そこのみにて光輝くのレビュー・感想・評価
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8,000円
8,000円の女のお話である。
仲介なく8,000円の女なのである。
この仲介なく8,000円、という金額設定がこの女の相当負のスパイラルな人生を物語ってはいる。
個人的には、今のところ、期待値に対しての落差の激しさという意味で今年のワーストにあげられる本作。
本作、すべてがテンプレでできていて、何のハズシも無いのである。要は、こんなん観たいでしょう?、こんなんショッキングでしょう?こんなん、綺麗でしょう?の寄せ集め。
登場人物も薄い、うっすい。話もうっすい。
貧乏なくせして、パチンコに行っているカス。とっくの昔の脳みそをやられている姉。この人らになにをどうしろっていうんですかね。
主人公がバカ女に惹かれたのは、決まっている、自分より不幸だからだ。
この姉弟の馬鹿さ加減はドラマの盛り上げのみのためだけの、実は何にも考えていないことがよくわかる。
何の役にも立たない、他人を苛立てるのに長けている弟は、ちょっと先が見えてんのに、後先考えずに、って、やくざ映画?
姉は愛を知ったら、その途端、これまで散々慣れ親しんだ社長さんのアレをギャー、ってどんだけバカなのか?
ましてや社長さんに殴られ、そのまま帰ってどうすんの?
百歩譲って、この愚行が、不遇な生活環境から生まれた負の連鎖、ってことにしよう。それと姉の父親に対するアレはなんの不遇なのさ?ただただショッキングでしょ?!ってしか作者は考えてないのよ、こんなん。
時間も長い、無駄に長い。演技もくどい。
この手の映画を見に来る人間に、底辺の人間のことなどしたり顔で語ってほしくはないのだが、その1,800円でどうぞ救ってやってください。
佐藤泰志の心と同化してみせた奇跡的な作品
夭折の作家・佐藤泰志の原作を映画化する企画としては、「海炭市叙景」に続く2本目に製作されたのが「そこのみにて光輝く」。その後、「オーバー・フェンス」「きみの鳥はうたえる」「草の響き」と合計で5本の映画が存在するが、これが5本それぞれに佐藤の気持ちに寄り添った作風となっているため、メガホンをとった熊切和嘉、呉美保、山下敦弘、三宅唱、斎藤久志という監督陣には畏敬の念すら覚える。
その中で、比較するのも土台無理な話なのだが、「そこのみにて光輝く」という作品は、演出、カメラワーク、役者たちの息遣いなど含めて最も佐藤の心と同化してみせた作品ではなかっただろうかと、コロナ禍で全作品をつぶさに見直してみて改めて感じ入った。
綾野剛、池脇千鶴、菅田将暉ら俳優陣の仕事ぶりも見事のひとこと。
新しい気づきを得られた
この作品を通して直接的に感じたことは、恋人でも夫婦でも、親でも子供でも、親友でも崇めるように尊敬する誰かでも、そのすべてを受け止めることなどできるのか? ということだ。
若気の至りで、仮釈放中のタツジ。父の脳梗塞、母の看病、体を売って働く姉、貧しさ。
タツオはパチンコ屋であげたライターの礼ということでタツジの自宅にお邪魔する。そこで見た光景。おそらく、誰でも引いてしまうだろう。
しかし姉のチナツに不思議な感覚を覚えるが、チナツもタツオと同じ心の揺らぎを感じている。
ストーリーそのものは少し前のメロドラマのようだが、この作品が視聴者に「誰かのすべてを受け止めることなどできますか?」という問いかけだと気づいたとき、生まれて初めてそんなことを考えたと思った。
タツオがそれらすべてを受け入れたのは、あの家族が日々感じている絶望に近い生き方と、石切現場で部下を死なせてしまった償いきれない自責の念とが調和するように対比したからだろう。
タツオが抜け殻になった要因はそれほど大きかったのだ。
中島はアウトローだが地元住民を守っている。彼のおかげで地元の活性が守られているが、多少厄介な部分もある。それが諸刃の刃になってオオシロ家に影響している。
中島が絶対悪でないところに現実味があると同時に、この作品の核について考える要素が出るのだろう。
タイトル「そこのみにて光輝く」この意味も多義的で難しい。
表面だけ追えば、タツジは一生あのままで、釈放されればまた中島に似た人物の世話にならざるを得ないのかもしれない。
オオシロの両親も相変わらずで、チナツもそこでしかいられないのかもしれない。
そしてタツオは山でしか仕事ができない。
しかし、
タツオ以外いったい誰がチナツのすべてを受け止めることができるだろうか?
