トゥ・ザ・ワンダー : 映画評論・批評
2013年7月30日更新
2013年8月9日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー
マリックならではの命題と叙情性を煮つめて描いたロマンスへの挽歌
長編デビュー作「地獄の逃避行」で本筋とは奇妙に乖離した少女のモノローグに道先案内役を託し、第2作「天国の日々」では編集段階で台詞も筋も切り詰めた挙句、大人の世界を傍から覗く少女のナレーションを付して話の筋道をつけさせた監督テレンス・マリック。“20年の沈黙”を経た鳴り物入りのカムバック作「シン・レッド・ライン」そして「ニュー・ワールド」と、いっそう迷いなくわが道を往く彼は、当り前の物語り術などには見向きもせずに、祈りにも似た心の声と詩的映像との渦の中へと観客を巻き込む究極の体感映画を究めてきた。2011年、カンヌを制した「ツリー・オブ・ライフ」に続き早くも放たれた本作は、そんなマリック界を前に、これを映画と呼んでいいのかと頭をもたげる正しいファンの逡巡をねじ伏せる磁力に手をかけ驚愕させてくれる。
自身の過去を下敷きにパリで生まれオクラホマで立ちつくす男女と、もうひとりの女の愛憎の軌跡をみつめる映画は、愛の寄る辺なさを睨み、逝ったロマンスに挽歌を捧げる。そこではマリックという作家の芯に染みついた叙情性を煮つめてこその輝きが、新世界アメリカ対旧世界、自然と文明、人と神といった彼ならではの命題を照らしもして有無をいわせぬ力をつきつけるのだ。
シシー・スペイセク、ジェシカ・チャスティンと、重力を超えた揮発性の、あるいは天上的な、といいたいような浮力に満ちたマリックのヒロインといかにも異なるファム・ファタル、ロシア文学をも思わせるやっかいさで存在の耐え難い重さをつきつけ、そのくせくるくると愛のダンスのターンを決めるだけで日々の暮しを寄せつけない彼女の掴み所のなさ、身の裡の奥深くで静かに発光するような在り方を体現するオルガ・キュリレンコを得たことも新作の大いなる官能の要因として見逃せない。
(川口敦子)