家族の灯り : 映画評論・批評
2014年2月4日更新
2014年2月15日より岩波ホールほかにてロードショー
現役最長老監督によるエロティシズム漂う冷徹な文明批評
105歳という現役最長老の巨匠マノエル・ド・オリベイラの新作は、一見、聖書の「放蕩息子の帰還」をベースにした古典的な物語であるかのようだ。一幕物の舞台劇のような簡潔なセット、名手レナート・ベルタの巧緻きわまるキャメラは、ランプの灯りで明暗の対比を審美的に際立たせ、画面にはジョルジュ・ラ・トゥールの室内画を思わせる深い静寂と神秘的な雰囲気さえ漂っている。
しかし、8年もの間、消息を絶っていた息子ジョアン(リカルド・トレパ)は、悔い改めるどころか、終始、家族の中で不穏な異分子として振る舞う。服役していたらしく、どこかドストエフスキーの小説の犯罪者のごとき不可解な闇を抱えた存在である。父親のジェボ(マイケル・ロンズデール)を「生まれた時から、負け犬の人生さ」と罵倒し、家族の前では「魂をもった犯罪者もいれば、もたない善人もいる。あんたらは全員、生き埋めにされた状態にいるんだ」などと呪詛の言葉をまき散らし、ジョアンは、自ら取り返しのつかない災厄を招きよせてしまうのだ。
近年、「ブロンド少女は過激に美しく」では、諧謔とアイロニーに富んだ軽妙なユーモアを披瀝していたオリベイラだが、本作では仮借ないタッチで、この家族の暗澹たる行末を冷徹に見据えている。ジョアンを溺愛する母ドロティアをクラウディア・カルディナーレ、皮肉家の友人カンディニアをジャンヌ・モローという神話的大女優が演じている、このあまりに豪奢なキャスティングに、つい目を奪われてしまうが、「家族の灯り」の肝となるのは、ジェボと息子の嫁ソフィア(レオノール・シルベイラ)の近親姦を思わせる濃密で官能的な情愛である。オリベイラは、この父娘が、ふたりきりになると、指をからませたり、互いの身体を触れ合う光景を描きこんでいる。辛辣な文明批評のテーマを掲げながらも、このさりげない妖しいエロティシズムこそが、オリベイラの真骨頂なのである。
(高崎俊夫)