正直に自分自身のことを考えても、誰かをそこまで受け入れることなどできないと思う。自分自身ですら受け入れられない部分があるのだ。でも、犬や猫ならできると思う。
「山へ行く前に、その亡くなった人のお墓参りに行かなきゃね」このチナツの言葉にタツオは大きく揺れ動かされる。タツオの心の闇をチナツも共有しているからこその言葉だろう。
「そこのみにて光輝く」の「そこ」とは、「すべてを受け入れること」なのではないだろうか?
物語は主人公らの再生を邪魔するように中島が介入してくるので若干うざいが、おそらくこれは物語上の都合でしかない。
母のあまりにひどい看護 父の性処理まで手伝わされているチナツ タツジのことで限界を感じ、そして首を絞める決心。慌ててそれを引きはがすタツオ。
海辺に立つ二人に朝日が輝き始めた。
それさえも受け入れるタツオの本心からの輝きが、まるで後光のようにチナツの顔に差し込む。
もし私が子供のすべてを受け入れられるのであれば、私は自分を神だと謳っていいだろう。
いまだかつてそんな考えさえ持てなかった。自分のすべてでさえ受け入れていないからだ。しかし、この作品を見て何か大きな気づきのようなものを得られた。
良い作品だと思う。
底の身にて魅かれ輝く
『花腐し』との2本立てにて上演されていたが、綾野剛のキャラ付けが確かに似通っていた。
女性に甘える姿が、かわいらしいのにカッコよさも失わないのはズルい。
肝心の中身に関しては、個人的には微妙。
話自体に起伏がないのはいい。
しかし、中心のはずの達夫と千夏の感情の動き(特に最初の衝突から惹かれ合うまで)が理解しづらかった。
逆に、ストレートバカの拓児とストレートクズの中島に関しては分かり易い。
菅田将暉がこの頃から抜群に上手く、単純なのに一番行動が読めなかった。
恐らく、あの瞬間まで千夏と中島の軋轢を“痴情のもつれ”くらいにしか捉えてなかったのだと思う。
逆に言うと、他の登場人物は後半にいくほどテンプレの動きばかりになっていて残念。
とはいえ、達夫や千夏、拓児らが笑っているときにはこちらも微笑ましい気持ちになった。
それだけ彼らに実在感があり、感情が同調していたのだと思う。
役者陣の演技は素晴らしいだけに、全体的に、特に終盤が冗長なのであと15分は削ってほしかった。
数カットの出演だが、奥野瑛太の死に顔は本作の白眉。
あの空洞のような目は、達夫のトラウマに説得力を与えるには十分なインパクトがあった。
それだけに、アッサリ山へ戻る気になったのは拍子抜けしたのだが…
若くてひょろひょろで汚らしい菅田将暉が良い
最初はやり過ぎかなぁと思ったけど、菅田将暉が良かったです。ああいう汗臭そうな役が良いですね。
もちろん池脇千鶴も良かったです。なんか、最初っから凄かったです。炒飯作ってるだけなんですが有無を言わさぬ説得力がある後ろ姿でした。
作品が輝く瞬間がなかった
ある程度いい映画には印象に残るシーンというものがあるものだ。作品が輝く瞬間とでもいうだろうか。それが本作にはない。
脚本は良いのにイマイチ気持ちも作品ものらないのはそのためと思う。
ラストシーンはまあまあ良かったが、一番良かったのは食堂で達夫と拓児と千夏の三人が笑う場面だ。固定カメラの長回しで、キャストの演技力だけに頼ったシーン。
ここだけ考えたら良いシーンだ。しかし多くの場面で固定カメラの長回しをしたせいで、インパクトが薄れてしまった。
呉美保監督作品は初めてなのでこういう作風なのかわからないが、出演者が良すぎて余計な演出をしたくなかったのかもなと考えたり。
良すぎる演技力が作品の足を引っ張る事もあるのだと思った。
あとは、何気に一番重要な役と思われる拓児の心情描写と変化が掴みにくかった。
ただのお気楽な能天気青年のようにみえる拓児にも思うところはあるって部分は重要だと思うんだよね。
