唱える内容となっている。
私個人としては、物語の結末、ウッディの選択には不満はない。
ただ、これが最良の描き方だったかと言われると疑問が残る。
疑問は、多くあるのだが、大きく二つ。
1・過去作からのキャラ達との別れのシーン
キャンピングカーと回転木馬の上で、10年付き添った仲間たちと別れるシーン。
バズは無言でウッディを送り出すのは分かる。ただ、ジェシーやレックス、ポテトやスリンキーなど、何故疑問を口にもせずに悟った上で送り出してくれるのだろうか(しかも、そこにたどり着く為には、おもちゃとしてギリギリアウトな事までしているのに…)
昔のレックスなら「どうして、ウッディ、早く帰って来なよ」とか「嫌いになっちゃったの」みたいな発言をしただろうし、ジェシーなら2の頃を踏まえて、子供と遊ぶ喜びを思い出させてくれた事に対する感情を吐き出していたと思う。
でも、彼らは何も言わない。物語の尺の都合なのか、おもちゃである事を強く意識させない。
そして淡白に別れる。せめて話を聞いていたバズが「迷子のおもちゃ」になろうとしているウッディの選択を肯定して、それを仲間に伝えるような描写が欲しかった。
2・自己肯定の為なら手段は選ばない
近年はデモを批判すると、それを糾弾される事が常らしい。でも、だからと言って何も悪い事をしていない人に被害を与えて良い事にはならない。
彼らは彼らのためになら、
・車をパンクさせる
・車のアクセルを勝手に操り、乗入れ禁止の箇所まで車を動かす
・射的の景品を勝手に解放して子供に渡す
※店員も拾ったバズを景品にしたとは言え、損害がデカすぎる。
と、やりたい放題だ。
そこには彼らの正義しかなく、損害を受けるものの都合はお構いなし。自主性を重んじる事と、自分勝手にして良い事は違うと思うのだが、それはおもちゃのやった事だからと済ませてしまうのか……と不安が残った。
作品としての大きな疑問は、その2点だが、やはり過去作との決別の問題も評価に関係してしまう。
2でウッディが博物館ではなくアンディを選んだのは、所詮ウッディがあくまでも「アンディのお気に入り」だったからであり、個人的には立場が変わって信念が変わった奴に成り下がっているようにも見える。いや、無理して生きるのは辛いし、だからおもちゃとして殉死しろって言いたい訳でもないのだが……結局2の選択と真逆に行ってしまっているのだ。
作品の主題が時代に合わせて行く事は仕方ないのだが、おもちゃである事の誇りに喜びと尊敬を感じ続けていた作品だったので、疑問が残った。
ましてや、トイストーリーの世界観は、フォーキーの存在によって、
おもちゃと認識をされると、自我が生まれる世界と定義されてしまった。それにより、なおさらおもちゃである事のウェイトが重くなってしまったと思う。
青騎士の問題のように、生み出された自我に対して、どこまで寛容になれるのかも、この作品には問われているような気がした。
p.s.前作の結末は、おもちゃとして受け継ぐ事だった。ある意味、遊ばなくなったおもちゃは、誰かに遊んでもらえるようにしようと言うメッセージもあっただろう。
今回の結末だけ見れば、遊ばなくなったおもちゃは、適当に捨てても自分で何とかするみたいな描写になり、ゴミ処理場に行くよりも、公園に不法投棄した方が、おもちゃにとっては幸せかもとも捉えられなくもないのですが……その辺の現実の価値観への影響は、メッセージ性を出すのに夢中で蔑ろになってしまったのでしょうか……。
なるほどの展開
公開当初、「衝撃のラスト」と騒がれていたのはこういうことだったのか。感動という意味では3がトップだけど、今作もウッディの老害感や各キャラクターのそれぞれの主張が共感できるもので良かった。ダッキーとバニーが推し。フォーキーもとても良きキャラ。
ウッディの勇気と決断力に 色んな想いを感じ取れて号泣しました。 い...
ウッディの勇気と決断力に
色んな想いを感じ取れて号泣しました。
いつか子供ができたときには
全てのトイストーリーを
一緒に見て大切な気持ちを学びたい。
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