今までは耐えていたのか、それとも彼の中で変化があり怒りを覚えたのか、もしかしたら最初から突発的なだけなのか、解釈の余地があるのはいいことだけど描写不足により余りにガバガバで、これでは何も描けていないのと違わない。
突き抜ける瞬間を待ち続けて最後まで突き抜けなかった見所の薄い作品。
つまらなくはないし演技も良かっただけに何だか勿体ない。
函館哀唄
芥川賞候補に6度なり、6度落選した作家、
佐藤泰志の唯一の長編の映画化です。
若き女性監督の呉美保が繊細に大胆に演出している。
鉱山に勤めていた時、事故で同僚を死なせたことの自責から、
自暴自棄になり函館でパチンコに明け暮れている達夫(綾野剛)。
パチンコ店で知り合いになったお調子者の拓児(菅田将暉)に
家に誘われる。
粗末なバラックで姉の千夏(池脇千鶴)が昼飯を振舞ってくれる。
千夏の父親は脳梗塞で寝たきり、その介護をする母親と前科者の
拓児。生活は千夏の肩にかかり、昼は塩辛工場、夜は風俗で働き
家計を支えている。
しかし千夏と拓児と達夫は通じるものがあり、次第に親しくなる。
しかし千夏には妻子持ちの中島(高橋和也)という愛人がいて、
中島は拓児の仮出所の身元引き受け人になっている。
千夏に惹かれて不幸な境遇から救いたいと思う達夫。
しかし中島の千夏への執着が新たな不幸を引き寄せる。
底辺を這うように生きる千夏。
生き甲斐を失っている達夫。
前科者から更生できるか瀬戸際の拓児。
不器用な生き方しか出来ない彼らが函館の古びた市街地で
近くにある寂れた海辺で身体を寄せ合う。
閉塞した世界から抜け出せない喘ぎと焦燥の中で、
やっと幸せを掴みそうになる。
しかし現実はまたしても試練を彼らに与える。
どん詰まりの世界でも彼らを救うように照らす一条の光。
その光にまだ希望が残されることを感じさせる映画でした。
名演技のぶつかり合い
綾野剛のどうも生気のない気だるさ不器用さ
池脇千鶴の薄幸でなまめかしい様
菅田将暉の乱暴で人懐こい明るさ
高橋和也のいやらしい腹黒さ
菅田将暉の歯を黄色くまでする演出、ああ本物のようだと思った。
素晴らしい演技の連続がなければ最後まで見ることができなかった。それほどストーリーは暗く、他人の秘部をこれでもかと見せつけられているような感覚。まだ私にはこの映画を絶賛できるような理解力が備わっていないことが悔しい。
もう大人なんだから、函館という街に留まらずどこへいったっていいじゃないか。家族から独り立ちして暮らしたっていいじゃないか。もっといい仕事なんて世の中たくさんあるじゃないか。タバコ代とパチンコ代を貯金して、職業訓練にでも回せばいいじゃないか。登場人物の幸せを願うと、勝手で陳腐な綺麗事の押し付けばかりしか浮かばない。
そんな普通の選択肢がないなかで、彼らは毎日生活している。貧困で苦しいとかを押し出すのではなく、ただそれが普通の生活だと描かれている。一生懸命に生きているとかでなく、それが普通なのだという感覚。
2人が恋仲になること、腐れ縁を終わらすこと、事故があった仕事を再開すること、どれも希望として描かれるには幸せの期待値が低くはないか。でもそうやって普通の生活の中で、少しずつでも現状に抗っていくこと。それが光輝くということなのだろうか。
【陰鬱なる生活を過ごす北海道の炭鉱近くの町で生きる若者達の姿をリアリティ感溢れる映像で描き出した作品。原作者の思いを映像化した呉美保監督のセンスと、応えた俳優陣の演技が秀逸なる作品である。】
■函館で何もせずに生活していた達夫(綾野剛)は、気が荒いもののフレンドリーな青年・拓児(菅田将暉)と親しくなり、彼の住むバラックの家で姉・千夏(池脇千鶴)を紹介される。
達夫と千夏は惹かれ合うようになり、ついに2人は結ばれる。
ところがある日、達夫は千夏の老いた父への衝撃的な事実を知る。
◆感想
・前半は、何とも救いようがない物語である。
今作の原作を記した生前には文学界に歯牙にも掛けられなかった故に自死した、故、佐藤泰志氏の無念なる思いが伝わって来るようである。
ー だが、佐藤氏の想いは、函館を舞台にした映画化された数々の作品に昇華されている。-
・今作の魅力は観れば分かるが、当時体脂肪率一桁代の身体をキープしていた綾野剛さんの落盤事故に対する哀しみを堪えた抑制した演技と、池脇千鶴さんの身体を張った演技に尽きると思う。
・更に言えば、当時は若手俳優だった菅田将暉さんの狂言回しにも似た演技が今作に与えたアクセントであろう。
<佐藤泰志氏の無念なる思いを見事に映像化した呉美保監督のセンスと、それに応えた俳優陣の演技が秀逸なる作品である。
頭を垂れて鑑賞すべき映画であると思った作品である。>
SEXのシーンが多いし結構長い(←重要)
家族で見て気まずくなる人もいるかと思いますので、重要な事は先に買いときました。
性を中心にストーリーは展開します。
話の内容もだが、薄暗いシーンが多すぎる。
主演は間違いなく池脇だろう。
この原作者の主人公は口数が少ない、所謂ヤレヤレだぜ系が多い。それに比べて池脇の感情や性交渉、介護における性の問題と、池脇を中心にストーリーは展開していく。
そしてラストの朝焼けの池脇の美しさよ。
丁度いい肉感と汗、埃、悲壮感、ハマり役だと思います。素晴らしい。
性的なものについての複数の描かれ方が印象に残る.地方のさびれた町の...
性的なものについての複数の描かれ方が印象に残る.地方のさびれた町のスナックで体を売ったり,愛人関係になっている有力者との間で家族に対して便宜を図ってもらうこと,新しく表れた特別の利害関係のない男に恋をして家族形成をすること,今では呆けてしまった父親の不必要な機能として残された性的衝動を処理すること.市場のメカニズムやケアとしてのセックスと,恋愛を通して家族形成に至らしめるセックスの間の違いは大きくはなくって,グラデーションとして存在しているのだろうということを思った.
池脇千鶴の代表作
2度目の鑑賞。
綾野剛は安定の演技、菅田将暉も当時はまだ20代前半だったと思うが、凄い子が出てきたなあと思ったのが当時の感想。そして驚いたのが池脇千鶴、こんな役ができるんだ〜と驚いたが、今見てもいいですね、この映画から彼女は脱皮したように思える。
千夏の家庭の辛い環境からの彼女の日常、女性としての悲しい状況の描き方が女性監督ならではなのか、千夏の描き方が丁寧に感じる。
それにしてもあのエロ社長、もとジャニーズのアイドルだったのに、近頃すっかりあんなイヤな役が似合うようになったなあ。
重低音のように深く響く物語
人間模様を丁寧に描いている分、展開がゆっくりだが最後の20分で静かに一気に動き出す。
胸が締め付けられるラストだ。その時の池脇千鶴の表情が堪らない。
綾野剛、池脇千鶴、菅田将暉の役者魂がスクリーンを超えてビシビシ伝わってくる。いい役者たちのシナジーが上手く生み出されている。
それを見事にまとめあげた監督の演出が素晴らしい。
悲しき現実が静かに流れていく
パチンコ屋で借りたライターから始まった出会い。
刑務所から仮釈放で働いてる拓治の為に社長と関係を持ち、性欲が抑えられない認知症の父とも。
達夫は山の事故で心の傷を負ったけど千夏の為に仕事復帰を決意。
拓治の姉を思う気持ち故に社長を刺してしまう。
海でのシーン、撮り方が綺麗だった。
【生きること/汗ばんだ肌感】
函館三部作とされる作品の2番目が、この「そこのみにて光り輝く」だ。
「海炭市叙景」で感じたのが、温もりを求めながらも、どこか冷たい肌感だったとすれば、この作品で感じられる肌感は、汗ばんだ感触だ。
映画は原作の1章と2章を併せて改編し、ところどころ異なるが、エンディングは原作にもある希望が感じられるものになっている。
達夫が、中島と対峙した時に、中島が吐き捨てるように言う”(家族を)大切にしているから、おかしくなるんだ”とは、実は、千夏の言葉ではないのか。
過去には一人で生きていくことも考えたと言うが、身体を売ったり、自分を最大限に犠牲にしながら、現実の不条理のなかで、家族を支えようとしている。社会福祉の恩恵にあずかることすらしないのだ。
実は、この函館三部作に共通するものが、次回作の「オーバー・フェンス」に聡のセリフとして表現されているように感じる。
「もう死んだみたいに生きなくて良いと思った」
「死んだみたいに生きる」......閉塞感で希望を持ていないまま生きることだ。
死んだみたいに生きなくてもいい状況になるには、千夏は父親を殺さなくてはならないのか。
そんな人が存在していることが、僕たちの生きる社会の現実なのか。
千夏と拓児が抱える現実と、過去の事故から立ち直ろうとする達夫が見出した答え。
時に、ぶつかり、傷つけあいながらも、片隅で(「そこのみにて」)寄り添い、希望を見出そうとする姿が太陽に照らされてまぶしく(「光輝く」)感じる。
社会の隅々であっても、人はきっと光り輝いているのだ。
佐藤泰志作品は、絶望を描きながらも、希望を見出して生きようとする人々を表現しているのだ。
底辺の男女の恋物語
救いようのない、社会のド底辺の生活を送る男女が出会って、おそらく家族となって手を取り合うまでのストーリー。
美しい恋愛映画ではない。途中で何度もいたたまれなくなって「うわぁー」と叫びだしたくなる。だからこそ、ラストの光が神々しい。
これからもきっと、この二人には多くの試練があるのでしょう。でもきっと、大丈夫と確信できる。キラキラとした恋愛映画ではないけれど、純粋で恋愛映画です。
綾野剛、菅田将暉、池脇千鶴、全員演技が光っています。
三つの家族
舞台は北海道函館。
ある事件からニートとなりパチンコをするだけの達夫、パチンコ屋で知り合った拓児に連れられたどり着いた拓児の家には、彼の姉の千夏、寝たきりの父と世話をする母が暮らしていた。
達夫と千夏は惹かれあい関係を重ねるうちに、彼女の家族の状況とバックにいる中島という男の存在を知る。
自分がまだ映画もエロも知らなかった頃、濡れ場見たさに母親が録画していた本作を母の外出時にこっそり観た思い出の作品。
今考えるとそんな濡れ場メインの映画ではないけれど、当時は池脇千鶴が脱ぐのも綾野剛がおっぱい舐めるのも衝撃的だったわけで…
まあ、それはさておき、今回はちゃんと観ました。
一見、大城一家が不遇すぎる終始重たく暗い映画であるものの、苦しい現状の中にもほんの少しの幸せや希望を見出せる、そんな映画なんじゃないかと。
家族を持つ者、家族を持たない者、家族を支える者。
三方向から見た家族のかたち。
隣の部屋から性の塊のような呻き声が聞こえようが、どんなに問題を起こそうが、家族は家族。
達夫と千夏の浜辺でのラストカット。
あの瞬間、達夫は家族になったんだろう。
脚本や演出、カメラワークなども良かったが、やはり演技派俳優陣の魂こもった芝居が1番の見どころ。
綾野剛は北海道似合うし、池脇千鶴は幸薄似合うし、菅田将暉は夏祭り似合う。
とにかくどの役者さんも熱量が凄かった。
あと北の方言は聞き取るのがやや難だけど、それで良し。
スダマサキを知った作品
池脇千鶴は上手い、なので見ました
そこで、ん?て発見したのが菅田将暉でした
誰これ?ってなって海月姫も共食い見てごちそうさんも見ました
彼の作品は片っ端から見ています
この頃の菅田将暉が1番好きかな
今もいい俳優だとは思うけれど発見した時の輝き驚きを感じなくなった
同じ様な役作りや話し方になりましたね
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